「番組へのメッセージ」に寄せられた“みなさんからのおたより”

【きのこ・35歳・千葉県・会社員】

福島出身です。辛すぎて震災や福島関連の番組を正直避けてました。偶然、みてしまって、でも本当に見入ってしまいました。こんな番組を制作してくださって、ありがとうございます。方言きくだけで涙でます。私も、思考停止しないで、ちいさいことでも出来ることを考えようと思いました。小高病院の先生たちみたいに。

【たかし・54歳・東京都・漫画家】

今日夜中の放送見逃してしまった(>_<)

【尚・54歳・東京都・漫画家の助手】

毎回楽しみに拝見しております。自分の故郷は福島県相馬市ですが、九月か11月の某漫画新人賞の応募のための、エッセイ漫画か、数年前に参加した20キロ圏内ツアーの僅かな記憶をたよりにした若干フィクションも交えたエッセイ漫画を描いてみようと個人的に企んでます…これまでに、何度か故郷の為の一助と思って、野馬追いをテーマにした作品を描いたのですがことごとく選外で発表出来ませんでした…。故郷の一助になれば。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

こんにちは。個人的な話ですが、先日初めて広島に行くことができ、市内を見てきました。
原爆の被害の後70年余り経っていて、「被爆建物」として残してあるものを除くと、ほとんど傷跡の目立たないきれいな「街」に見えました。資料が展示されている中に、被爆10年後の写真がありました。まだがれきも残る一方、四角い建物もでき、行き交う人が見られる写真でした。
一日中歩き回っていたのですが、気づくとなぜか『I love you & I need you ふくしま』をエンドレスで口ずさんでいました。福島のこれからの形はまだわかりませんが、みなさまが幸せに暮らせるようにと祈っています。


【倉 秀彦・57歳・北海道】

12月にもお願いしたのですが、ぜひ12月放送の75回目のものを再放送を希望しています。北海道にいますが毎年春休みに現地を訪れています。教師ですが、ぜひ生徒の家庭でも見て欲しいので3月11日以前にもう一度再放送していただきたく、再度お願いする次第です。どうぞ宜しくお願いします。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

南相馬の回、見ました!
・小高病院での訪問診療、オンライン診療で「顔を合わせるだけで喜んでもらえる」との言葉。「だけ」と言いつつ、実は究極の医療なのでは。特殊な環境になっているからこそ、人の本当に求めるもの、必要なものがわかった気がします。
・農業高校で若い生徒さんが懸命に活動されている姿が尊いですね。「インビドロフラワー」きれいでした。それぞれにとても大きな可能性を感じます。
・避難中の空き家が動物のみならず、泥棒(人間)にも荒らされてしまっていることが辛くせつないですが、ボランティア(人)さんの手によって整えられたところを見ることができて、少し心が潤いました。直接は手伝いに行けませんが、自分の身近なところでできることをすることが、めぐりめぐって各地のみなさまのお役に立てばと忘れずに暮らしています。
・箭内さんの「復興と言う言葉は、一人でもまだと思っている人がいるうちは使えない言葉」とのコメント。誰一人置いてきぼりにしない心が言わせたせりふと思いました。
次回も期待しています。


【古・57歳・北海道・専門学校講師】

見逃しましたー再放送をお願いします。

【MN・48歳・神奈川県】

ありがとうございます。先日投稿させていただいた者です。本日、茅ヶ崎市役所で会合に出席させて頂いたときに、この番組の話題になりました。箭内様のおっしゃっていた、復興という言葉の重み、合原様がおっしゃていた明日を創る高校生の姿勢、大切なことだとみんなで思いました。できれば昼間あるいは夜間の時間帯で再放送をお願いしたく存じます。ありがとうございます。

【はるまろ・39歳・栃木県・主婦】

私は南相馬市小高区の出身です。駅近くに家がありましたが震災で全壊し取り壊した為、今は家はなく更地になっています。震災後、家族全員で県外に避難しそのまま帰還せず住んでいますが産まれ育った街は忘れた事はありません。しかし小高に戻るには子供が大きくなり避難先で家を建てたので難しい現実。今回、南相馬市小高区が特集されるこの放送で今の小高の現状を見れたのはすごく良かったし嬉しかった。避難当初まだ小さかった子供達と一緒にこの番組を録画していたので観ようと思っています。これからも変わりゆく街を撮り続けてもらえませんか?できる限りでいいので。離れてしまった人達のために発信して欲しいと心から願っています。

