「番組へのメッセージ」に寄せられた“みなさんからのおたより”

【つるばみ・28歳・福島県・会社員】

次回は城島さんが出演されるとの事とても楽しみです。


【かめ・46歳・福島県・放課後児童クラブ支援員】

vol.76を見逃したので、再放送してほしいです。


【なな・40歳・福島県】

vol.73「楢葉町の未来。どんな町にしたいですか?」ぜひ再放送お願いします!


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

こんにちは! 只見町の回見ました! 六角さんの出演もナイスでした。3月の放送でしたが、あの日を振り返るよりも今と未来を見つめる内容で、こちらも只見高校の生き生きした様子に我が子を入れたくなったり、「ねっか」を飲んでみたくなったり、涼華さんを応援したくなったり・・・子どもたちとお米やお酒を作る、というのはステキですね! 人が集まりすぎて非人間的な暮らしを強いられがちな都会より、一周回ってこうした暮らしこそが、人を幸せにしていくのではと感じています。
故郷を離れる人は、どこで生きていくにしても広い世界を見るのはたいせつなことと思います。そしてふたたび故郷に帰る人や、心をとどめておく人がいる中で、豊かなふるさとが育まれたらいいですね。
福島出身の知人は、思い出すのが辛いときもあると話してくれました。であればなおさら私のように震災を体験していない人間は、いつでも何度でも忘れずに、常に、福島をはじめとする地域をおもっていく必要があるかと思います。
次の放送も楽しみにしています。ずっと見ています。


【MN・48歳・神奈川県】

ありがとうございます。先日はNO.75の再放送ありがとうございました。周りでもオンライン診療の展望が見えたと話が上がりました。ありがとうございました。


【コア・17歳・滋賀県】

福島へ観光に行きたくなるような内容でした 凄く良かったです。


【幸子・43歳・愛知県・(探し中の身です)】

じっくりこつこつ、やさしく真摯に。とことん付き合って付かず離れず傍にいるのがEテレだと私は解釈しています。『福島をずっと見ているTV 』は終わらないことをタイトルに掲げている、想いや覚悟をはっきり示してくれているのが本当に素晴らしい。他の場所では叶いづらい作り方をできる放送局はその特色を最大限にいかし、今後も姿勢をくずさず貫いていただきたい。ETV特集やハートネットTV 同様、大切な、必要な、受信料を生かす役目を担っている番組なのですから、しっかり守り抜いてほしい。本当に本当に頼みます。こちらへ気持ちを表す以外、作り手の方々に見える形の応援の仕方がわからなかったので、いろいろ書かせていただきました。私は番組をずっと見ていきます。NHKさんもずっと福島を伝え続けてください。そっとやさしく寄り添う番組、本当にありがとうございます。せっかくの番組、再放送は必須で!ひとつよろしくお願い致します。今回の箭内さんのご実家のやつももう一度見たいです。再放送、熱く希望します。


【なお・55歳・静岡県】

vol75もう一回みる方法ないですか?


【きのこ・35歳・千葉県・会社員】

福島出身です。辛すぎて震災や福島関連の番組を正直避けてました。偶然、みてしまって、でも本当に見入ってしまいました。こんな番組を制作してくださって、ありがとうございます。方言きくだけで涙でます。私も、思考停止しないで、ちいさいことでも出来ることを考えようと思いました。小高病院の先生たちみたいに。

【たかし・54歳・東京都・漫画家】

今日夜中の放送見逃してしまった(>_<)

【尚・54歳・東京都・漫画家の助手】

毎回楽しみに拝見しております。自分の故郷は福島県相馬市ですが、九月か11月の某漫画新人賞の応募のための、エッセイ漫画か、数年前に参加した20キロ圏内ツアーの僅かな記憶をたよりにした若干フィクションも交えたエッセイ漫画を描いてみようと個人的に企んでます…これまでに、何度か故郷の為の一助と思って、野馬追いをテーマにした作品を描いたのですがことごとく選外で発表出来ませんでした…。故郷の一助になれば。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

こんにちは。個人的な話ですが、先日初めて広島に行くことができ、市内を見てきました。
原爆の被害の後70年余り経っていて、「被爆建物」として残してあるものを除くと、ほとんど傷跡の目立たないきれいな「街」に見えました。資料が展示されている中に、被爆10年後の写真がありました。まだがれきも残る一方、四角い建物もでき、行き交う人が見られる写真でした。
一日中歩き回っていたのですが、気づくとなぜか『I love you & I need you ふくしま』をエンドレスで口ずさんでいました。福島のこれからの形はまだわかりませんが、みなさまが幸せに暮らせるようにと祈っています。


