J.O.’s Topics

Vol.16 〜祝!Bill Withers 生誕80年を最新傑作カヴァー集2作品で~

今年7月4日に、めでたく80歳の誕生日を迎えられた70sニューソウル・レジェンド、Bill Withers。それから約3ケ月を経て、Billの生誕80年を祝うべく、現行シーン最前線を担うスター達が、ほぼ時を同じくしてBillの傑作カヴァー集をリリース。Jose Jamesの『Lean On Me』とAnthony Davidの『Hello Like Before the songs of bill withers』。いずれも素晴らしい大傑作で、秋の夜長に愉しむのにも、もってこいの名盤。勿論ドライヴのお供にも最高な名曲も有りーなので、今回は、この2作品を大フィーチャー。Topics以外のコーナーでも、この2作品からOA。それぞれ3曲づつをご紹介しました。
Bill Withersといえば、4年前の7月3日、ちょうどBillの誕生日の前日が放送日に当たり、リスナー投票企画Star Of the Month〜Julyで、見事“7月生れのSoul Star”人気No.1となったBillの特集をOAしています。番組ほぼ丸ごとをリクエスト頂いたBill Withersナンバーでお届けして、その時点でもつくづくと思ったことではありましたが、私的には、今の時代とBill Withersの70sの名曲群が、また改めて、とても、しっくり来るーという思いを強くしていたので、今年、こうして、ちょっと遅ればせながらのBill Withers生誕80年祝賀祭のような番組をOAできたことは、とても嬉しいことでした。
Bill Withersは、Curtis、Marvin、Donny等と共に’70s New Soulの一躍を担い、71年から85年までにライヴ盤を含め、名盤9作品を放ち、グラミー4冠、ソングライターの殿堂入りも果たした紛れもない偉人にして、85年の『Watching You Watching Me』以降は表舞台を退き、事実上の引退状態となって今に至ります。それ故に日本での知名度は、今や局所的なものとなりつつあるかとも思いますが、本国アメリカに於いては“孤高の存在”として語り継がれ続けて来ましたし、未来永劫、それは変わらないでしょう。ましてや、トランプ政権下で“分断の社会”が顕著化してしまっている今のアメリカでは、Bill Withersが、今こそ、また改めて存在感を持つことになっているというのは、推して知るべしの事象といえましょうが、実は、あからさまに“格差社会”となってしまった今の日本に生きる多くの庶民にとっても、Billの歌世界、音楽世界は必要とされていると思うのです。
Bill Withersの魅力を、私なりに簡潔に表するなら、これぞ真の魂(ソウル)。生き様や人となり、その人生そのものが、嘘偽りなくダイレクトに体現されている誠実な音楽―。2009年には、そのライフストーリーを描いたドキュメンタリー映画『Still Bill』がテキサスの映画祭で公開され、DVD化も成されましたが、その人生の軌跡を知ることは、その音楽の魅力の所以を再確認することに他なりません。
1938年、奇しくもアメリカの独立記念日に生を受けたBillは、ウェスト・ヴァージニアの小さな“炭鉱の町”に生まれ、3歳の時、両親の離婚を機に母方の家族と暮らすようになるも、喘息と吃音を患い、辛い幼少期だったといいます。更に13歳で父親が他界。17歳で海軍に入隊。9年の兵役中のグァム駐屯時代にはホテルのバーやナイト・クラブでJohnny Matisなどをレパートリーに歌っていたという彼でしたが、67年にLAに居を構えると、飛行機のトイレ設置や自動車の組み立てなど“額に汗する仕事”に従事。そんな当時に、Charles Wright & The Watts 103 Street Bandで活躍していたトロンボーン奏者、Ray Jacksonとの出会いがキッカケとなり、71年に、Booker T. Jonesプロデュースによる記念すべきデビュー作『Just As I Am』がSussex Recordsから放たれ、その後は前述の通り。引退後のBillは、久しく華やかな場に姿を現すことなく、ようやく2015年になって、ロックンロールの殿堂入りを果たしての授与式、そして、カーネギーで行われた彼を讃えるトリビュート・コンサートの両ステージに登場。ネットに報じられている、その折の映像動画の数々からは、人としての謙虚さ、富や名声にも決して巻かれたりブレたりすることのない、真に品位に溢れた余りにも硬派な生き様を、そのままに映した、その御姿に、その表情に、その一挙一動に、心が温もりで満たされ、勇気を貰い、感動を禁じ得ませんでした。
さて、そんな、まさしく孤高のアーティスト、Bill Withersが70年代に残した不朽の名曲たちを今に鮮やかに響かせてくれた現行Jazz最前線で活躍するJose Jamesと、現行Neo Soul/Organic Soulを牽引する人気アーティスト、Anthony David。いずれも、Billのカヴァー集を発表するということに、微塵の違和感もないアーティストであり、となれば、聴き比べたいーという欲求に駆られるのが人情というものですが、この2作に於いては、“聴き比べる”という表現は誤りかもーと、聴き始めて直ぐさま気づき…。敢えて言葉を探すとしたら、“聴き浸る”―でしょうか。

