私の思い出レシピ

卵いっぱいのお弁当

2017年8月18日放送

■人生の思い出レシピ: 卵いっぱいのお弁当

仙台市の及川光子さん(55)の思い出レシピは、「母の卵焼き弁当」です。
「私が幼稚園の頃、母が毎日もたせてくれるお弁当がありました。それが毎日毎日同じ。ご飯の上にネギとかまぼこが入った薄焼きの卵焼きがのったもの。
周りの子の具だくさんのお弁当と比べて、みじめな思いをしていました。しかしそのことを母には言えませんでした。しかし、ある日、同級生の男の子が私のお弁当をのぞき込んで、「卵がいっぱい入ってる!全部卵だ。すごい!」と言ったのです。それからは、なんだか誇らしい気持ちになって、憂鬱だったお弁当の時間が楽しい時間に変わりました。外で働き、家のこと、農作業、さらに内職までしながら、でも、毎日欠かさずお弁当を作ってくれていた母親のことを思うと頭が上がりません。
このお弁当は、母親の愛情を思い出させてくれる、思い出のレシピです」


クラウンチキン

2017年8月11日放送

■人生の思い出レシピ: クラウンチキン

和歌山市の佐伯友佳子さん(54歳)。
「私の人生の思い出レシピは、クラウンチキンです。
9年前、イギリスのヨークシャー地方を旅し、民宿に泊まり、5日間、宿のお母さんの手料理をいただきました。
絶品だったのがクラウンチキン。鶏肉をセージで味付けし、観音開きした鶏肉に詰め、王冠のかたちに整形してベーコンで巻いてあるのです。味のハーモニーが絶妙で何度おいしい!!と叫んだかわからないほどです。
作り方を一時間ほどかけて教えてくれ、他のレシピも惜しみなく写させてくれました。
私はお礼をしたくてお金を渡そうとしましたが、ご主人は「お金が欲しくてしているんじゃないよ」と。見返りを期待せず、人に喜んでもらおうとする生き方に感動しました。
このことがきっかけとなり、4年前から、外国家庭料理教室を自宅で開いています。私にとってこのクラウンチキンは人生の道しるべです」


巨峰

2017年7月28日放送

■人生の思い出レシピ: 巨峰

長野県の成澤篤人さん(40歳)。
「私の思い出レシピは、巨峰です。地元では生産が盛んで、家の庭にも巨峰の木が植えられていました。
収穫シーズンには、親戚の農家からも出荷できない分の巨峰が届き、部屋中がぶどうだらけに。そのぶどうの部屋を通るたびに半強制的に食べさせられ、「もう一生分食べ切った!」と思うくらいでした。その反動から、大人になるともう食べなくなっていました。ところが12年前、妹がイタリアンのシェフと結婚。
実家の山積みになった巨峰を見て、「おつまみにする」というのです。
出てきたのは、皮をむいた巨峰に生ハムを巻いて、塩こしょう、オリーブオイルをかけたもの。ワインにピッタリで、久しぶりに「巨峰って美味しい!」と感激。忘れられない味となりました」


息子のつくね

2017年7月21日放送

■人生の思い出レシピ: 息子のつくね

福岡県の宮井富子さん(74)。
私自身、昔から料理が大好きなのですが、その影響からか、3人の子どもが自然と料理好きに。小さい頃は、おじいちゃんの誕生日に子供たち3人でケーキを焼いて喜ばせたこともありました。息子は、会社員として働いていましたが、10数年目で退職し、料理人の道へ。10年修行を積んだ後、自分の居酒屋をオープンさせました。初めてお店に招待してくれ、そわそわしながら料理が出てくるのを待っていると・・・一番最初に出てきた串が軟骨入りのつくねでした。
炭火で焼いた香ばしい香りが食欲をそそり、オリジナルのたれでいただきました。こんな美味しいものを作れるんだなぁ、と感動しました。そのときに味わったビールが、これまでで一番おいしかったのではないでしょうか。


父のすき焼き

2017年7月14日放送

■人生の思い出レシピ: 父のすき焼き

千葉県の岡部節子さん(72)
私の人生の思い出のレシピは、父が大好きだった「すき焼き」です。すき焼きといっても、我が家では、小皿の酢醤油につけていただくのが定番。父の実家は割烹料理店で、家でも時々すき焼きが出たそうなのですが、甘辛い味に飽きた父がこの食べ方を発案したんだそう。父は、とにかく笑わない人で、好物のすき焼きを目の前にしても、笑顔も見せず黙々と食べていたのが印象的でした。その父は59歳の若さで他界してしまいました。家族で遺品整理をしたとき、私が迷わず譲り受けたのが、鉄のすき焼き鍋でした。
先日、古いアルバムの中から、父が笑っている唯一の写真を見つけて「こんな顔で笑うんだね!」と、家族でおおいに盛り上がりました。


