私の思い出レシピ

2018年2月9日放送

■人生の思い出レシピ: 鶏がらの甘辛煮

山口県にお住まいの河本美喜子さん(59)の思い出のレシピは、「鶏がらの甘辛煮」です。

「母は、大家族に嫁ぎ、子どもも4人授かり、家計が苦しい中で、なんとか工夫しておかずやお菓子を作って食べさせてくれました。
私たちが大好物だったのは甘辛く煮てくれた鶏がら。お肉屋さんに「スープを作るための鶏がらをください」と嘘までついて買って帰って、コトコトと砂糖と醤油で煮詰めて。少し焦げるくらいが香ばしく、手づかみで鶏がらにしゃぶりつきました。手と口の周りをベトベトにして。
今は母も父も他界し、思い出話しかできませんが、この鶏がらの煮物は、母の苦心と努力と辛抱からの極上の一品です」


2018年2月2日放送

■人生の思い出レシピ: アップルパイ

静岡市の森田佳与里さん(53)の思い出レシピは、「アップルパイ」です。

「私は両親と4日との兄弟の人家族で育ちました。子どもたちが大好きだったのが母お手製のお菓子。中でもアップルパイは格別でした。
パイ生地から手作りで、香りづけには、父が大事にしまっていたブランデーを惜しみなく使いました。リンゴの甘さとバター・シナモンの香りが口いっぱいに広がり、とても幸せな気持ちになりました。母は現在、77歳。今でもアップルパイを作って友人たちに配っています。いつまでも元気で作り続けてほしいです」


2018年1月12日放送

■人生の思い出レシピ: 切り干し大根コーヒー

東京都の大村粛さん(68)の思い出レシピは、冬山で味わった何とも不思議な飲み物、「切り干し大根コーヒー」です。

「大学1年生のとき、山岳部の冬山合宿に参加。北アルプスの剱岳の山頂を目指しました。
好天が続くと予想して、食料と燃料を一気に一番上のキャンプ地に上げたのですが、その夜から天候が急変、猛吹雪に見舞われ、飲まず食わずの状態で5日間過ごしました。
やっと晴れて、上のキャンプ地にたどり着いた後、さっそく作ったのはインスタントコーヒー。空腹にたまりかね、歯ごたえのあるものがほしいと、中に入れたのが切り干し大根。それを食べて飲み干したときの「こんなうまいもの食べたことがない!」という感動は今も忘れられません」


2018年1月5日放送

■人生の思い出レシピ: 岩がき卵炒め

山口県の濃口佳代子さん(60)の思い出レシピは、「岩ガキの卵炒め」です。

「私は山口県の小さな島で生まれ育ちましたが、幼い頃魚が食べられませんでした。そんな偏食の私や妹のために、父が岩ガキをとってくれたのです。それを母が料理してくれました。
岩ガキと卵を炒めて、しょうゆとみそで味付けするだけ。岩ガキのうまみが口いっぱいに広がるあの味を、今も忘れることができません。
父も母も亡くなり、私も島を出てしまい、もう食べることができませんが、私の身長が170センチ近くになれたのも、父母のおかげだなと思っています」


2017年12月15日放送

■人生の思い出レシピ: みかん寒天

福岡県の大塚智子さん(57)の思い出のレシピは、「みかんの寒天」です。

「私の母は看護師で、1か月に2回ほど、夜勤の日がありました。夜勤の日は母がいなくてちょっとさびしいのですが、夜勤明けで母が午前中に帰ってくる日は、母が家にいると思うとうれしくて、学校が終わると走って帰ったものです。
家に帰ると、母はいつも手作りのおやつを用意してくれました。みかんの缶詰を寒天に入れた簡単なものです。冷蔵庫で冷やして四角く切って、ガラスのお皿に載せて出してくれました。
忙しい母の手作りのおやつ、そのおいしかったこと・・今でも忘れられません」


2017年12月8日放送

■人生の思い出レシピ: 父のごぼう煮

岐阜市の児島満里子さん(56)の思い出のレシピは、「ごぼう煮」です。

「私の父は退職後、自営業で忙しかった母に代わって、自慢の料理で家族をもてなしてくれたものでした。その一つが「ごぼう煮」です。おいしいものには目が無く、お酒が大好きだった父も病に侵され、年々食が細くなり、車椅子の生活となりました。
私は、父に一口でも食べてほしいと、父のベッドの傍らで「ごぼう煮」のレシピをメモしました。
味付けは醤油のみ。炒めて七味唐辛子をふりかけます。レシピを教わりながら、手間暇かけて作っていた父の姿がよみがえり、泣きそうになりました。
今年の春、父は81歳で他界。あれから、父直伝の味を幾度となく再現しています。父の「ごぼう煮」は、大切な形見となりました」