Vol.15 〜祝!Willie High Tower初来日!!!

御歳78歳のCandi Statonが、余りに鮮やかに、そのFunk魂を露わにした最新作『Unstoppable』に感嘆の声を挙げつつ、2012年の初来日、そして2014年の再来日に思いを巡らせる中、またもやサザン・ソウルファンには感涙モノなアーティストの来日公演が間近に迫ってきました。
こちらも御歳78歳のWillie High Tower。Candi初来日は74歳でしたが、こちらは78歳にして初来日! 言わば“不世出の”と称されることもしばしば。
Sam Cookeフォロワーという文脈でサザン・ソウル・ファン向けのメディアで露出することがあるくらいで、それこそ日本における一般的認知度は皆無というに等しかった存在です。ところが、彼のファンはといえば、極めて熱い思いを長年に及んで寄せ続け、その歌声をナマで体験することを切望し続けてきたーという、そういうスペシャルな存在なのです。思えば、彼と同様に“サザン・ソウルの秘宝”と称されるSpencer Wigginsが御歳75歳にして昨春に奇跡の初来日を果たし、今夏には、Carla ThomasがSpencerと同じく75歳で単独としては初来日を果たしており、近年の、サザン・ソウルのリヴィング・レジェンドの“まさか”の来日続きに、嬉しい驚きの連続です。
思えば、バブル真っ盛りの80年代には、名だたるソウル〜ジャズのアーティストがこぞって来日。さらにディスコ・ブームを背景にメジャーからマイナーまで、ありとあらゆるファンク・バンドが大変な勢いで来日を重ね、往年のファンク・アーティストでは来日経験のない人の方が少ないのでは?と思える程でした。ところが、ソウルの真髄たるサザン・ソウルのアーティストはといえば、今に至るまで、全く逆の状況のままだったんだなぁーと、今更ながら。バブルが弾けて待っていたのは格差社会。結婚相手に望む条件も3K(高身長・高学歴・高収入)から4T(低姿勢・低リスク・低依存・低燃費)と変化を遂げたと言われる今の日本に於いて、こうしたアーティストへの来日のニーズが高まるのは、或る意味、自然なことと言えるのかもしれません。
さて、そんな時代の熱いニーズを受けて遂に実現するWillieの来日公演は、果たして、まさに、この、まさかの公演を唯一無二のものにする奇跡の布陣。Memphis Meets Muscle Shoals feat. Willie Hightower, Steve Cropper& Hi Rhythm”と銘打たれ、これぞSouthern SoulのDream Bandです。Steve Cropperは言わずもがな。Spencer とCarlaの来日公演を支えたHi-Rhythmの核、CharlesとLeroyのHodges 兄弟は、この2年内に3度目の来日となり、彼らの近年の嬉しい限りの活躍ぶりは、今の日本におけるサザンソウル自体のニーズを雄弁に物語っていると思います。
ちなみに、今回の来日にWillieが提げてくる最新作『Out Of The Blue』ですが、どうしても、公演に赴くことがかなわないという方にも、いえ、そういう方にこそ、是非ともお勧めしておきたい大傑作。プロデュースは、実に御歳96歳のサザン・ソウルの生きる伝説、Winton Claunch。録音は、サザンソウルの聖地、マッスルショールズ。これぞサザン・ソウルの真髄、極意。サザン・ソウルって?という初心者には、迷いなくお勧めできる作品ですし、高齢のファンには、感涙を誘い、そして大いに元気とパワーを貰える1作に他なりません。なので、此処で重ねての太鼓判を押させて頂きマス。

