旅日記

「兵庫・朝来 過去から未来へ」

リポーター:オスカル・ブレケル

兵庫県の朝来(あさご)に来て、まず心奪われたのは、美しい自然です。
山肌が色づく紅葉が綺麗な時期とあって、どこを歩いても、その景色に癒されました。そして竹田城の雲海は、見る者を魅了し、一生忘れることができない光景でした。でも、朝来には、その美しい景色の裏に、日本にとって大切な歴史がありました。しかも、それらは日本の近代史に欠かせない場所。
銀鉱山跡や神子畑の選鉱場跡といった史跡は、日本が近代工業国に変わった時期の記憶を維持しています。いっぽうで、朝来は現在いくつもの問題にも直面しています。まず人口減少、そして高齢化。しかし、私はここで、いろんな人と出会い、そして勇気づけられました。街の将来にも希望を持ちました。
ここの人たちの努力により、多くの人が朝来の良さを発見できることを願います。


「山形・南陽 自由な空へ」

リポーター:中嶋涼子

私は、24年目の車椅子ユーザー。アメリカで映像を学んで現在はTVやインターネットで「心のバリアフリー」をすすめる活動をしています。
 
今回、私が訪れたのは、山形県南陽市。相棒のミシェルと一緒に、果物狩りをして、温泉にも入って、伝統文化を巡って、歴史的な建造物にも訪れ、最後にはパラグライダーにまで挑戦しました!
 
それを可能にしてくれたのは南陽市全体がとてもバリアフリーだったから。なにより人の心にバリアがない。様々な路面店に段差がなかったり、車椅子のまま入れるトイレがあったり、とても感動しました。世界中の障害者の方に、そのことを知ってほしいです。もちろん、健常者にも優しい街です!笑
 
山頂から見る景色は広大で、そこから飛んだ空の上から見た景色は、もっともっと広大で。バリアが一切ない、本当に自由な世界を最大限に楽しみました。かつて車椅子生活を余儀なくされて引きこもっていた自分が、こんなに広い世界を見てる。そこに来るまでには様々なことがあったけれど、皆の支えがあって乗り越えてきた。頑張って生きてきてよかった。心の底からそう思いました。色々な過去が走馬灯のように巡ってきて、涙が出ました。
 
実は旅行にあまり興味を持ったことがありませんでした。実際、ほとんど行ったことがなかった。当然、山形にも興味を持っていませんでした。だって、車椅子で温泉になんて入れないと思っていたし、見知らぬ土地に行くのは車椅子では不安だらけでしたから。けれど、この旅を通して、南陽市に住む方々と直接ふれあうことで、ふだん感じられない人々の温かさや、人を受け入れてくれる優しさを肌で感じました。今では山形が大好きになりました。
 
相棒役のミシェルが、日に日に車椅子押しのプロになっていき、姉妹のような絆ができたこともとても嬉しかったです。映像には映ってないけれど、旅の後半には、旅を支えてくれた撮影スタッフとキャストチームがまるで家族のようになっていて、気づいたら私の車椅子を持ち上げてくれたり、自然と手伝ってくれるようになっていたこともとても嬉しかったです。街の雰囲気がそうさせてくれたのでしょう。
 
是非また訪れたい。空をもう一度飛びたい。もっと日本の色々な場所へ旅したい。そう思わせてくれた山形県南陽市、バリアフリーの旅でした。
 


「伊勢 神宮とともに」

リポーター:ジェニファー・ジュリアン

今回の伊勢への旅は素晴らしいものでした。伊勢神宮は、私が日本に来る前いちばん訪れたかった場所です。本当にとてもスピリチュアルで神秘的で、ついに実現できてとても嬉しく思っています。

お祭りはとても力強くて、最高でした!伊勢の人々と伊勢神宮の深いつながりがよく分かりました。

根付の職人さんたちと話をして、その歴史を伺うことができました。
名物のお餅とクラフトビールを味わったのも、素晴らしい体験でした!それは、私にとって最高においしい食体験のひとつとなりました。

伊勢は、日本を訪れる方にぜひお勧めしたい場所です。私も個人的にとても楽しかったので、来年また行きたいと考えています!


「群馬・中之条 アートがひらく未来」

リポーター:サスキア・トゥーレン

今回は中之条の町を訪れました。山と自然に囲まれているこの町は二年に一回アート・ビエンナーレを開催し、その期間中はいつも静かな街並みが観光客にあふれるにぎやかな場所に変身します。

美術が大好きな私にとって、中之条ビエンナーレはとても素敵な催しです。以前、瀬戸内海の直島や犬島の常設展を訪れ、ある地域における美術の「溶け込み」と「馴染み」を経験しましたが、中之条ビエンナーレの場合ではさらに「美術・アーティスト」と「地域」の助け合いを通した関わりをみることができました。

中之条に短い間住み込むアーティストさんや移住してきたアーティストさんの話から、本当に中之条のあたたかい歓迎の心を感じました。そしてアーティストさんが作った作品を見ると、地元の人々・展示のスペースや中之条の地域とのつながりから生まれてきたことがとても実感できました。

この旅を記録する写真をたくさん撮らせていただいて、経験したものを写真なり絵なりを通して表現できてとても楽しかったです。

もちろん中之条ダムや、それぞれの町内の特徴的な建築、古い時代から残っている様々なお寺や神社、そして武山など、たくさんの素敵な景色に溢れている地域ですので、ビエンナーレの期間外に訪れたとしても、とても自然豊かな素晴らしいところだと思います。しかも、四万(しま)温泉をはじめ様々な温泉に恵まれている地域ですので、息抜きにもぴったり!