2017年12月1日放送

■人生の思い出レシピ: とんこつ

長崎市の宮下繁さん(52)の思い出レシピは、とんこつです。
「鹿児島市の実家は、商店街で果物商をしていました。
店は1日も休まず365日あけていて、食事も家族バラバラでした。私は学校から帰っても、祖父母や両親と一緒にいるために、いつも店にいました。そんな家族がそろってご飯を食べられたのが、寒い冬の時期。店先のストーブの上に鍋を置き、とんこつを作るのです。祖母お手製のみそと黒砂糖で煮込み、3日ほどたてば、豚肉がとろとろに。そのおいしさと、一家団欒のあたたかさ。今も実家に帰ると母が作ってくれるのですが、寒い中で食べたあのとんこつの味が忘れられません」


2017年11月24日放送

■人生の思い出レシピ: うどん茶碗蒸し

三重県の稲垣みね子さん(75)の思い出レシピは、母の茶碗蒸しです。
「家は建材店を営んでおり、母は忙しく働いていました。
料理が得意ではなかった母が、6人の子どもたちのためによく作ってくれたのが、茶碗蒸しでした。茶碗蒸しとは名ばかりで、茶碗の底に鶏肉がコロコロと2~3個入り、それにうどんがたっぷり入っただけもの。私たちは、大人になって本当の茶碗蒸しを知って驚いたものです。
今も、皆が揃うと「あれはうどん蒸しやった」「なんであんなにおいしかったんやろ~」と笑いあっています。
母は90歳で亡くなりましたが、子だくさんの母の作った「茶碗蒸し」を思い出すと、今も心があたたかくなります」


2017年11月17日放送

■人生の思い出レシピ: 土鍋グラタン

横浜市の玉井純子さん(67)の思い出レシピは「土鍋グラタン」。
「今から50年以上前の話です。私の伯母は、女の子がいなかったせいか、私をとても可愛がってくれました。私が伯母の家に泊まりに行くたびに「何が食べたい?」と、心を込めて料理を作ってくれました。
忘れられないのはグラタンです。オーブンがなかったため、土鍋で作ってくれました。
丁寧にえびのワタを取り、たまねぎもキレイなみじん切り。
土鍋にバターを塗る手つき、伯母の丁寧な所作から美味しいものが生まれてくるのをじっと見ていました。
私はキッチンに立つのが幸せだと感じるのですが、それはおばの影響だと今でも思って感謝しています」


2017年11月10日放送

■人生の思い出レシピ: いわしのソテー・ケチャップあえ

熊本県の中道節子さん(82)の思い出のレシピは、「いわしのソテー・ケチャップあえ」。
「終戦直後、私が10歳のときのこと。食べる物が何もありませんでした。ある日、食料を調達するために、母と2人でリヤカーを引いて、25キロほど離れた知り合いの農家へ、米やさつまいもを買いに行きました。その晩は、7キロ先の伯母の家に泊まることに。
そこで出された夕食が、いわしを開いて油で焼き、ケチャップをかけたおかずだったのです。30キロも歩いてきた私たちへの伯母の精一杯のおもてなしでした。うれしいというより、びっくりしたのを覚えています。それ以来、いわしのソテー・ケチャップあえは、私の大好物になりました」


母のキーマカレー

2017年11月3日放送

■人生の思い出レシピ: 母のキーマカレー

東京都の高田浩深さん(56)の思い出のレシピは、母のキーマカレーです。
「小、中学生の時に母がよく作ってくれた甘めのキーマカレー。
挽き肉、にんじんやたまねぎ、じゃがいもが細かく刻まれていて、初めて食べたとき、こんなおいしいものがあるのか!と思いました。
サッカーの部活からお腹をすかせ帰ってくると、カレーだと嬉しくて、軽く2杯はたいらげていました。
私は5年前、転倒して後頭部を強く打ち、脳挫傷と頸椎損傷のため、両手、両足に麻痺が残りました。
79歳になる母は 腱鞘炎でキーマカレーを作ることが出来ません。
でも今は、母に食事の介助をしてもらいながら食べる食事に幸せを感じています」


スモークサーモンのばらの花

2017年10月27日放送

■人生の思い出レシピ: スモークサーモンのばらの花

岡山市の永禮嘉代子さん(71)の思い出レシピは、夫のお手製のスモークサーモンのばらの花です。
「私の夫はホテルのシェフ。600人のスタッフを束ねる総料理長でした。朝早くから深夜まで頑張って働いていました。そんな多忙な夫が毎年、年末に一度だけ、我が家のキッチンで、プロの顔を見せてくれることがありました。
子供2人と私を食卓に座らせ、ステーキなどのとびきり豪華な食卓。
子どもたちは「お父さん、おいしい、最高!」と喜びを爆発させました。
夫が私にだけ必ず作ってくれたのが、スモークサーモンの花束でした。
愛らしくて、食べるのがもったいなくて、ずっと眺めていたくて・・・
普段は寡黙だった夫が、少し照れながら「お母さん、いつもありがとう」と、感謝の言葉を添えてくれました。
10年前、夫は肺がんで他界してしまいましたが、誰からも愛された温厚な夫は、今も、あの料理とともに、ずっと私の心にいます」



※過去3か月分を掲載しています。
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