【倉 秀彦・57歳・北海道】

12月にもお願いしたのですが、ぜひ12月放送の75回目のものを再放送を希望しています。北海道にいますが毎年春休みに現地を訪れています。教師ですが、ぜひ生徒の家庭でも見て欲しいので3月11日以前にもう一度再放送していただきたく、再度お願いする次第です。どうぞ宜しくお願いします。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

南相馬の回、見ました!
・小高病院での訪問診療、オンライン診療で「顔を合わせるだけで喜んでもらえる」との言葉。「だけ」と言いつつ、実は究極の医療なのでは。特殊な環境になっているからこそ、人の本当に求めるもの、必要なものがわかった気がします。
・農業高校で若い生徒さんが懸命に活動されている姿が尊いですね。「インビドロフラワー」きれいでした。それぞれにとても大きな可能性を感じます。
・避難中の空き家が動物のみならず、泥棒(人間)にも荒らされてしまっていることが辛くせつないですが、ボランティア(人)さんの手によって整えられたところを見ることができて、少し心が潤いました。直接は手伝いに行けませんが、自分の身近なところでできることをすることが、めぐりめぐって各地のみなさまのお役に立てばと忘れずに暮らしています。
・箭内さんの「復興と言う言葉は、一人でもまだと思っている人がいるうちは使えない言葉」とのコメント。誰一人置いてきぼりにしない心が言わせたせりふと思いました。
次回も期待しています。


【古・57歳・北海道・専門学校講師】

見逃しましたー再放送をお願いします。

【MN・48歳・神奈川県】

ありがとうございます。先日投稿させていただいた者です。本日、茅ヶ崎市役所で会合に出席させて頂いたときに、この番組の話題になりました。箭内様のおっしゃっていた、復興という言葉の重み、合原様がおっしゃていた明日を創る高校生の姿勢、大切なことだとみんなで思いました。できれば昼間あるいは夜間の時間帯で再放送をお願いしたく存じます。ありがとうございます。

【はるまろ・39歳・栃木県・主婦】

私は南相馬市小高区の出身です。駅近くに家がありましたが震災で全壊し取り壊した為、今は家はなく更地になっています。震災後、家族全員で県外に避難しそのまま帰還せず住んでいますが産まれ育った街は忘れた事はありません。しかし小高に戻るには子供が大きくなり避難先で家を建てたので難しい現実。今回、南相馬市小高区が特集されるこの放送で今の小高の現状を見れたのはすごく良かったし嬉しかった。避難当初まだ小さかった子供達と一緒にこの番組を録画していたので観ようと思っています。これからも変わりゆく街を撮り続けてもらえませんか?できる限りでいいので。離れてしまった人達のために発信して欲しいと心から願っています。

【小崎悠哉・38歳・愛知県】

福知山線脱線事故の特集をテレビで見ました。生き残った被害者が自殺したと言っていました。僕も自殺を何年も考えたけど死ねなかった。今、障害者になり障害年金をもらい、精神科にも行き心が安定しています。今の病院が合っている。だから、豊橋を、ここを離れたくありません。

【MN・48歳・神奈川県】

ありがとうございます。合原様と相馬農業高校の皆様のお話感動しました。もう一度昼間の時間帯で拝見したいです。


【宝田保光・50歳・東京都・助産師国家試験受験資格を持つ看護師】

小高病院の様子久々に観られました。避難後の再開小高病院に関わったものです。確かに笑いのある病院ではあるけど、その裏で医師や行政に振り回された看護師の様子はないんだと思いました。2012.12から南相馬に入り、2014.12から再開小高病院で働きました。看護師がどーしても見つからないと言う事からです。なぜだと思います。この頃は夜間立ち入り禁止区域でした。市長の公約通り、再開はさせたけど、様々な問題があり過ぎでした。・・・・・昨年その市長も変わり、この頃の記録を残そうと考えています。中尾医師や今野医師とも一緒に働きました。


【五木田尚(三)・53歳・東京都・フリーの漫画家(アシスタント)】

毎回拝見しております。田舎が相馬なので、馴染みのある所が取りあげられたりすると興味深く拝見します。最近思うのですが、故郷のために何かしたいと思って自分なりにやってることがあるのですが、まるで何の成果もあげられず、自分はなにも出来ないのかも…と思ってしまってます。


【福島いいとこ一度はおいで・52歳・静岡県・公務員】

福島の街がきれいになり、一見すると落ち着いたような気がしていました。震災後、傾聴とハンドケアをしてきましたが、いつまで通うか悩んでいました。12月9日放映の番組で、小高のお医者さんが、「見守り続ける」と言われたこと。ディレクターさんの「迷いながら録り続けている」という発言。そして「復興と問われて考えこむ道彦さん」に、さらには、相馬の女子高生の涙に大きな示唆をもらえました。私も「続けよう」と思えました。年末また行きます。ありがとうございます!!大好きな番組!!これからも続けてくださいね!


