私の思い出レシピ

福神漬け

2017年10月20日放送

■人生の思い出レシピ: 福神漬け

東京都の小幡秀子さん(68)の思い出レシピは、福島県須賀川の郷土料理「福神漬け」。
「今から35年前、夫の転勤で見ず知らずの須賀川市へ行くことになりました。初めはよそ者扱いされることもありましたが、娘の保育園で少しずつ知り合いが増え、そこで福神漬けを初めておすそわけしてもらいました。この地域では、自家製の福神漬けを近所に配る風習があったのです。
実は、福神漬けは、きゅうりの塩漬けと塩出しを数ヶ月かけて行い、大根は一度干すなど、半年がかりの作業。「都会ものには作れないわよ!」と言われたのですが、地域の仲間に加わりたい一心で挑戦しました。出来上がったものを持っていくと、「本当に作るとは思わなかった、その努力に感心した」と褒めてくれたことは忘れられません。東京で今も作り、味わっています」


父のとろろ昆布汁

2017年10月13日放送

■人生の思い出レシピ: 父のとろろ昆布汁

茨城県つくば市の小林幸子さん(53)の思い出のレシピは、父の「とろろ昆布汁」。
「私の父は、水道工事の会社を経営し、仕事一筋。昭和ひとけた生まれで、イクメンなんてありえない、男子厨房に入らずの時代でした。
ところが、私が小学生の頃、母が病気で入院した時、父はなんの迷いもなく台所で手馴れた様子で米をとぎ、ほうれん草を茹で、ご飯を作ってくれました。
そんな父の姿に、子どもながらにビックリしました。
とろろ昆布を大きな手でお椀に入れ、お湯を注ぐと、おいしい汁ものが出来上がり、お腹も心も満たされました。
12年前に他界した父はもういません。
父の料理はあの時が最初で最後でしたが、今でも無性に「とろろ昆布汁」が食べたくなり作ります。
その度に、父の大きな手と愛情を思い出し、温かい気持ちになります」


祖母の蒸しパン

2017年10月6日放送

■人生の思い出レシピ: 祖母の蒸しパン

兵庫県の大年欽子さん(51)の思い出レシピは、祖母の蒸しパンです。
「明治生まれの祖母は、メロンパンが大好きで、「買うより自分で作ったほうがたくさん食べられる」と、好奇心もあって自分でも作ることにしたようです。
当時はドライイーストがなかったので、炭酸を入れたりと工夫したんだと思います。
一ほんのり黄色くて、ほんのり甘くて、すごく大きくて、少し固めの蒸しパンです。
レシピはわからないまま、祖母は90歳で亡くなりました。
今でも、 「いっぱい作ったよ~!早よ食べ!」と言っていた祖母のことを 思い出し、無性に食べたくなります」


たにしの佃煮

2017年9月22日放送

■人生の思い出レシピ: たにしの佃煮

京都府京丹後市の谷口桂子さん(43)の思い出レシピは、子どもの頃に食べた、たにしの佃煮です。
「私の祖父母は農家で、秋には家族親戚そろって田んぼで稲刈りを手伝うのが恒例行事でした。
そのとき子供たちが夢中になったのが・・「たにし拾い」。
泥の中にいる小さな貝を集めるのです。
中から身を取り出し、母が佃煮にしてくれるのですが、見た目は気持ち悪いものの、独特の風味があってご飯にぴったりのおかずになりました。
昔はたにしがたくさんいたのですが、今はずいぶん減り、佃煮にすることもなくなりました。
今はもう食べなくなったたにし、懐かしい子ども時代を思い起こさせる、思い出の味です」


チーズフォンデュ

2017年9月15日放送

■人生の思い出レシピ: チーズフォンデュ

山梨県の久保田信代さん(46歳)。
「小学校低学年の頃、父が外国貿易の仕事をしていた関係で、スペインの方を1週間ほど家に泊めることになり、子ども心にワクワクしていました。
あるとき、その方が家で外国の料理をふるまってくれることに。それがチーズフォンデュ。デパートの食品売り場で3種類のチーズを買い、全部削って、ワインを入れてフランスパンに付けて食べました。
白ワインの香りもあいまって、衝撃的な味でした。
ご飯と味噌汁が定番だった我が家で初めて味わった本格的な西洋のチーズ料理。
子ども心に、「世界って広いんだ!」と思わせてくれた、忘れられない味です」。


母のとんかつ

2017年9月8日放送

■人生の思い出レシピ: 母のとんかつ

岡山市の江崎英子さん(55歳)。
「私の両親は、幼い頃からケンカがたえず、そのストレスからか、私は7歳で十二指腸潰瘍を患いました。
カレーやこしょうなどの刺激物、揚げ物などを禁じられていました。
3年後、ようやくお医者さんに「何を食べてもいいよ」と言われた日の夜、母が出してくれた料理、それがとんかつでした。衣のこうばしさがとてもおいしく、夢中で食べました。
その後、両親は離婚、母と二人暮らしに。生活は決して豊かではなかったのに、母はよくとんかつを作ってくれました。
自分も親となり、子どもたちにとんかつを作るとき、私を喜ばせようとしてくれていた母の気持ちが思われ、あたたかい気持ちになります」


