私の思い出レシピ

2017年12月15日放送

■人生の思い出レシピ: みかん寒天

福岡県の大塚智子さん(57)の思い出のレシピは、「みかんの寒天」です。

「私の母は看護師で、1か月に2回ほど、夜勤の日がありました。夜勤の日は母がいなくてちょっとさびしいのですが、夜勤明けで母が午前中に帰ってくる日は、母が家にいると思うとうれしくて、学校が終わると走って帰ったものです。
家に帰ると、母はいつも手作りのおやつを用意してくれました。みかんの缶詰を寒天に入れた簡単なものです。冷蔵庫で冷やして四角く切って、ガラスのお皿に載せて出してくれました。
忙しい母の手作りのおやつ、そのおいしかったこと・・今でも忘れられません」


2017年12月8日放送

■人生の思い出レシピ: 父のごぼう煮

岐阜市の児島満里子さん(56)の思い出のレシピは、「ごぼう煮」です。

「私の父は退職後、自営業で忙しかった母に代わって、自慢の料理で家族をもてなしてくれたものでした。その一つが「ごぼう煮」です。おいしいものには目が無く、お酒が大好きだった父も病に侵され、年々食が細くなり、車椅子の生活となりました。
私は、父に一口でも食べてほしいと、父のベッドの傍らで「ごぼう煮」のレシピをメモしました。
味付けは醤油のみ。炒めて七味唐辛子をふりかけます。レシピを教わりながら、手間暇かけて作っていた父の姿がよみがえり、泣きそうになりました。
今年の春、父は81歳で他界。あれから、父直伝の味を幾度となく再現しています。父の「ごぼう煮」は、大切な形見となりました」


2017年12月1日放送

■人生の思い出レシピ: とんこつ

長崎市の宮下繁さん(52)の思い出レシピは、とんこつです。
「鹿児島市の実家は、商店街で果物商をしていました。
店は1日も休まず365日あけていて、食事も家族バラバラでした。私は学校から帰っても、祖父母や両親と一緒にいるために、いつも店にいました。そんな家族がそろってご飯を食べられたのが、寒い冬の時期。店先のストーブの上に鍋を置き、とんこつを作るのです。祖母お手製のみそと黒砂糖で煮込み、3日ほどたてば、豚肉がとろとろに。そのおいしさと、一家団欒のあたたかさ。今も実家に帰ると母が作ってくれるのですが、寒い中で食べたあのとんこつの味が忘れられません」


2017年11月24日放送

■人生の思い出レシピ: うどん茶碗蒸し

三重県の稲垣みね子さん(75)の思い出レシピは、母の茶碗蒸しです。
「家は建材店を営んでおり、母は忙しく働いていました。
料理が得意ではなかった母が、6人の子どもたちのためによく作ってくれたのが、茶碗蒸しでした。茶碗蒸しとは名ばかりで、茶碗の底に鶏肉がコロコロと2~3個入り、それにうどんがたっぷり入っただけもの。私たちは、大人になって本当の茶碗蒸しを知って驚いたものです。
今も、皆が揃うと「あれはうどん蒸しやった」「なんであんなにおいしかったんやろ~」と笑いあっています。
母は90歳で亡くなりましたが、子だくさんの母の作った「茶碗蒸し」を思い出すと、今も心があたたかくなります」


2017年11月17日放送

■人生の思い出レシピ: 土鍋グラタン

横浜市の玉井純子さん(67)の思い出レシピは「土鍋グラタン」。
「今から50年以上前の話です。私の伯母は、女の子がいなかったせいか、私をとても可愛がってくれました。私が伯母の家に泊まりに行くたびに「何が食べたい?」と、心を込めて料理を作ってくれました。
忘れられないのはグラタンです。オーブンがなかったため、土鍋で作ってくれました。
丁寧にえびのワタを取り、たまねぎもキレイなみじん切り。
土鍋にバターを塗る手つき、伯母の丁寧な所作から美味しいものが生まれてくるのをじっと見ていました。
私はキッチンに立つのが幸せだと感じるのですが、それはおばの影響だと今でも思って感謝しています」


2017年11月10日放送

■人生の思い出レシピ: いわしのソテー・ケチャップあえ

熊本県の中道節子さん(82)の思い出のレシピは、「いわしのソテー・ケチャップあえ」。
「終戦直後、私が10歳のときのこと。食べる物が何もありませんでした。ある日、食料を調達するために、母と2人でリヤカーを引いて、25キロほど離れた知り合いの農家へ、米やさつまいもを買いに行きました。その晩は、7キロ先の伯母の家に泊まることに。
そこで出された夕食が、いわしを開いて油で焼き、ケチャップをかけたおかずだったのです。30キロも歩いてきた私たちへの伯母の精一杯のおもてなしでした。うれしいというより、びっくりしたのを覚えています。それ以来、いわしのソテー・ケチャップあえは、私の大好物になりました」


