「番組へのメッセージ」に寄せられた“みなさんからのおたより”

【ハナ・52歳・広島県・会社員】

なるべく、家族で観るようにしています。月日が経つにつれ、解決した問題や軽減された課題。そして、復興の進み具合を紹介される事も多くなりました。それは外から見ている景色であって、そこに暮らす方々には方々には私の想像できない課題や問題が新たに生じていたり、復興の速度差や関心の低下から孤立感を持たれている方が居られるのかも知れませんね。この番組は、私たち家族にその片鱗を見せてくれる貴重な番組です。時には、風評被害と言われる事があるかも知れませんが、これからも期待しています。引越ししたので、次の放送が決まり次第告知をお願いします。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

放送待ってました!
・コンパクトタウンって、これからの日本の課題解決の最先端ですね。
・農業の手伝いを通じて楢葉町と関わり続けている大学生たち。わが子も同じ年頃で、「ボランティアネイティブ」と言われてもよさそうな世代ですが、今は自分の学校とバイト・サークルで手一杯の様子です。無償でほかの人の役に立つ活動をしていない様子がもどかしくてなりません。
現地の一部の方からは「遊び」という言葉を使われていましたが、いわゆる「遊び」も選ぶことはできるのに、貴重な時間や労力等を割いておられることは誰にでもできることではありませんし、尊いと感じます。ご自身方の心の赴く中で無理のない範囲での活動が、活動する方にも、現地の方々のためにもなればと願います。
・未来同窓会、楽しい! こういった「明るく未来を語れる場」を大人はどんどん提供すべきですね。
以上、「被災地」ということではなく、日本のこれからをイキイキさせられそうな可能性をたくさん見せていただきました。
~ところで、当地の生協が福島の新聞で事実と異なる報道をされていると聞きました。発災時から熱心すぎるくらいの支援に尽力している生協がなぜ、そこまで叩かれなければならないのか、一組合員として困惑しています。もともとは、応援企画に(縁がなくて)福島産の品を入れることができなかったのを馬鹿正直に「東北五県」と表示したところに、福島の方々の気持ちを傷つけ、損ねる部分があったのは申し開きのできない大きなミスがあったと理解しているのですが、その後も事実を越えた厳しい報道が重なっているとのこと。もしかしたら、行き場のなかった怒りや悲しみのエネルギーをぶつける的になっているのでしょうか。
いえ、それより、箭内さんたちはじめ福島を愛する方々が前向きな何かを発信するたびに、その何倍もの攻撃を受けてきたのかもしれない、と思い至りました。そうした心ある方々が、その心を折ってしまわないように、ずっと見て応援していきたいと思っています。


【ぬま・20歳・宮城県・調理師】

震災の日、小学六年生でした。卒業式間近…あの時は卒業式が出来ないなんて考えてもいなかったです。今だから言えるのは明日が必ず来るってわからない
自分の小学校は田舎の苅野小学校、1つの学年に30人前後、皆んなが家族の様な存在そんな皆んなと会うチャンスが今の自分には無い
20歳にもなると仕事始まる友達、大学に行く友達、人それぞれだと分かっているが会える機会を与えて欲しい
今更だとは分かっていますが、みんなと給食を食べたり授業受けたり、いっぱい話したいです。
その様な企画を自分たちだけでなく同じ様な人たちに与えて欲しいです


【カンちゃん・67歳・埼玉県・自営業】

ずっと福島を見続け、見守って頂き感謝!両親が福島出身で親戚も福島にいて心強く思っています。現在の須賀川市に生まれ、松平定信に重用された銅版画作者の「亜欧堂田善(あおうどう でんぜん)」については福島県在住の同い年のいとこ達も知りませんでした。もし、彼の存在や仕事、作品を知ったら、福島県の皆様だけでなく多くの人に勇気と希望をもたらすと思えます。箭内さんともクリエイトな部分でつながりでしょう。どうぞ番組で取り上げてみてください。お願いします。