Vol.14 〜癒しのVoice/Victory「Against The Wind」

年々、異常気象が当たり前のようになり、灼熱の夏と入れ代わりに訪れたのは相次ぐ台風に大雨の長雨、そして大地震。連日のようにTVやネットで報じられる水害や地震の爪痕−その有様には正直、心が沈みます。特に被災直後に必要とされるのは、衣食住や医療など生存に直結するリアルなヘルプに他ならないことを思い知らされるも、逆に被災にも屈することなく今を懸命に乗り切ろうとしている皆さんの姿や発言に生きる力をもらい、やはり今の自分に出来ること=良い音楽を届けることに粛々と取り組むばかりです。そうして、今や1〜2週間の間に山積みになってしまう程の膨大な量に及んでいるニューリリース作品を聴き進んでいると、どうしても今こそお届けしたい!と強く思う1作が。
デトロイト出身で、現在は2007年に一家で移住したニュージャージーを拠点とする新人女性アーティストで、Jay Z主宰のレーベル、Roc Nationから堂々のデビューを果たしたVictoryの『A Broken Instrument』。ちなみに、私の場合、自分が知らないアーティストの作品の初聴に於いては、こうしたアーティスト情報などの一切を敢えて探ることをしないで、まずは単にオトを聴き、心に響く作品、気になる作品などに出逢った時点から、おもむろに、そのアーティストについての情報を調べ始めるのですが、それは、音楽というものが、プロフィールやキャリア、人気や知名度で判断されるべきではなく、シンプルにオト世界、歌世界で判断されるべきーという強い信念に基づいてのことで、大抵は表裏のジャケを眺めながら聴き始めます。なので、特にアナログ時代には、いわゆる“ジャケ買い”も山ほどしていました。
さて、Victoryのデビュー作『A Broken Instrument』の場合、モノクロームで彼女の横顔を捉えたジャケ写から、なんとなくオーガニック・ソウルをイメージしつつ聴き始めたのですが、果たして、オープニング曲のイントロからしてフォーキー&ジャジーなオーガニック・ソウルといった佇まいの音世界。そして、彼女の歌声が歌詞を紡ぎ出した、その瞬間から一気に歌世界に惹き込まれ、目を閉じて1曲を聴き通す中、まさしく心が浄化され、どんな逆風にも顔を背けることなく、前に進むーという、この曲に息衝く“生きる為のしなやかな力強さ”を分けて貰えた気持ちになり、本当の意味での癒しを感じました。一般的にヒーリング・ミュージックに分類される音楽はと言えば、クラシックやアンビエント、それに電子的に作り出された音楽が目立ちますが、私はソウルにこそ、ディープに癒される曲を求め得ると信じて止みません。何故なら、ソウルは究極の逆境に生まれ育まれてきたリアルな音楽。その思いを改めて再認識させてくれた1曲ということで、迷わず今回のTopicsでご紹介しましたが、なにしろアルバムとしても傑作! Twilight Cruiseの方でも1曲、UKクラブ系ソウルにも通じる魅力に溢れた爽やかでみずみずしいナンバー「Open Your Eyes」をお送りしました。

Vol.13 〜堂本剛さんをお迎えしてスペシャル!