母のキーマカレー

2017年11月3日放送

■人生の思い出レシピ: 母のキーマカレー

東京都の高田浩深さん(56)の思い出のレシピは、母のキーマカレーです。
「小、中学生の時に母がよく作ってくれた甘めのキーマカレー。
挽き肉、にんじんやたまねぎ、じゃがいもが細かく刻まれていて、初めて食べたとき、こんなおいしいものがあるのか!と思いました。
サッカーの部活からお腹をすかせ帰ってくると、カレーだと嬉しくて、軽く2杯はたいらげていました。
私は5年前、転倒して後頭部を強く打ち、脳挫傷と頸椎損傷のため、両手、両足に麻痺が残りました。
79歳になる母は 腱鞘炎でキーマカレーを作ることが出来ません。
でも今は、母に食事の介助をしてもらいながら食べる食事に幸せを感じています」


スモークサーモンのばらの花

2017年10月27日放送

■人生の思い出レシピ: スモークサーモンのばらの花

岡山市の永禮嘉代子さん(71)の思い出レシピは、夫のお手製のスモークサーモンのばらの花です。
「私の夫はホテルのシェフ。600人のスタッフを束ねる総料理長でした。朝早くから深夜まで頑張って働いていました。そんな多忙な夫が毎年、年末に一度だけ、我が家のキッチンで、プロの顔を見せてくれることがありました。
子供2人と私を食卓に座らせ、ステーキなどのとびきり豪華な食卓。
子どもたちは「お父さん、おいしい、最高!」と喜びを爆発させました。
夫が私にだけ必ず作ってくれたのが、スモークサーモンの花束でした。
愛らしくて、食べるのがもったいなくて、ずっと眺めていたくて・・・
普段は寡黙だった夫が、少し照れながら「お母さん、いつもありがとう」と、感謝の言葉を添えてくれました。
10年前、夫は肺がんで他界してしまいましたが、誰からも愛された温厚な夫は、今も、あの料理とともに、ずっと私の心にいます」


福神漬け

2017年10月20日放送

■人生の思い出レシピ: 福神漬け

東京都の小幡秀子さん(68)の思い出レシピは、福島県須賀川の郷土料理「福神漬け」。
「今から35年前、夫の転勤で見ず知らずの須賀川市へ行くことになりました。初めはよそ者扱いされることもありましたが、娘の保育園で少しずつ知り合いが増え、そこで福神漬けを初めておすそわけしてもらいました。この地域では、自家製の福神漬けを近所に配る風習があったのです。
実は、福神漬けは、きゅうりの塩漬けと塩出しを数ヶ月かけて行い、大根は一度干すなど、半年がかりの作業。「都会ものには作れないわよ!」と言われたのですが、地域の仲間に加わりたい一心で挑戦しました。出来上がったものを持っていくと、「本当に作るとは思わなかった、その努力に感心した」と褒めてくれたことは忘れられません。東京で今も作り、味わっています」


父のとろろ昆布汁

2017年10月13日放送

■人生の思い出レシピ: 父のとろろ昆布汁

茨城県つくば市の小林幸子さん(53)の思い出のレシピは、父の「とろろ昆布汁」。
「私の父は、水道工事の会社を経営し、仕事一筋。昭和ひとけた生まれで、イクメンなんてありえない、男子厨房に入らずの時代でした。
ところが、私が小学生の頃、母が病気で入院した時、父はなんの迷いもなく台所で手馴れた様子で米をとぎ、ほうれん草を茹で、ご飯を作ってくれました。
そんな父の姿に、子どもながらにビックリしました。
とろろ昆布を大きな手でお椀に入れ、お湯を注ぐと、おいしい汁ものが出来上がり、お腹も心も満たされました。
12年前に他界した父はもういません。
父の料理はあの時が最初で最後でしたが、今でも無性に「とろろ昆布汁」が食べたくなり作ります。
その度に、父の大きな手と愛情を思い出し、温かい気持ちになります」


祖母の蒸しパン

2017年10月6日放送

■人生の思い出レシピ: 祖母の蒸しパン

兵庫県の大年欽子さん(51)の思い出レシピは、祖母の蒸しパンです。
「明治生まれの祖母は、メロンパンが大好きで、「買うより自分で作ったほうがたくさん食べられる」と、好奇心もあって自分でも作ることにしたようです。
当時はドライイーストがなかったので、炭酸を入れたりと工夫したんだと思います。
一ほんのり黄色くて、ほんのり甘くて、すごく大きくて、少し固めの蒸しパンです。
レシピはわからないまま、祖母は90歳で亡くなりました。
今でも、 「いっぱい作ったよ~!早よ食べ!」と言っていた祖母のことを 思い出し、無性に食べたくなります」


たにしの佃煮

2017年9月22日放送

■人生の思い出レシピ: たにしの佃煮

京都府京丹後市の谷口桂子さん(43)の思い出レシピは、子どもの頃に食べた、たにしの佃煮です。
「私の祖父母は農家で、秋には家族親戚そろって田んぼで稲刈りを手伝うのが恒例行事でした。
そのとき子供たちが夢中になったのが・・「たにし拾い」。
泥の中にいる小さな貝を集めるのです。
中から身を取り出し、母が佃煮にしてくれるのですが、見た目は気持ち悪いものの、独特の風味があってご飯にぴったりのおかずになりました。
昔はたにしがたくさんいたのですが、今はずいぶん減り、佃煮にすることもなくなりました。
今はもう食べなくなったたにし、懐かしい子ども時代を思い起こさせる、思い出の味です」



※過去3か月分を掲載しています。
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