【小崎悠哉・38歳・愛知県】

福知山線脱線事故の特集をテレビで見ました。生き残った被害者が自殺したと言っていました。僕も自殺を何年も考えたけど死ねなかった。今、障害者になり障害年金をもらい、精神科にも行き心が安定しています。今の病院が合っている。だから、豊橋を、ここを離れたくありません。

【MN・48歳・神奈川県】

ありがとうございます。合原様と相馬農業高校の皆様のお話感動しました。もう一度昼間の時間帯で拝見したいです。


【宝田保光・50歳・東京都・助産師国家試験受験資格を持つ看護師】

小高病院の様子久々に観られました。避難後の再開小高病院に関わったものです。確かに笑いのある病院ではあるけど、その裏で医師や行政に振り回された看護師の様子はないんだと思いました。2012.12から南相馬に入り、2014.12から再開小高病院で働きました。看護師がどーしても見つからないと言う事からです。なぜだと思います。この頃は夜間立ち入り禁止区域でした。市長の公約通り、再開はさせたけど、様々な問題があり過ぎでした。・・・・・昨年その市長も変わり、この頃の記録を残そうと考えています。中尾医師や今野医師とも一緒に働きました。


【五木田尚(三)・53歳・東京都・フリーの漫画家(アシスタント)】

毎回拝見しております。田舎が相馬なので、馴染みのある所が取りあげられたりすると興味深く拝見します。最近思うのですが、故郷のために何かしたいと思って自分なりにやってることがあるのですが、まるで何の成果もあげられず、自分はなにも出来ないのかも…と思ってしまってます。


【福島いいとこ一度はおいで・52歳・静岡県・公務員】

福島の街がきれいになり、一見すると落ち着いたような気がしていました。震災後、傾聴とハンドケアをしてきましたが、いつまで通うか悩んでいました。12月9日放映の番組で、小高のお医者さんが、「見守り続ける」と言われたこと。ディレクターさんの「迷いながら録り続けている」という発言。そして「復興と問われて考えこむ道彦さん」に、さらには、相馬の女子高生の涙に大きな示唆をもらえました。私も「続けよう」と思えました。年末また行きます。ありがとうございます!!大好きな番組!!これからも続けてくださいね!


【倉 秀彦・57歳・北海道・教員】

毎回放送を楽しみにしています。縁があり、2013年から毎年数日ですが、南相馬にいき、できることで関わらせていただいています。中尾先生とは2回お会いし、今はほぼ毎日やりとりをしています。また今野先生には、お会いしていないのにFBでやりとりし、兄のように繋がらせていただいています。
今回沢山の反響がある中で、残念ながら見られなかった人が沢山いました。私の学校の生徒にもぜひ見てもらいたい。ぜひどうか再放送を強く希望します。福島のことを忘れないためにも全国で見られるこの番組をもっとみてほしい。よろしくお願い申し上げます。
個人的には高野病院のことを取り上げてほしいです。NHKスペシャルで取り上げていただいた後英男院長がなくなり、私営ということで援助がほとんどない中でずっと離れずに地域の方のそばにいる他にはない病院です。笑顔輝く皆さんのことを沢山の方に知ってほしいです。


【マル・22歳・神奈川県・調理業務】

たまたまNHKを付けたら福島県の川内村のことを放送していて、自然が綺麗でお盆も自分の地域とは違かったり、お祭りは村の方々が一体となって楽しんでいて、仲が良くて楽しそうで見ていて和みました!私が応援している俳優さんに横田龍儀さんという方がいまして、その方が川内村出身で川内村の事を話してくださっているのですが実際に行ったことがなく、今回、NHKで少しでも川内村のことを知れたことは嬉しかったですし、訪れたい!と思いました!いつか横田龍儀さんもこの番組に出られるといいなと思いました!また12月の放送も楽しみにしています!


