福島県浪江町赤宇木(あこうぎ)。かつて110世帯が暮らした小さな集落は、原発事故の後、突如その名を知られる村となった。毎日、新聞に掲載される放射能汚染地図。その中で最も放射線量が高い場所として「赤宇木」の名が出るようになったのだ。現在は「帰還困難区域」に指定され、土地が元に戻るのは100年以上先とも言われている。その赤宇木で、いま村の歴史の掘り起こしが住民たちの手で始まっている。古文書や墓を調べ、古老から聞き取りを行い、1冊の本にまとめようというのだ。原発事故で断ち切られた赤宇木の歴史。震災から5年を迎えるこの3月、激動の時代を懸命に生き、原発事故で大きな曲がり角に立つ東北の村の姿を見つめる。

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