私が中之条で過ごした時間は、刺激と感動いっぱいのあっと言う間に終わった短い間でした。しかしこの期間中に会った素敵な人々、見た作品、探検できた中之条の地域とその景色は絶対に忘れることはありません!また中之条に行きます!


「岩手 その道の先へ」

リポーター:カイル・カード

今回の旅では、岩手県で「みちのく潮風トレイル」を歩きました。このトレイルは、三陸海岸沿いから、岩手の山や村を通り、南は福島まで全長900キロ以上にわたります。そこでの体験は、まさに特別なものでした!

トレイルを歩きながら、今まで知らなかった日本の素晴らしい大自然を体験することができました。うっそうと茂った静かな森の道を抜けると、切り立った岸壁や巨岩に波が打ちつける、圧倒的な海辺の風景が広がります。このコントラストは本当に見事で、忘れられません。

しかし、この美しく静かな自然には、冷徹で破壊的な一面もあります。岩手県は、2011年の大震災で起きた津波で最も深刻な被害を受けた地域のひとつでした。いくつもの街や集落が完全に消滅し、今もなおその深い傷が残っています。それにも関わらず、岩手の人々は海辺のふるさとを愛し、ゆっくりと復興の道を歩んでいます。あのような災害に直面しながらも、彼らは外からの訪問者をあたたかく歓迎し、海のそばで海とともに生き続け、その恵みと美しさを、新しくやってきた移住者たちと共有しています。

そのような、わかちあいと癒しの心が、広範囲にわたる「みちのく潮風トレイル」を成り立たせている隠れた原動力でした。トレイルそのものが、癒しや絆の再生の象徴となって、寸断された地域を結びつけ、新たな命を吹き込んでいます。このトレイルによって、ここを新たに訪れる人も、古くから知る人も、この素晴らしい地域を知り、恋に落ちてくれることを私は願っています。


「室蘭 変貌の先に」

リポーター:アルフィー・グッドリッチ

北海道へはこれまで何度も旅をしましたが、室蘭は今回が初めてでした。1週間ほど滞在してみて、今回が最後の訪問にはならないと確実に言えます。

私は小さいころから歴史が好きでした。とりわけ、歴史が現代の生活にどのように影響を及ぼし、街の形成に関わっているのかに強い興味があります。しかし日本ではしばしば、街に歴史が見えづらいと感じます。建物がひんぱんに建て替えられ、自然災害で風景が幾度となく塗り替えられ、そして第2次世界大戦が、各地の主要都市の姿をすっかり変えてしまったせいです。
室蘭では、過去とのつながりが容易に感じられると思いました。街の名はアイヌの言葉が語源ですし、1790年代の英国船到来が記念碑などの形で記憶され、鉄のまちとしての歴史が風景に刻まれているからです。しかしこの街で時を過ごすにつれ、私は歴史の深さだけでなく、その重みも感じるようになりました。

1796年の英国軍艦プロビデンス号来航の記念碑、1900年代初頭に英国企業の援助と投資で造られた赤レンガの工場、街を囲む岩がちの海岸や崖。室蘭は、私の故郷である英国を常に思い出させる場所でした。日本に定住して12年(それ以前の8年間は日本と英国を行き来していた)の私の心の中には、常に祖国があります。しかし奇妙にも、(英国からこんなに遠い)室蘭が私に、祖国のものに囲まれる心地よさを再び実感させてくれました。レンガ、漆喰、鋼鉄、崖、海、船。室蘭での1週間は、私が12年前に後にした祖国の記憶に満ちた場所での、新しい思い出作りの日々となりました。

室蘭は歴史を誇りながら、同時に過去に翻弄されている街でもあります。世界中の重工業の街によく見られる、繁栄と衰退のサイクルです。鉄鋼業を基幹産業とする室蘭が、産業から生まれ、産業によって風景がかたちづくられた街であることは疑う余地もありません。しかし人口が最盛期の半分以下となった今、室蘭は厳しい未来に直面しています。

プライドだけではお金にならず、未来の保証にもなりません。しかし私は、老いも若きも地元の人たちの、革新性・熱意・エネルギー・絆・強い決意と心に出会い、この街には困難に立ち向かうのに十分な力があると感じました。

私を再び室蘭に引き寄せるのは、その絶景や豊かな歴史、おいしい食べ物や無限のシャッターチャンスだけではなく、何より地元の人々です。彼らの歴史、彼らの精神。過去の記憶と、未来への希望、夢、計画。彼らの温かさ、彼らの笑顔なのです。

街を去る時は悲しかったけれど、それは「さよなら」というより「au revoir」でした。
グッバイではなく、「また会いましょう」という意味です。


※過去6回放送分を掲載しています。
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