ソウル界に於ける絶対的な女王の崩御― その、とてつもない喪失感を思い知り、なかなかしめやかな思いから脱却できずに居たところに、とても嬉しかったスペシャル・ゲスト! 堂本剛さん。2016年の特番『今日は一日“J B & Funk”三昧』にご出演頂いた折に大反響で、以来、当番組にも本当に沢山のリクエスト&メッセージを頂き続け、その熱い想いに何とかお応えしたいという願いがかなって、ようやく番組にお迎えすることができました。堂本剛=Real Funker。これは、堂本さんファンは良くご存じのところでしょうし、一昨年の『三昧』をお聴き下さった方にも十分に周知されたことと思いますが、何と言っても今夏の音楽フェスでは、いよいよ広く、そして強烈なインパクトをもって、日本の音楽ファンに、そのことが知らしめられたーと言って良いでしょう。残念ながら、その場に赴くことは叶わなかった私でしたが、彼のパフォーマンスについてネット上に踊って居た感嘆やリスペクトを伝えるホットな声の数々は、ちょっとした現象のようでもあり、大変に喜ばしいもので、「Oh〜、ヤッてくれたわ〜!」。思わず、声を上げてしまいました。
なにしろ、この日本に於いては、余りにも長らくの間、Funkの一般的認知度が低く、言わば市民権を得て居ない状況が続いてきました。そもそもFunkがジャンルとして日本で認知され始めたのは70年代後半以降のことと言っていいかと思います。しかし、それは、あくまでダンスミュージックの現場から始まり、専門的な音楽メディアに於いてのみ紹介が成され、つまりは、マニアックなものとして、ごく一部のコアな音楽ファンの間でのみ深く愛されてきた感がありました。私の場合、DiscoとJazz Funkが入り口で、80年代以降のレア・グルーヴ・ブームで拍車が掛かり、どんどんと心酔。それが故に、今から30年前にFM DJ/音楽ライターとしてのキャリアをスタートしたようなものでしたが、当時の日本にはFunkの土壌は皆無に等しく、その普及活動には、かなりの苦労も。例えば、当時、出演して居た民放FM局の番組で、P-Funkの曲を掛けようとしたら、「もっとメジャーな曲じゃないと…」と諭されたり、あるいは、クルマの専門誌に連載していたコラムでNo.1 Funky ベーシスト=Bootsy Collinsの取材記事を書いた折には、まずはFunkとは?の説明から、となり、それ即ちGrooveとは?の説明も要されることでもあり、字数との格闘を余儀なくされたことを今でも覚えています。それ程に一般メディアに於けるFunkの露出が無かった、ということです。さすがに今の時代にGrooveとは?の説明を求められることは少なくなってきましたが、はてさて、では、FunkのGrooveをリアルに体現できる担い手が日本にどれだけ居るかといえば、残念ながら、これは、ことJ-popのメジャー・シーンには皆無と言わざるを得えなかったのが実情です。そんな中、堂々Funkの体現者としての姿を露わにしたアイドル・スターの存在、それが、どれ程の意味を持つことかー。少なくとも私には、日本の音楽シーンの今、そして、これからーに、大きな変革を齎すことになり得る存在だと、そう確信しています。そういえば、先日、朝ドラのヒロイン、永野芽郁さんが「あさイチ」にご出演の折、良く聴いて居る音楽は?の問いにGeorge Clintonとか―とお答えになった時にスタジオ中が???となっていましたが、そういう状況も、もう間も無く違ってくることでしょう。まぁ、永野さんの口からGeorge Clintonの名が出たこと自体、かなり嬉しい驚きでしたが。
さて、そんな堂本さんとのFunkについての語らいは本当に楽しく、果たして、アーティスト・アンケートのお答えでもありましたSly & The Family Stone、そして、P-Funkの総帥George Clintonについてなど、コアなファン同志ならでは話が弾みましたが、そんな中でも、特に盛り上がったのが、堂本さんが掲げる“奈良Funk”について。「かくなる上は、Naranianとでも称して是非とも世界に知らしめて欲しいです」と提案すると、「それ、いいですね!」と堂本さん。なんでも、誰かと何気ない話をして居る時にこそ、インスピレーションや閃きをキャッチすることが多いそうです。そんな経緯で生まれたという「funkyレジ袋」は本当に癖になるグルーヴで、私の頭の中でヘヴィー・リフレイン中です。