【おんつぁ・26歳・東京都・会社員】

いつも興味深く観ております。TOKIOの福島CM続投について民友で読みました。箭内さんが事務所に声掛けしたとの事ですが、福島県とTOKIOのこれからも前途多難でしょう。ですが多くの福島県民の民意を汲んで頂いた結果だと思います。
最近祖父母のいる近くの山菜から高濃度の放射線物質が出てしまい、ミスピーチの桃試食で吐かれた物産については偏見ですが(寧ろ福島は検査してるから安心)除染の及ばぬ地域の物産からまた放射線物質が出た=福島への中傷に繋がるのではと凄く悲しい気持ちになりました。コンテナ事故からの貝毒やヒ素で米作れなくなった地域は実被害なのにスルーです。
箭内さんの言葉で今だからこそ優しい言葉で語りましょういうのを覚えてますが、福島の生産者もTOKIOも恐らく犯罪者、中傷する輩って表現の自由とは違うと思います。今や迂闊にネットやTV観れなくなりました。今年なんて戊辰150年ですし、大河でもお前って先祖代々ろくでなしと明治維新事業に大金叩く国に本当腸煮えくり返りそうです。
亡くなった祖母が山菜取りが趣味で、宅急便に山ほど缶詰めしたものが心待でしたが今じゃ放射線物質に汚染された廃棄物を孫に送りつける殺人者と罵られそうで虚しい。ここは福島県民同士でも意見がわかれますが。「この桃、安全安心だがんない」と言わせるこの状況、誰にも言えない。田舎どこ?みたいな会話でも弱み握られてしまう。震災以降心の中ではひどい引きこもりで、もう二度と友達作れないし仕事以外の雑談も怖い。福島に対して今まではままどおるずの歌詞の様な心情だったのですが、いっそ一時話題になった映画のように、会津の山で一生一人で籠りたい気分です。あれはありのままをみせるのを所望してるゆるふわ愛され前髪女ではなく偏見差別に晒され命追われたマイノリティがそっとしてほしいと籠城したのです。偏見差別をする人がよく福島の様な高濃度汚染地域に居るとか言いますけど、各地で実際暴力振られたり、心ない中傷で憤死するくらいなら誰にも関わりたくない。私個人の印象は福島県民は自死を求められてる気分。大人のくせにこんなこと言って本当バカなんでしょうね、スミマセン。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

逃さないように、録画して毎回見ています。以前に比べ、期間が空いてしまうのが寂しいですが、その分一回一回充実した放送になっていますね。
●浪江町・思い出の品展示場 今は訪れる人が極端に少ないとのことでしたが、丁寧な分類や展示をされているのが伝わってきて、実際に様子を見に行きたくなりました。ここを守っている方々が本当に心を砕いておられるのですね。引き取られた跡をそのままにしておくのではなく、替わりに浪江町の花であるコスモスの絵を飾ることにしているとのこと。たくさん引き取られてその分たくさんコスモスが咲くのを思い浮かべると、わくわくしますね。
●黙祷の映像を見るのにいつも躊躇します。祈りの瞬間に撮られるのはとても抵抗があるだろうから。被災を語る方にも、申し訳ない気持ちがぬぐえません。自分自身が写真に撮られることすら苦手なので、その感覚が強いためとも思いますが、被災した上に、TVで放送までされるなんて、それを見物していいのかと罪悪感のようなものが生まれてしまうのです。郡山市の伊藤さんも、以前取材に応じたときは非日常だった、しなきゃという(義務感のような)思いがあったとおっしゃってましたが、やはり、普通の人が人生の一部をさらされることは被災とは別に負荷をかけているような気もします。少なくともこの番組は、納得して取材を受けておられる方々が中心であるように思います。みなさまの暮らしがおちついて、心から笑えるようになりますよう、ずっと見て、想って、祈っています。もちろん忘れることはありません。
●Sukoshi Fushigiな「MIRAI2061」 楽しい! 箭内さんの言われるように、今をだいじに一歩一歩進んでいったらその延長線上にある、と感じながら観ることができました。
●「性別」を尋ねる欄がなくなりましたね! 「女性」「男性」「そのほか」を選んでもらう欄は残してもよいのでは、という感覚です。ただし、必須でなく。


【これからも見ていきたいひとり・51歳・愛知県】

3/22の放送を見ました。同じ時間の放送記念日特集「フェイクニュースとどう向き合うか」を録画していたため、この番組は録画できませんでした。箭内さんが「SFとしてではなくドキュメンタリーとして作った」旨を言われたあのミュージカル映像、また見たいのです。(私は箭内さんの祈りであり強い意思であると受け止めました)。そして、少しでも多くの方に見ていただきたいと思います。再放送をして頂けたら嬉しいです。(私の両親はある原発立地の地域の出身です。だからでしょうか、原発事故以降の福島のこと、他人事とは思えません)。よろしくお願いいたします。