【倉 秀彦・57歳・北海道・教員】

毎回放送を楽しみにしています。縁があり、2013年から毎年数日ですが、南相馬にいき、できることで関わらせていただいています。中尾先生とは2回お会いし、今はほぼ毎日やりとりをしています。また今野先生には、お会いしていないのにFBでやりとりし、兄のように繋がらせていただいています。
今回沢山の反響がある中で、残念ながら見られなかった人が沢山いました。私の学校の生徒にもぜひ見てもらいたい。ぜひどうか再放送を強く希望します。福島のことを忘れないためにも全国で見られるこの番組をもっとみてほしい。よろしくお願い申し上げます。
個人的には高野病院のことを取り上げてほしいです。NHKスペシャルで取り上げていただいた後英男院長がなくなり、私営ということで援助がほとんどない中でずっと離れずに地域の方のそばにいる他にはない病院です。笑顔輝く皆さんのことを沢山の方に知ってほしいです。


【マル・22歳・神奈川県・調理業務】

たまたまNHKを付けたら福島県の川内村のことを放送していて、自然が綺麗でお盆も自分の地域とは違かったり、お祭りは村の方々が一体となって楽しんでいて、仲が良くて楽しそうで見ていて和みました!私が応援している俳優さんに横田龍儀さんという方がいまして、その方が川内村出身で川内村の事を話してくださっているのですが実際に行ったことがなく、今回、NHKで少しでも川内村のことを知れたことは嬉しかったですし、訪れたい!と思いました!いつか横田龍儀さんもこの番組に出られるといいなと思いました!また12月の放送も楽しみにしています!


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

「川内村の夏」。
震災前から続く「盆ダンス」や「盆野球」を楽しむ方々の様子が伝わってきました。中心となっておられる秋元さんの穏やかな笑顔が印象的。故郷に戻って草野新平の天山文庫の職員を務める志賀さんの、「同級生がいないから、自分が帰ってくる人を待ち構える」としっかり腰を据えておられる姿も。日々の生活を穏やかに営めることが人にとっての幸せ。それを改めて感じることのできる番組でした。
「復興」だけでなく、今後の社会を考えた時に、大切なこと。
かなめになる方がおられる地域の素敵さも。きのこ農園を営むお父さんを友だちに見せるお子さんは、幸せを感じることができているのではと思います。
大型台風がまた接近し、各地の被害の大きくないことを祈るばかりです。復興する間もなく次の災害、といった具合で、前の被災地が忘れられてしまうのではと心配になります。むしろ、被災地でない場所は未災地として、災害への備えも復旧復興の助けも、他人事でないと捉えて実行すべきと思っています。
(年齢入力は容赦なく「必須」項目になっていますね~。せめて(歳代)ではいかがでしょう。アラフィフはずっと50歳表記でお答えしています)


【す・24歳・福島県】

9月22日の福島をずっと見ているTVの川内村の放送を見逃してしまいましたので、また再放送してほしいと思いメッセージを送らせて頂きました。どうしても見たいのでどうかお願い致します。


【ハナ・52歳・広島県・会社員】

三連休を利用して、初めて常磐道を通り北上ました。所々モニタリングポストの数字が表示されているのですが、多くは小数点以下のマイクロシーベルト。沿線では、家や畑は緑に飲み込まれている場所も徐々に増えて行く感じでしたが、何故か道路だけは綺麗なのが目立ちました。それが、北海道の原野で見た廃業した農場が緑に飲み込まれ土に還る風景と異なり、不自然差を強調していました。さらに進むと、緑の進入を阻む様に黒い大きな土嚢や黒や緑のピラミッドが現れ、人の動きを感じさせられたかと思えば、道路に左右に並ぶ建物が足並みを合わせたかの様に寂れて行くさま、主を失い朽ちて行く建物の隣に真新しい家が建っていたり、本当に急な非難だったのが分かるように車が斜めに止まり、窓からは洗濯物が見れるお家もありました。モニタリングポストの数字は帰還困難地域の中で、確か2マイクロシーベルト程度に上がっていましたが、高速道路を走行していた感じだと急に上がって急に下がったと言う感じでした。常磐道という線の左右僅かな範囲しか見ていませんが、福島県内一様には語れないと言う難しさを窺うことが出来ました。そして、産業革命から21世紀の今日まで、人間の英知を集めた結果が巨大な土の塊を生み出したことだったのか。その巨大な土の塊をきっと次世代に託さなければならない事に虚しさを感じながら北上を続け、ホテルで放送を見ていました。
途中で寄ったパーキングでは「浪江焼きそば」を食べながらテレビに出ていた食べ物屋さんに思いを巡らせ、売店ではテレビに出ていた生産者や業者の事を思い出しながらお土産を選びました。
大きな事は出来ませんが、これからも福島を気にして行きます。