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

「川内村の夏」。
震災前から続く「盆ダンス」や「盆野球」を楽しむ方々の様子が伝わってきました。中心となっておられる秋元さんの穏やかな笑顔が印象的。故郷に戻って草野新平の天山文庫の職員を務める志賀さんの、「同級生がいないから、自分が帰ってくる人を待ち構える」としっかり腰を据えておられる姿も。日々の生活を穏やかに営めることが人にとっての幸せ。それを改めて感じることのできる番組でした。
「復興」だけでなく、今後の社会を考えた時に、大切なこと。
かなめになる方がおられる地域の素敵さも。きのこ農園を営むお父さんを友だちに見せるお子さんは、幸せを感じることができているのではと思います。
大型台風がまた接近し、各地の被害の大きくないことを祈るばかりです。復興する間もなく次の災害、といった具合で、前の被災地が忘れられてしまうのではと心配になります。むしろ、被災地でない場所は未災地として、災害への備えも復旧復興の助けも、他人事でないと捉えて実行すべきと思っています。
(年齢入力は容赦なく「必須」項目になっていますね~。せめて(歳代)ではいかがでしょう。アラフィフはずっと50歳表記でお答えしています)


【す・24歳・福島県】

9月22日の福島をずっと見ているTVの川内村の放送を見逃してしまいましたので、また再放送してほしいと思いメッセージを送らせて頂きました。どうしても見たいのでどうかお願い致します。


【ハナ・52歳・広島県・会社員】

三連休を利用して、初めて常磐道を通り北上ました。所々モニタリングポストの数字が表示されているのですが、多くは小数点以下のマイクロシーベルト。沿線では、家や畑は緑に飲み込まれている場所も徐々に増えて行く感じでしたが、何故か道路だけは綺麗なのが目立ちました。それが、北海道の原野で見た廃業した農場が緑に飲み込まれ土に還る風景と異なり、不自然差を強調していました。さらに進むと、緑の進入を阻む様に黒い大きな土嚢や黒や緑のピラミッドが現れ、人の動きを感じさせられたかと思えば、道路に左右に並ぶ建物が足並みを合わせたかの様に寂れて行くさま、主を失い朽ちて行く建物の隣に真新しい家が建っていたり、本当に急な非難だったのが分かるように車が斜めに止まり、窓からは洗濯物が見れるお家もありました。モニタリングポストの数字は帰還困難地域の中で、確か2マイクロシーベルト程度に上がっていましたが、高速道路を走行していた感じだと急に上がって急に下がったと言う感じでした。常磐道という線の左右僅かな範囲しか見ていませんが、福島県内一様には語れないと言う難しさを窺うことが出来ました。そして、産業革命から21世紀の今日まで、人間の英知を集めた結果が巨大な土の塊を生み出したことだったのか。その巨大な土の塊をきっと次世代に託さなければならない事に虚しさを感じながら北上を続け、ホテルで放送を見ていました。
途中で寄ったパーキングでは「浪江焼きそば」を食べながらテレビに出ていた食べ物屋さんに思いを巡らせ、売店ではテレビに出ていた生産者や業者の事を思い出しながらお土産を選びました。
大きな事は出来ませんが、これからも福島を気にして行きます。


【サチ・50歳・福島県・川内村のタラの芽を受け継いで今冬から始めようと準備中】

先週 タラの芽生産者の方に会いに川内村に始めて行って来ました。自宅は伊達市で近いのに 初めて伺った土地でしたが  凄く良い方でした。ただ  震災の特集は浜通りだけ…。
私の居る伊達市は 飯館町の山1つ超えた町で 同じ水を飲んでいたのに 裁判しても何の補償もないまま桃やリンゴを生産者販売しています。なぜ中途半端な伊達市月館町は取り上げて貰えないのでしょうか?


【ハナ・52歳・広島県・会社員】

なるべく、家族で観るようにしています。月日が経つにつれ、解決した問題や軽減された課題。そして、復興の進み具合を紹介される事も多くなりました。それは外から見ている景色であって、そこに暮らす方々には方々には私の想像できない課題や問題が新たに生じていたり、復興の速度差や関心の低下から孤立感を持たれている方が居られるのかも知れませんね。この番組は、私たち家族にその片鱗を見せてくれる貴重な番組です。時には、風評被害と言われる事があるかも知れませんが、これからも期待しています。引越ししたので、次の放送が決まり次第告知をお願いします。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