Vol.11&12 〜真夏のリクエスト特集

酷暑と台風の繰り返しで、余りにも過酷過ぎる夏ですが、それでも渋谷の街はといえば夏休みモード全開―というより、観光モード?全開というべきかも?ですが、とにもかくにも夏休み!ということで、8月は2週連続でオール・リクエストのスペシャルに。更に思えば民放でこの仕事を始めた30年前のラジオ番組ではオール・リクエストは当たり前で、電リク(電話リクエスト)スペシャルもいわば王道でしたが、その後、ことFM番組に於いては時代と共に減少傾向に。…が、私にしてみれば、オール・リクエストは、まさに原点回帰ともいうべき特集。
良い音楽は、独りで楽しんでも愉しいものだけれど、誰かとシェアできると、もっと楽しい!―と、これは私自身が身を以って実感しているところで、特に、こと日本に於けるソウルミュージックの普及度からして、“なかなか身近には同志が居ない、出会えない”というようなお声も長年にわたって時折寄せられてきました。が、“身近ではマイノリティーでも全国区だと、こんなにも沢山の同志が!”というところをお伝えできれば−と、そうしたお声のご紹介も重ねて来た次第とはいえ、そんな状況に大きな変化が。
この変化、その最大の所以は、流行の20年サイクル説の2巡目を迎えている80sレトロ・ブームに在り。日本ではDisco40周年も追い風となって、今、また、かの時代の名曲群が、往年のファンは勿論、若いファンをも巻き込んで熱い注目を集めていることを、つくづくと実感している次第です。結果、果たして80sブラコン(Black Contemporary)とDiscoのリクエスト曲が圧倒的に目立ちましたが、60sから現在に至るまでの多種多様なリクエストも頂いていて、これもまた大いに喜ばしく思えたところでした。
とはいえ、ご紹介が叶ったのは、まさしく氷山の一角に過ぎませんでした。リクエスト曲のみならず、4月からの番組アンケートで、継続的に募集しているオススメのドライヴ・コースなど、この機会に或る程度、纏めてご紹介できたらーなどと思い描いたのが、とんでもなく甘い算段だったと思い知る羽目でした(苦笑)そんな訳で、また是非、オール・リクエスト特集は随時定期的にお届けしていくことを強く心に刻みつつ、遂に!私もお盆休みに突入なう!の喜ばしいハズの状況ながら、実に、今年の夏は、私には休みーとは名ばかりで、今や膨大な枚数に及んで生活空間を侵食し放題となってしまっている音源の抜本的整理に明け暮れること必至で、正直、今の気持ちとしてはかなりheavy&gray。でも、7年前の引越し以来の懸案事項だけに、きっと案ずるよりなんとやら。Soul & Funk Powerで乗り切りたいと思っていマス。皆さんには、どうぞHappyな Summer Holidayをお過ごし頂き、是非、夏の想い出リクエストなどお寄せください。

Vol.10 〜祝・結成25周年! ザ・たこさん

連日のうだるような暑さで、流石にヤラれ気味なところで、今回は、ザ・たこさん! 彼らこそは、まさしく、“暑さをもって暑さを制す”を叶えてくれるこの夏の救世主かも?!
ザ・たこさん は、関西のソウルシーンではカリスマ的な知名度を誇って久しいBlues’n Soul Band。辣腕揃いのメンバーが繰り出すリアルで骨太なファンキー・グルーヴに乗って、シンガーの“悲しき怪人”安藤八主博が歌い紡ぐ独特なボキャブラ・センスが黒光りを放つ日本語の歌世界は、極めて濃厚かつ猥雑にして魅力的。更にライヴ・アクトに於いては、まるでメキシコのプロレスラーとも見紛うような出で立ちで、すさまじいばかりのエンターテイメントシップを発揮。まさにインパクト大賞モノのパフォーマンスで、一度でも体験しようものなら、平伏して感涙するか? 或いは、呆気にとられて引いてしまうか?の2者択一となること必至の、それ程に、良い意味で、アクの強いバンドです。言うまでもなく私は前者の方ですが、果たして、前者に軍配が挙げられていることは、Fuji Rockへの出演回数が5度にも及び、その度に伝説を重ねて来たことが雄弁に物語っていると思います。
私が彼らのライヴを初体験したのは、今から5年ほど前。今や日本が世界に誇るオオサカ=モノレールがオープニング・アクトを務め、なんと宮藤官九郎とグレート義太夫がゲスト参加した結成20周年記念ライヴ@渋谷。その時の衝撃?いや笑劇というべきかーは、もはや一生忘れることのできない、それは強烈な体験でした。アルバム『タコスペース』がリリースされた頃で、番組でもこの作品からのナンバーを数曲ご紹介しましたが、彼らの遺してきた、いずれも傑作な作品の中でも、個人的には一番のお気に入り盤です。今回OAした「Roll Your Neck」の他にも、「ナイスミドルのテーマ」「お豆ポンポンポン」、そして昨年、大手クルマメーカーのテレビCMに大抜擢され、彼らの名を一躍全国区に知らしめた「カッコイイから大丈夫」も勿論、大好きなナンバーですが、「突撃!となりの女風呂」、それに、大のお気に入り「チェーンスモーキンな爺さん」が、このアルバムの収録曲ということも有りつつ、やはり、生体験した時期とリンクして記憶の深い部分に刻まれた1作なのだなぁと、つくづく思い至ります。
「カッコいいから大丈夫」以降、今や大阪のーではなく日本の、そして、そう遠くない未来に日本が世界に誇るーという冠で語られる日も必ずや来ることでしょう。否、どちらかといえば、銀河系のーという、そんなジョークすらもがきっと彼らへの最大の賛辞になると妄想しつつ、最後にしつこくも賛辞をお送りします。
痛快!爆笑!圧巻!豪放! 猛烈に人間臭くて、とっぷりと温かいコテコテの人情味も濃厚な、最高にFunkyな音楽世界。大阪が生んだ日本最強の濃厚系バンド。どんな時にも大爆笑の中に、逞しく生きるパワーを貰えます。結成25周年!ほんとうにおめでとうございます!
来月末には、いよいよ初のライヴ盤と初のベスト盤をカップリングした堂々2枚組のリリースと、東京公演が控えています。