【レンモコ・33歳・千葉県】

私は3.11の時、双葉郡内で被災しました。震度6強の強い揺れ、津波、そして原発事故。今でもあの日関連の報道を見ると震えが止まらなくなり、気持ちが追い付かず、何も手につかなくなってしまいます。
当時は看護師として病院で働いていました。しかし当時の経験から子どもが生まれた今、万が一の時すぐに家族優先に動けるよう、病院等で働くことを辞め、今は看護師の資格を生かした在宅仕事をしながら、子供たちを育てています。
先日の番組で、箭内さんが作られた映像作品を見て、涙が止まらなくなりました。自分の未来のような気がしました。私も震災後に今の夫と出会い、子どもたちが生まれました。あの主人公のおばあさんが将来の私になれるよう、毎日毎日をただ大切に生きていきたいと思うことができ、勇気をもらいました。
今まで、福島関連の報道を見ると、「私のふるさとについて詳しく知らないくせに」「何もわかってない」といった、悔しい、怒りなど、負の感情が強く自分を支配してしまっていました。
でも今回の作品を見て、自分の気持ちをわかってくれる人がいるんだと思うことができました。
福島関連の報道を見て、初めて「嬉しい」って思えたんです。
今日から、一日一日を大切にしたいと思います。福島をずっと見ていてくださって、本当にありがとうございます。


【さら・40歳・東京都・会社員】

母乳の後は牛乳、牛肉以外のお肉は食べない酷い偏食の私は牛の命をいただいて大人になった。震災後餓死した牛、肉牛になれない生き残った牛を見て、どれだけ今まで世話になってきているのに何もしないできてしまったのだろうと涙が止まらない。


【腐った桃・35歳・東京都】

福島の事を思わない日はありませんが、原発云々じゃなくて一言で言えば、昨年何度か福島に行く機会も有りましたし、純粋に福島はいい所だぞいと言うような感じです。以前の放送を観て福島に寄り添えば逆効果と言われ、かといってアピールしないと偏見と言うか間違ったイメージが付きまとってしまうようなとても難しい問題について議論されてましたね。私自身、昨年郡山のおじから福島の立派な桃を頂きました。お礼の電話で福島のどこ?と聞いた所、安心安全の話になってしまいました。私としては福島市か伊達かを聞きたかっただけで、(桃農家の真似をし)皮ごと食べたのですが。何となく福島のイメージは忌み嫌われると言うか腫れ物と言うか(会津はネットでも歴史的に激しく叩かれる事は有りましたが)現に、母が言う所の福島出身者だと言うことも隠さなければいけないような時代にまた戻ってしまった気がします。知り合いも大熊町出身を隠し、最近親戚一堂東京に引っ越してきました。物理的に故郷がなくなってしまった若しくは壊滅的被害から取り戻そうと努力している、こんな県や藩は福島以外にありません。いつもの景色に放射性廃棄物が山積みにされてても、本心では福島はいいところだぞいと言いたいです。でもこんなにやり込められている場所があるのでしょうか。辛いと現実には言えませんし、ネットでさえ書き込めば被害者面だのもう7年たっただろ?とやり込められるような時代です。加えて今のゴリ押し幕末ブームとか忖度からして、ここは日本と言うよりお偉いさんの頭は未だ藩単位なんでしょうか。両親祖父母(中通り・会津出身)からは一切聞いてなかったのですが、明治維新、斗南藩、大戦も福島出身者であると最前線にされてしまう(実際曾祖父が亡くなり大変だったそうです)等八重の桜を観て以降、調べる毎に暗鬱たる気持ちに。色々むなしい気持ちになってしまいました。最早何かに託つけお国自慢、忖度ばかりのメディアを観ることさえ辛いですし、何かしらのエゴに満ち溢れていてきへ悪いです。一方的ですみません。


【ハナ・51歳・岡山県・会社員】

中学生も小学生も、しっかり考えていますね。寸劇では、考えさせられる物がありました。お米の全量検査や、ニュースでのモニタリングデータには、消費者や観光客を十分に安心させるには物足らない気がします。国の基準の100ベクレル以上の物は無いと言う事だけをアピールされても、100ベクレルが自然界でどれだけの高さなのかもピント来ない人が多いと思います。どうしても、多くの人は有るか?無いか?で判断してしまいます。抜本的な解決にはなりませんが、実際にどれ位の数値なのか?例えば基準値の半分とか、10分の1とかが分かれば納得出来る人もいるかもしません。モニタリングのデータでも、それが自然界の何倍なのか?環境基準が、いくら位になるのか?も分からないと、観光客の様な来訪者には驚かせるだけのデータにしかならない気がします。いつまで続けるかですが、やはり基準値の半分以下が安定して出るまでは続けて欲しいです。