【サチ・50歳・福島県・川内村のタラの芽を受け継いで今冬から始めようと準備中】

先週 タラの芽生産者の方に会いに川内村に始めて行って来ました。自宅は伊達市で近いのに 初めて伺った土地でしたが  凄く良い方でした。ただ  震災の特集は浜通りだけ…。
私の居る伊達市は 飯館町の山1つ超えた町で 同じ水を飲んでいたのに 裁判しても何の補償もないまま桃やリンゴを生産者販売しています。なぜ中途半端な伊達市月館町は取り上げて貰えないのでしょうか?


【ハナ・52歳・広島県・会社員】

なるべく、家族で観るようにしています。月日が経つにつれ、解決した問題や軽減された課題。そして、復興の進み具合を紹介される事も多くなりました。それは外から見ている景色であって、そこに暮らす方々には方々には私の想像できない課題や問題が新たに生じていたり、復興の速度差や関心の低下から孤立感を持たれている方が居られるのかも知れませんね。この番組は、私たち家族にその片鱗を見せてくれる貴重な番組です。時には、風評被害と言われる事があるかも知れませんが、これからも期待しています。引越ししたので、次の放送が決まり次第告知をお願いします。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

放送待ってました!
・コンパクトタウンって、これからの日本の課題解決の最先端ですね。
・農業の手伝いを通じて楢葉町と関わり続けている大学生たち。わが子も同じ年頃で、「ボランティアネイティブ」と言われてもよさそうな世代ですが、今は自分の学校とバイト・サークルで手一杯の様子です。無償でほかの人の役に立つ活動をしていない様子がもどかしくてなりません。
現地の一部の方からは「遊び」という言葉を使われていましたが、いわゆる「遊び」も選ぶことはできるのに、貴重な時間や労力等を割いておられることは誰にでもできることではありませんし、尊いと感じます。ご自身方の心の赴く中で無理のない範囲での活動が、活動する方にも、現地の方々のためにもなればと願います。
・未来同窓会、楽しい! こういった「明るく未来を語れる場」を大人はどんどん提供すべきですね。
以上、「被災地」ということではなく、日本のこれからをイキイキさせられそうな可能性をたくさん見せていただきました。
~ところで、当地の生協が福島の新聞で事実と異なる報道をされていると聞きました。発災時から熱心すぎるくらいの支援に尽力している生協がなぜ、そこまで叩かれなければならないのか、一組合員として困惑しています。もともとは、応援企画に(縁がなくて)福島産の品を入れることができなかったのを馬鹿正直に「東北五県」と表示したところに、福島の方々の気持ちを傷つけ、損ねる部分があったのは申し開きのできない大きなミスがあったと理解しているのですが、その後も事実を越えた厳しい報道が重なっているとのこと。もしかしたら、行き場のなかった怒りや悲しみのエネルギーをぶつける的になっているのでしょうか。
いえ、それより、箭内さんたちはじめ福島を愛する方々が前向きな何かを発信するたびに、その何倍もの攻撃を受けてきたのかもしれない、と思い至りました。そうした心ある方々が、その心を折ってしまわないように、ずっと見て応援していきたいと思っています。


【ぬま・20歳・宮城県・調理師】

震災の日、小学六年生でした。卒業式間近…あの時は卒業式が出来ないなんて考えてもいなかったです。今だから言えるのは明日が必ず来るってわからない
自分の小学校は田舎の苅野小学校、1つの学年に30人前後、皆んなが家族の様な存在そんな皆んなと会うチャンスが今の自分には無い
20歳にもなると仕事始まる友達、大学に行く友達、人それぞれだと分かっているが会える機会を与えて欲しい
今更だとは分かっていますが、みんなと給食を食べたり授業受けたり、いっぱい話したいです。
その様な企画を自分たちだけでなく同じ様な人たちに与えて欲しいです


※みなさんからのおたよりは1年間掲載しております。

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