Vol.9 〜祝来日! Carla Thomas~映画『Baby Driver』

果たして、この夏は、ソウルファン必見のライヴが続々。今月末から来月頭にかけては、東京と大阪でメンフィス・ソウル・クイーン、Carla Thomasが初の来日公演! 
Fuji Rockへの出演決定に続いて、2月にこの単独公演の決定が発表されるや、コアなファンの間では大きな話題となっていましたが、これは本当にビッグ・イシュー!ということで、今回はCarla Thomasをピックアップ。
Carla Thomasといえば、何と言ってもSoul Legends中のLegend、Rufus Thomasの娘にして、1960年、17歳の時に父親と共演した「Cause I Love You」をStaxから放ち、その2ケ月後に「Gee Whiz」でソロ・デビュー。66年には2作のアルバムを発表して、翌67年にStaxの看板スター、Otis ReddingとのデュエットでBlues legend、Lowell FulsonによるBlues’n Funk Classic「Tramp」をカヴァー。これがR&Bチャート2位、Pop Chartでも26位をマークする大ヒットとなり、Otisとの共演盤『King & Queen』を発表。かくしてMemphis Soul Queenの称号を冠されることとなったCarlaですが、当時、ワシントンDCの名門ハワード大学の大学院に在籍していたCarlaは、同校でブレイク前のDonny Hathawayと交流を持ち、DCの名門クラブでDonnyと共演していたりと、南部のみならず、都会の洗練された空気感も纏いつつ、Al Bell主導による第2期Staxから69年に『Memphis Queen』、71年に『Love Means…』と、多様な音楽性を聴かせた2作品を発表。そのまま順調にキャリアを重ねていくかと思われていたところが、これ以降は、どうした訳か第一線からは退くこととなり、それ故に、往年のスター的なイメージで語られることも多くなって久しかった訳ですが、実はライヴ活動は、しっかりと続行して今に至っていて、昨年は、なんとイタリアのPorretta Soul Festivalへの出演がファンの間で話題になるなど、此処に来て、今再び華やかな活躍ぶりを見せてくれるように。この度のFuji Rockへの出演、そして東京、大阪での単独公演に至ったーという流れですが、実に、このCarlaの表舞台への返り咲きに於いて、強力な起爆剤となったのが、第90回アカデミー賞で3部門にノミネートされたイギリス生まれの奇才、エドガー・ライト監督による昨年の話題作『Baby Driver』でした。
この映画、日本での初公開は昨夏でしたが、私が観たのは今年の1月末にDVDレンタルが成された直後のこと。余りに強烈なインパクトを覚え、Soul On Filmでのご紹介を目論んでいたものの、機を逸してしまっていたものですが、流石は第90回アカデミー賞で3部門にノミネートされた話題作。日本でもジワジワと人気を博し、6月末からは2週間にわたって新宿のメジャーな映画館で“爆音映画祭”と銘打った独自企画のラインアップに選ばれ、文字通り爆音で上映されて、映画ファンのみならず音楽ファンの間でも極めてホットな話題となり、リピーターも多かったとか。というのも、迫力満点の過激なカーチェイスをフィーチャーした痛快クライム・アクション・ムーヴィーにして、監督のディープな音楽愛をストーリー&映像と見事にシンクロさせ得た極めて新鮮でエッジィな傑作なのです。脚本も手掛けたライト監督が、初めに曲有りきーでナント20年を掛けて構想したという作品で、つまりは、コレは曲に合わせて映像が作られた映画。のっけからのスリリングなカーチェイス・シーンで使われているのは、ロック・バンド、John Spencer Blues Explosionの「Bellbotoms」。95年にこの曲を初めて聴いた監督がカーチェイス・シーンを想起して、以来、ずっとプロットを練り上げて来たーといいますが、めまぐるしく展開する様々なシーンをリードしていくのは実に多様なジャンルからの拘りの楽曲群。The DamnedにQueen、T. RexにThe Beach Boys、BlurにSimon & Garfunkelなど本当に多岐にわたる選曲で、サントラには全30曲が収録されていますが、ソウルファンに特筆すべきは、Soul~Hiphopナンバーのセレクション。The Detroit Emeralds、Bob & Earl、The Commodores、Martha & The Vanderass、Sam& Dave、Barry White、Brenda Holloway、そして、Young MCにKid Koala、Danger Mouse feat. Run The Jewels and Big Roiなどなど、かなりの曲数がフィーチャーされています。そして、そんな中でも極めて重要なシーン=主人公と後に恋仲となる運命の女性との出会いのシーンを印象的に描き出しているのが、Carla Thomasの「B-A-B-Y」。この映画で初めてCarlaの歌声に出会う若い世代には特に鮮烈な印象を刻むこと必至で、監督の見事なまでのセンスと手腕が光っています。また、i-podを駆使する主人公の音楽ライフに、アナログ・レコードやMix Tapeといった前時代からの音楽ツールも当たり前に存在する辺りも、いかにも今の時代の音楽事情をリアルに映していて興味深いところ。という訳で、Carla Thomasの公演に赴こうという向きには、是非とも、まずは、この映画をご覧になってからーをオススメしたいと思います。