ソース焼き

2017年9月1日放送

■人生の思い出レシピ: ソース焼き

カナダの亀谷ナヲミさん(70)の思い出レシピは「ソース焼き」。
「神奈川県の短大に通っていたころ、授業が終わると、友だちと、近くの商店街によく遊びに行きました。
そこで必ず食べていたのが「ソース焼きそば」。
といっても使われていたのはスパゲティの麺。だからソース焼きと呼んでいました。
当時の私には、スパゲティで作ったソース焼きがとてもおしゃれで、授業のことなど話しながら、飽きもせずよく食べていました。
カナダに移住してから、私の2人の子どもにも作り、その子供が孫にも作るように。短大卒業後は一度もいくことがなかったあのソース焼き屋さん。
今も健在だと嬉しいなと思い出す今日この頃です」


卵いっぱいのお弁当

2017年8月18日放送

■人生の思い出レシピ: 卵いっぱいのお弁当

仙台市の及川光子さん(55)の思い出レシピは、「母の卵焼き弁当」です。
「私が幼稚園の頃、母が毎日もたせてくれるお弁当がありました。それが毎日毎日同じ。ご飯の上にネギとかまぼこが入った薄焼きの卵焼きがのったもの。
周りの子の具だくさんのお弁当と比べて、みじめな思いをしていました。しかしそのことを母には言えませんでした。しかし、ある日、同級生の男の子が私のお弁当をのぞき込んで、「卵がいっぱい入ってる!全部卵だ。すごい!」と言ったのです。それからは、なんだか誇らしい気持ちになって、憂鬱だったお弁当の時間が楽しい時間に変わりました。外で働き、家のこと、農作業、さらに内職までしながら、でも、毎日欠かさずお弁当を作ってくれていた母親のことを思うと頭が上がりません。
このお弁当は、母親の愛情を思い出させてくれる、思い出のレシピです」


クラウンチキン

2017年8月11日放送

■人生の思い出レシピ: クラウンチキン

和歌山市の佐伯友佳子さん(54歳)。
「私の人生の思い出レシピは、クラウンチキンです。
9年前、イギリスのヨークシャー地方を旅し、民宿に泊まり、5日間、宿のお母さんの手料理をいただきました。
絶品だったのがクラウンチキン。鶏肉をセージで味付けし、観音開きした鶏肉に詰め、王冠のかたちに整形してベーコンで巻いてあるのです。味のハーモニーが絶妙で何度おいしい!!と叫んだかわからないほどです。
作り方を一時間ほどかけて教えてくれ、他のレシピも惜しみなく写させてくれました。
私はお礼をしたくてお金を渡そうとしましたが、ご主人は「お金が欲しくてしているんじゃないよ」と。見返りを期待せず、人に喜んでもらおうとする生き方に感動しました。
このことがきっかけとなり、4年前から、外国家庭料理教室を自宅で開いています。私にとってこのクラウンチキンは人生の道しるべです」


巨峰

2017年7月28日放送

■人生の思い出レシピ: 巨峰

長野県の成澤篤人さん(40歳)。
「私の思い出レシピは、巨峰です。地元では生産が盛んで、家の庭にも巨峰の木が植えられていました。
収穫シーズンには、親戚の農家からも出荷できない分の巨峰が届き、部屋中がぶどうだらけに。そのぶどうの部屋を通るたびに半強制的に食べさせられ、「もう一生分食べ切った!」と思うくらいでした。その反動から、大人になるともう食べなくなっていました。ところが12年前、妹がイタリアンのシェフと結婚。
実家の山積みになった巨峰を見て、「おつまみにする」というのです。
出てきたのは、皮をむいた巨峰に生ハムを巻いて、塩こしょう、オリーブオイルをかけたもの。ワインにピッタリで、久しぶりに「巨峰って美味しい!」と感激。忘れられない味となりました」


息子のつくね

2017年7月21日放送

■人生の思い出レシピ: 息子のつくね

福岡県の宮井富子さん(74)。
私自身、昔から料理が大好きなのですが、その影響からか、3人の子どもが自然と料理好きに。小さい頃は、おじいちゃんの誕生日に子供たち3人でケーキを焼いて喜ばせたこともありました。息子は、会社員として働いていましたが、10数年目で退職し、料理人の道へ。10年修行を積んだ後、自分の居酒屋をオープンさせました。初めてお店に招待してくれ、そわそわしながら料理が出てくるのを待っていると・・・一番最初に出てきた串が軟骨入りのつくねでした。
炭火で焼いた香ばしい香りが食欲をそそり、オリジナルのたれでいただきました。こんな美味しいものを作れるんだなぁ、と感動しました。そのときに味わったビールが、これまでで一番おいしかったのではないでしょうか。


父のすき焼き

2017年7月14日放送

■人生の思い出レシピ: 父のすき焼き

千葉県の岡部節子さん(72)
私の人生の思い出のレシピは、父が大好きだった「すき焼き」です。すき焼きといっても、我が家では、小皿の酢醤油につけていただくのが定番。父の実家は割烹料理店で、家でも時々すき焼きが出たそうなのですが、甘辛い味に飽きた父がこの食べ方を発案したんだそう。父は、とにかく笑わない人で、好物のすき焼きを目の前にしても、笑顔も見せず黙々と食べていたのが印象的でした。その父は59歳の若さで他界してしまいました。家族で遺品整理をしたとき、私が迷わず譲り受けたのが、鉄のすき焼き鍋でした。
先日、古いアルバムの中から、父が笑っている唯一の写真を見つけて「こんな顔で笑うんだね!」と、家族でおおいに盛り上がりました。



※過去3か月分を掲載しています。
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