【しずか・51歳・埼玉県・主婦】

12月14日の「徹底討論」は、放射線量と農産物のことが話題にでて、私も考えていたことだったので、うなずきながら見ました。福島県産の農産物は放射線量を測定して数値を公表するのに、他の都道府県の農産物はどうして公表しないのか。比較対象がなかったら、福島県産の農産物の測定値が、高いのか低いのか、判断できないではないか、と思っていたのです。全都道府県の農産物の測定値を公表してこそ、福島の農産物の測定値があるのだと思います。「その手間がかけられない、そのコストが負担できない」というなら、福島も同じはずです。数値が高いか低いか、ということと、安全か、安心か、ということは、同じではない、というお話しは、そのとおりだと思いました。放射線についての教育は、子供に限らず大人にももっともっと必要なことだと思います。


【ゆう・49歳・東京都・会社員】

滅多にEテレは観ないのに本当にたまたま番組の途中から観ました。実家が福島市です。合唱団の子供たちの寸劇で泣いてしまいました。3.11の後居ても立っても居られなくて、1週間後小さな息子を連れて新幹線、電車、バスを乗り継いで7時間もかけて福島へ行きました。みんなが逃げるのになぜ小さな息子を連れて来るのかと親から叱られました。津波被害の方たちのボランティアにも参加しました。泣いてしまったり頭痛があるくらいまだまだ子供たちは闘っているのですね。自分の中で克服したつもりが、実は東京の生活で風化してしまっていたあの時の気持ちが蘇りました。最後に仰っていた合唱団の先生のお言葉、その通りだと思います。子供たちに福島の土を見せ、心と裏腹な自分の気持ちに気付かせる。実家が福島なのに、今の私は神戸や新潟の子供たちと同じように、また知識があるだけに放射線は測ったのかなと思ってしまい悲しくなりました。あの事故さえなければ大好きな故郷の美しい福島が汚されなかったのにと、未だに複雑な思いです。福島の子供たちの未来のためにこのような素晴らしい番組に感謝致します。仕事柄海外にもよく行きますが、日本だけではなく福島の出身と言うとそれこそ大変ですね、かわいそうにと言われます。かわいそうではなく、そして分かってもらえない怒りではなく知識を持って今の現状を合唱団の先生の思いに沿って海外にも伝えなければと、心に響きました。頑張ります。ありがとうございました。大好きな福島をよろしくお願いします。


【明・50歳・東京都】

今回の放送「福島の今を正しく伝えるには?」は、とても良かった。政治不信などもあり、政府や県がいくら安全だ、と言っても眉唾に思ってしまう。国際機関や専門家委員会が、大丈夫です、と言ってもピンとこない。相手に納得してもらうためには、共感が不可欠。土と共に生きてきた農家の人々、漁再開に向け取り組んできた漁業関係の人々など震災後も福島で生活してきた一介の県民一人ひとりが、それぞれの言葉で伝えることが、聞く相手には一番腹落ちするのではないかと思った。その意味で番組の中では、子供たちの言葉が一番伝わった。是非、再放送をしていただきたい。


【歩希・39歳・東京都・画家】

今まさに、やっている回を見ています。こんな作為的な内容を国営放送がするなんて、がっかりです。怒りが湧いてきます。農作物からの放射線量が、100ベクレル以下なら安全という基準値すら全く信憑性に欠けることです。まずそこを追及すべきです。風評被害が本質ではない。それを起こした東電を徹底的に追及すべきでしょう。それはメディアしか出来ないことじゃないですか。福島の方々を本当に救いたいと思うならば、本当に安全かどうかをはっきりさせることです。ちなみに私は素人の一般人ですが、この番組の中に間違いがありすぎることだけはわかります。どうか、真実を伝える番組を作ってください。あなた方にある意味命がかかっている人がいるんです。表面的な安心など、何の意味がありますか。本当の安心を追及してください。どうか、お願いします。


【匿名希望・31歳・山口県・飲食業】

今放送の当番組をみていますが、山口県生まれ育ちの私の周りは皆さん、やはり福島産を避けているし、国産しか書いていなくて安い商品をみると福島県産なのかとも勘ぐるし、その意見を否定されるのもなんだかなと思います。すべてが風評被害とは言い切れないんでは…
NHKさんはこういう番組を作って何がしたいのかなとも思います。