Vol.8 〜祝来日! Zapp、Tuxedo

大規模な野外フェスからクラブ・イヴェントまで、音楽シーンが最も活気付く季節=夏。その幕開けを、とびきりゴキゲンに彩ってくれること請け合いの来日公演が控えています。まずは、Funk Legend、ZAPPが東京、大阪で。そして、現行Modern Funkシーンを最前線で牽引するMayer HowthorneとJake OneによるBlue Eyed Funk Unit、Tuxedoが大阪、東京、そして沖縄のFesでもーと、まさに新旧Funkの人気処が連続来日!ファンク・ファンのみなさまに於ましては、さぞや、いよいよ気を逸らせていらっしゃる頃かと思います。もちろん、私もその一人。ということで、今回は、この2組の来日公演を祝しましてのセレクション。実に、この2組がコラボした注目の最新7inchシングル「Shy」と、そして、今、またトリビュート熱が高まっている、Zappを率いたトークボックス・マスター、故Roger Troutmanに改めてのリスペクトを捧げてZapp Classicsから1曲をお届けしています。
Tuxedoは、アーバンで華やかなサウンドで世界的ポピュラリティを得た時代のDisco Sound、即ち80sのモダン・ファンクを温故知新した2015年のデビュー作で一気に現行シーンを席巻。2015年から毎年来日を重ねて、日本でも破格の人気を誇っているFunkデュオ。一方のZappは、栄華を極めた80年代に毎年のように来日を重ねてくれていた日本の往年のFunkファンには極めてスペシャルなOhio Funk のlegendにして、Hiphopファンにも破格の影響力を誇っています。
そんな、この2組がガッツリとコラボというのは、至って自然な流れとも言えますが、その直接のキッカケは2015年、他でも無いここ日本の夏フェスでの共演とのこと。余りにもショッキングだった99年4月25日のRogerの非業の死を乗り越え、Lester、Terry、Gregoryの3兄弟が中心となって再始動したZappが、Bootsy Collinsを迎えて放った13年ぶりの新作にして大傑作の『Evolution』を携えての来日でしたが、まさに、この時の共演で意気投合して交流を持つに至り、昨年のTuxedoの新譜『Tuxedo II』にはLesterが参加。そして、今年2月には今回ご紹介が叶った、この7インチ・シングル「Shy」が放たれーという流れでしたが、コレは本当に喜ばしい出来事と、つくづくです。
思えば、Roger Troutman亡き後、いよいよ当たり前にRogerのトレードマークだったトークボックスがフィーチャーされるようになって久しいものの、果たしてRoger Troutmanの後任といえる存在は、その突出した華やかなカリスマ性故に、今だ、いえ、もはや永遠に生まれ得ないと正直、思っていますが、そんな中、現行Ohio Funkシーン活性化の大きな牽引力ともなっているのが、日本が世界に誇るべきTalk Box Queen、WODDYFUNK(ウッディファンク)。そもそもデビュー・シングル「Dance And Get Your Funky On」からして、ZappのGreg Jacksonのプロデュースで、2012年のミニ・アルバムでは、Zapp FamilyとP-Funkのお墨付きでFunkの現行シーンに華やかに登場した彼女は、2014年の秋にはGregg JacksonがZappのメンバーを束ねて組んだGregg Jackson Experienceに参加してオハイオ州はデイトンとシンシナティを廻るツアーを経ては、オハイオ州のExhibition Center主宰によるOhio Funkの殿堂のメンバーに日本人としては唯一にして初の認定を受ける―という栄誉まで授かり、2015年のアルバム『ハチミツかけてオ~イェ!~Honey And OH Yeah!』には、Zappのオリジナル・メンバー、Bad Bobby Gloverが参加。そのDannyからアルバムの帯コメントに“Talk Boxの女王”の称号を公式に授かっています。と、そんなことからも、日本とZappのスペシャルな縁、絆を思う次第で、それは間違いなく、今やLegendな人気Funk Bandが、こぞって来日公演を重ね捲っていた80年代が有ってこそのこと。言ってみれば、バブル景気の功罪の功の方と言えるかと思いますが、その恩恵に預かってZapp来日公演には、殆ど欠かさず赴き、Rogerとディープな親交を持つに至った私。今回、お届けした「A Touch Of Jazz(Playin’ Kinda Ruff)」が収録されている82年の『Zapp II』のCDジャケにRogerから賜った“Junko, My Number 1 Fan!”の称号に恥じないよう、彼の遺した偉大な音楽遺産とFunk Spiritを、しっかりと後世に伝えていかなければーと改めて肝に命じている次第です。
ちなみに、そんなRoger Troutmanのトリビュート作品としては、Roger他界の翌年2000年に放たれた『Tribute To Roger Troutman』が有りましたが、今年4月には、なんとスペインのModern Boogie系の新鋭レーベル、Neon Fingerから『We Love You Roger』が放たれ、Zapp & RogerサウンドがModern Boogie、G-Funkの一つの源流として今、また世界的に注目を集めていることを感じます。気になる方は是非、こちらもチェックしてみて下さい。