放送待ってました!
・コンパクトタウンって、これからの日本の課題解決の最先端ですね。
・農業の手伝いを通じて楢葉町と関わり続けている大学生たち。わが子も同じ年頃で、「ボランティアネイティブ」と言われてもよさそうな世代ですが、今は自分の学校とバイト・サークルで手一杯の様子です。無償でほかの人の役に立つ活動をしていない様子がもどかしくてなりません。
現地の一部の方からは「遊び」という言葉を使われていましたが、いわゆる「遊び」も選ぶことはできるのに、貴重な時間や労力等を割いておられることは誰にでもできることではありませんし、尊いと感じます。ご自身方の心の赴く中で無理のない範囲での活動が、活動する方にも、現地の方々のためにもなればと願います。
・未来同窓会、楽しい! こういった「明るく未来を語れる場」を大人はどんどん提供すべきですね。
以上、「被災地」ということではなく、日本のこれからをイキイキさせられそうな可能性をたくさん見せていただきました。
~ところで、当地の生協が福島の新聞で事実と異なる報道をされていると聞きました。発災時から熱心すぎるくらいの支援に尽力している生協がなぜ、そこまで叩かれなければならないのか、一組合員として困惑しています。もともとは、応援企画に(縁がなくて)福島産の品を入れることができなかったのを馬鹿正直に「東北五県」と表示したところに、福島の方々の気持ちを傷つけ、損ねる部分があったのは申し開きのできない大きなミスがあったと理解しているのですが、その後も事実を越えた厳しい報道が重なっているとのこと。もしかしたら、行き場のなかった怒りや悲しみのエネルギーをぶつける的になっているのでしょうか。
いえ、それより、箭内さんたちはじめ福島を愛する方々が前向きな何かを発信するたびに、その何倍もの攻撃を受けてきたのかもしれない、と思い至りました。そうした心ある方々が、その心を折ってしまわないように、ずっと見て応援していきたいと思っています。


【ぬま・20歳・宮城県・調理師】

震災の日、小学六年生でした。卒業式間近…あの時は卒業式が出来ないなんて考えてもいなかったです。今だから言えるのは明日が必ず来るってわからない
自分の小学校は田舎の苅野小学校、1つの学年に30人前後、皆んなが家族の様な存在そんな皆んなと会うチャンスが今の自分には無い
20歳にもなると仕事始まる友達、大学に行く友達、人それぞれだと分かっているが会える機会を与えて欲しい
今更だとは分かっていますが、みんなと給食を食べたり授業受けたり、いっぱい話したいです。
その様な企画を自分たちだけでなく同じ様な人たちに与えて欲しいです


【カンちゃん・67歳・埼玉県・自営業】

ずっと福島を見続け、見守って頂き感謝!両親が福島出身で親戚も福島にいて心強く思っています。現在の須賀川市に生まれ、松平定信に重用された銅版画作者の「亜欧堂田善(あおうどう でんぜん)」については福島県在住の同い年のいとこ達も知りませんでした。もし、彼の存在や仕事、作品を知ったら、福島県の皆様だけでなく多くの人に勇気と希望をもたらすと思えます。箭内さんともクリエイトな部分でつながりでしょう。どうぞ番組で取り上げてみてください。お願いします。


【おんつぁ・26歳・東京都・会社員】

いつも興味深く観ております。TOKIOの福島CM続投について民友で読みました。箭内さんが事務所に声掛けしたとの事ですが、福島県とTOKIOのこれからも前途多難でしょう。ですが多くの福島県民の民意を汲んで頂いた結果だと思います。
最近祖父母のいる近くの山菜から高濃度の放射線物質が出てしまい、ミスピーチの桃試食で吐かれた物産については偏見ですが(寧ろ福島は検査してるから安心)除染の及ばぬ地域の物産からまた放射線物質が出た=福島への中傷に繋がるのではと凄く悲しい気持ちになりました。コンテナ事故からの貝毒やヒ素で米作れなくなった地域は実被害なのにスルーです。
箭内さんの言葉で今だからこそ優しい言葉で語りましょういうのを覚えてますが、福島の生産者もTOKIOも恐らく犯罪者、中傷する輩って表現の自由とは違うと思います。今や迂闊にネットやTV観れなくなりました。今年なんて戊辰150年ですし、大河でもお前って先祖代々ろくでなしと明治維新事業に大金叩く国に本当腸煮えくり返りそうです。
亡くなった祖母が山菜取りが趣味で、宅急便に山ほど缶詰めしたものが心待でしたが今じゃ放射線物質に汚染された廃棄物を孫に送りつける殺人者と罵られそうで虚しい。ここは福島県民同士でも意見がわかれますが。「この桃、安全安心だがんない」と言わせるこの状況、誰にも言えない。田舎どこ?みたいな会話でも弱み握られてしまう。震災以降心の中ではひどい引きこもりで、もう二度と友達作れないし仕事以外の雑談も怖い。福島に対して今まではままどおるずの歌詞の様な心情だったのですが、いっそ一時話題になった映画のように、会津の山で一生一人で籠りたい気分です。あれはありのままをみせるのを所望してるゆるふわ愛され前髪女ではなく偏見差別に晒され命追われたマイノリティがそっとしてほしいと籠城したのです。偏見差別をする人がよく福島の様な高濃度汚染地域に居るとか言いますけど、各地で実際暴力振られたり、心ない中傷で憤死するくらいなら誰にも関わりたくない。私個人の印象は福島県民は自死を求められてる気分。大人のくせにこんなこと言って本当バカなんでしょうね、スミマセン。