けがした時の食事

2017年7月7日放送

■人生の思い出レシピ: けがした時の食事

鹿児島市の北村洋子さん(67)。
私の忘れられない思い出レシピは、のりの上に少しのごはんと梅干しと卵焼きをのせたものです。
小学2年生のとき、家の窓を大きく開けて昼寝をしていました。寝入ってしまった私は、床から1メートルほど下の地面に落ちてしまい、顔中血だらけに。
父が私をおぶって近所の病院に駆け込み、唇と顔の眉間を縫ってもらいました。頭には白い包帯。唇には大きなガーゼが絆創膏で貼られ顔中が腫れ上がっていました。夕食の時間、母は、小さなのりにごはんをほんの少しと、小さく切った卵焼きと梅干しをほぐしたものを包んで、わずかに開く口の中に入れてくれました。それはそれはおいしいものでした。あれから60年。どんなに食欲のない時でも、これならいつでもおいしいと思って食べられる、父と母が私に遺してくれた宝物です。


麦きり

2017年6月30日放送

■人生の思い出レシピ: 麦きり

山形県鶴岡市の中村恵二さん(63)。
私の思い出のレシピは、「麦きり」。
庄内地方で昔から食べられてきた細目の麺です。
我が家では、誰が名づけたのか「ゆでっぱなし」と呼んでいます。
その名の通り、乾麺を茹でただけ。花かつおと刻みネギを散らして、しょうゆをかけて食べます。
実は、これは、国鉄で働いていた父が、夜食でよく作って食べていた料理なんです。
それを父が自宅でも家族に作ってくれるようになり、我が家の定番となりました。
私が東京の大学に通っていた頃には、よく母がダンボールいっぱいの乾麺を送ってきて、お金がなかったので2週間、それを食べ続けた思い出も。今でも食卓には必ず「ゆでっぱなし」が登場します。


パウンドケーキ

2017年6月23日放送

■人生の思い出レシピ: パウンドケーキ

札幌市の山本千尋さんの思い出レシピは「祖母手づくりの梅のパウンドケーキ」です。
大正8年生まれの祖母は、その時代には珍しくピアノで東京の大学にまで進学した女性でした。
そんな祖母に、私は6歳からピアノを習い始めました。
レッスンの後の楽しみが、祖母お手製のパウンドケーキ。
梅酒につけた梅が入っていました。
子どもの私には少し大人っぽいお酒のと梅の香りが、バターの香りとあいまって極上のおやつでした。
今、息子がピアノを習い始め、祖母のことを思い出しています。
子ども時代の忘れられない思い出レシピです。


赤飯のおにぎり

2017年6月16日放送

■人生の思い出レシピ: 赤飯のおにぎり

愛知県名古屋市の近藤時子さんの思い出レシピは、「結婚式当日のおにぎり」です。
結婚式当日、母がお赤飯の小さなおにぎりを作ってくれました。
式場で、着付けの合間に、そのおにぎりを母が私の口元にはこんでくれました。
披露宴の間には、何も食べることはできないだろうという母の気遣い。
今年の4月、次男の結婚披露宴で、私は赤飯ではなかったけれど、サケと昆布で紅白を表した一口サイズのおにぎりを作りました。
このおにぎりが、二人の思い出になってくれればと思います。


 せりのごまあえ

2017年6月2日放送

■人生の思い出レシピ: せりのごまあえ

さいたま市の市川昭男さんの思い出レシピは、せりのごまあえ。
夫婦とも体に重度の障害を抱え、松葉杖と車椅子で生活をしていますが、毎年春、田んぼのあぜで野生のせりを摘みにいくのが何よりの楽しみです。
調味料は基本使わず、ごまだけの味つけで、ほろ苦い野生のせりを味わいます。
調理してくれる妻と、自然の恵みに感謝しています。


トースト

2017年5月26日放送

■人生の思い出レシピ: トースト

徳島県小松島市の福田やよいさん(63歳)の人生の思い出レシピは、直火であぶった「トースト」。
「新しいもの好きだった私は、洋食であるパンに憧れをもっていました。
町にパン屋ができ、初めてトーストを買いました。しかし家にはトースターがありません。
こんがり焼きたいと駄々をこねると、見かねた母が、なんと食パンに菜箸を二本突き刺し、七輪であぶり始めたのです。焼き目のついたトーストに、マーガリンと塩をかけて食べました。そのときの感動は忘れられません」


うな重

2017年5月19日放送

■人生の思い出レシピ: うな重

東京都在住の坂入恵子さん(76歳)の思い出レシピは、夫との初めてのデートで食べた「うな重」です。
20才のころ、友達と行った海で知り合ったのが、今の夫。
初めての2人きりの食事で、連れていってくれたのはウナギ屋でした。
しかし夫は口べたで、会話はまったく盛り上がりません。
そんな時に運ばれてきた「うな重」、あまりのおいしさに、無言のまま夢中で口に入れました。
そんなことを懐かしく思い出します。
結婚して50年以上連れ添っていますが、青春時代のあまい思い出です。



※過去3か月分を掲載しています。
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