【ハナ・51歳・岡山県・会社員】

再放送で、改めて観させて頂きました。魚の放射能測定の場面で、数値が出たことで驚く参加者がおられましたが、それが多くの人が受ける感覚だと思います。
DNなら安心で、少しでも数値が出れば危険だと判断される人。
もっと言えば、数値が持つ意味や難しい言葉が理解出来ず、ただ消去法で福島産を避ける人が多い事だと思います。
本当はDNでも0では無く、数値が出ても人体への影響が無視できる範囲の物があると思います。
その道の科学者は、放射能に対する多くの単位の意味を理解し、許容範囲を理解しているから慌てる事もなく平然とされているかも知れません。
番組に期待したいのは、ベクレル等日常的に使われる単位の持つ意味と許容値を示した放送があっても良いかと思います。事故直後は、多くの番組で解説されていたと思いますが、忘れたり混乱のなかで理解できなかった人も少なくないと思いますから。


【らん・20歳・京都府・学生】

今回、番組で一番印象に残ったのは南相馬市の復興住宅にすんでおられる方のインタビューでした。昔は浪江に帰りたいと思っていたけど今は時に来るだけでも悲しい感情しかないと聞き、復興は進んでいないのだと感じました。震災は人と人と、人と町とのコミュニティを破壊した。そのコミュニティを修復しにくくしたのが原発である、と感じました。
今年の7月、生まれて初めて福島県を訪れました。震災から6年半、メディアで取り上げられることが少なくなり、すっかり復旧、復興が終えられているのだと思っていました。しかし、浪江町、楢葉町、で私が実際に見たのは除染作業が行われている現場でした。人がいない、家がない、お店がない、なにもないことに衝撃を受けました。そんななかでも、浪江町や楢葉町の役場の方にお話をうかがうと、本当に町のために、町民のために汗水たらして働いておられることに感動しました。その後、8月、9月と再び福島を訪れ、南相馬市や福島県庁に行きました。今まで特に注目しなかった福島について私が、無意識にこの番組を見ていたり、あかべこのキーホルダーをつけているのは実際に福島に行き、メディアでは伝えられてこなかった現状を見て、感じたからだと思っています。この感情をもっとたくさんの国民に持っていてもらいたいと強く感じています。情報発信において、できることがあればやりたいと考えています。


【パンダ・43歳・福島県・介護職員】

いつも番組を拝見しながら、笑ったり、考えたり、怒ったり、涙したりと故郷「福島」の事を思っています。今回はお願いがありメールを致しました。震災があったあの日…津波や原発の事はいろいろな番組で取り上げられるので良く知られていますが、同じ日に福島県須賀川市で起きたダム湖の決壊事故と福島県白河市で起きた土砂崩れ災害を取り上げ欲しいのです。
震災があったあの日、津波や原発事故の他にこんな事もあったと伝えて欲しいのです。
あるネットニュースでは「置き去りにされた被災地」として取り上げられた事もありましたが、きっと知らない人の方が圧倒的に多いと思います。
震災の事、津波の事、原発の事、そして、須賀川で起きた事、白河で起きた事、風化させたくないので宜しくお願いします。


【あけちゃんパパ・57歳・静岡県・会社員】

毎回、福島の今を見て、いろいろと考えています。以前、他の番組で星野さんと大学生、著名な方が福島に対する風評について話し合っていましたが、今の現状は、どうですか?
風評を吹き飛ばすようなメッセージは出来たのでしょうか?私も考えてみました!
「おらが故郷、福島千都」
どうかな?
では、次回の番組を期待しています。

【あっきぃ・43歳・鳥取県・家庭教師】

風とロック芋煮会に鳥取県から参加して、現地でインタビューを受け、自分の考える「復興」について、述べさせて頂きました。風とロック芋煮会に参加した理由の一つに、単なる音楽フェスではなく、音楽の力で福島を盛り上げていこうという趣旨があったからです。
自分の街も、昨年秋の鳥取県中部地震及び今年の大雪による被害から復興していっている段階です。大好きな福島、魅力いっぱいの福島、これからも自分のできる範囲での関わりを続けていきたいと思っております。明日の放送、楽しみにしております。

【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

番組の存在に気づいたときから、録画して毎回見ています。おたよりこそしていませんが…拡大スペシャルになったとはいえ、こんなに長い間見ないのは寂しいなあ、とHPを開いてみました。(あと3日!)
前回の県立大沼高校演劇部の顧問の先生が異動される…の回、心に響きました。

※みなさんからのおたよりは1年間掲載しております。

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