【九州のおばちゃん・50歳・福岡県】

逃さないように、録画して毎回見ています。以前に比べ、期間が空いてしまうのが寂しいですが、その分一回一回充実した放送になっていますね。
●浪江町・思い出の品展示場 今は訪れる人が極端に少ないとのことでしたが、丁寧な分類や展示をされているのが伝わってきて、実際に様子を見に行きたくなりました。ここを守っている方々が本当に心を砕いておられるのですね。引き取られた跡をそのままにしておくのではなく、替わりに浪江町の花であるコスモスの絵を飾ることにしているとのこと。たくさん引き取られてその分たくさんコスモスが咲くのを思い浮かべると、わくわくしますね。
●黙祷の映像を見るのにいつも躊躇します。祈りの瞬間に撮られるのはとても抵抗があるだろうから。被災を語る方にも、申し訳ない気持ちがぬぐえません。自分自身が写真に撮られることすら苦手なので、その感覚が強いためとも思いますが、被災した上に、TVで放送までされるなんて、それを見物していいのかと罪悪感のようなものが生まれてしまうのです。郡山市の伊藤さんも、以前取材に応じたときは非日常だった、しなきゃという(義務感のような)思いがあったとおっしゃってましたが、やはり、普通の人が人生の一部をさらされることは被災とは別に負荷をかけているような気もします。少なくともこの番組は、納得して取材を受けておられる方々が中心であるように思います。みなさまの暮らしがおちついて、心から笑えるようになりますよう、ずっと見て、想って、祈っています。もちろん忘れることはありません。
●Sukoshi Fushigiな「MIRAI2061」 楽しい! 箭内さんの言われるように、今をだいじに一歩一歩進んでいったらその延長線上にある、と感じながら観ることができました。
●「性別」を尋ねる欄がなくなりましたね! 「女性」「男性」「そのほか」を選んでもらう欄は残してもよいのでは、という感覚です。ただし、必須でなく。


【これからも見ていきたいひとり・51歳・愛知県】

3/22の放送を見ました。同じ時間の放送記念日特集「フェイクニュースとどう向き合うか」を録画していたため、この番組は録画できませんでした。箭内さんが「SFとしてではなくドキュメンタリーとして作った」旨を言われたあのミュージカル映像、また見たいのです。(私は箭内さんの祈りであり強い意思であると受け止めました)。そして、少しでも多くの方に見ていただきたいと思います。再放送をして頂けたら嬉しいです。(私の両親はある原発立地の地域の出身です。だからでしょうか、原発事故以降の福島のこと、他人事とは思えません)。よろしくお願いいたします。


【レンモコ・33歳・千葉県】

私は3.11の時、双葉郡内で被災しました。震度6強の強い揺れ、津波、そして原発事故。今でもあの日関連の報道を見ると震えが止まらなくなり、気持ちが追い付かず、何も手につかなくなってしまいます。
当時は看護師として病院で働いていました。しかし当時の経験から子どもが生まれた今、万が一の時すぐに家族優先に動けるよう、病院等で働くことを辞め、今は看護師の資格を生かした在宅仕事をしながら、子供たちを育てています。
先日の番組で、箭内さんが作られた映像作品を見て、涙が止まらなくなりました。自分の未来のような気がしました。私も震災後に今の夫と出会い、子どもたちが生まれました。あの主人公のおばあさんが将来の私になれるよう、毎日毎日をただ大切に生きていきたいと思うことができ、勇気をもらいました。
今まで、福島関連の報道を見ると、「私のふるさとについて詳しく知らないくせに」「何もわかってない」といった、悔しい、怒りなど、負の感情が強く自分を支配してしまっていました。
でも今回の作品を見て、自分の気持ちをわかってくれる人がいるんだと思うことができました。
福島関連の報道を見て、初めて「嬉しい」って思えたんです。
今日から、一日一日を大切にしたいと思います。福島をずっと見ていてくださって、本当にありがとうございます。


※みなさんからのおたよりは1年間掲載しております。

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