Vol.7 〜Tribute to Matt Murphy〜映画『The Blues Brothers』

6月23日の放送では、去る6月15日に逝ってしまいましたブルーズ・ギタリスト、Matt Murphyを偲んで2曲をお送りしています。ブルーズ・ファンには、その名を広く知られた人気者だったのはもちろんのこと、実に往年のソウル・ファンにも、スペシャルな存在感を放って来たギタリストです。
1929年、ミシシッピに生まれ、メンフィスに学んだ後、48年にシカゴに移り、当時、Little Junior ParkerをフィーチャーしていたHowlin’Wolfバンドに加入。そんなMattが、Little Juniorと共にIke Turner と共演した52年のレコーディング以降の共演歴は、Memphis SlimにBuddy Guy、Chuck BerryにKoko Taylorといったブルーズ・レジェンズに加えて、Etta James、Otis Rushなど、ブルーズン・ソウル・レジェンズの名も。更に、70年代、ハーピストのJames Cottonと活動を共にしたMattが、Cottonの公演に参加していたDan AykroydとJohn Belushiから勧誘を受けてThe Blues Brothersのツアーメンバーとなりましたが、このThe Blues Brothersにしても、ブルーズという枠を超え、より広い音楽ファンにアピールする“開かれたブルーズ”で大人気となったバンドです。全米規模で人気を博したTVコメディー番組『Saturday Night Live』の初代レギュラー・メンバーとして鳴らしたコメディアンのDanとJohnを主役に据え、バンドごと総出演した80年の映画『The Blues Brothers』(邦題『ブルース・ブラザーズ』)以降、一躍、世界的知名度を獲得するに至り、82年のBelushi急逝(実に享年33!)後には、しばらくの活動停止期間こそありましたが、残ったメンバーがゲスト・メンバーを迎える形でThe Original Blues Brothers Bandを結成。ライヴ活動をメインに活躍を続け、Mattも2000年代に入って以降も、このバンドでの活動を続けました。
さて、ソウル・ファンを自認する方であれば、まずご存じのハズのコメディー映画『The Blues Brothers』。資金調達からキャストに至るまで製作の全てがアフリカン・アメリカンのコミュニティーで賄われた、いわゆる70s Black Exploitation Movieとは違い、シカゴの名監督、John Landisがメガホンを取った堂々たるメジャー作品。脚本はDan AykroydとJohn Landis自身が手掛けています。内容としては、立ち退きの窮地にある孤児院を救うべく、そこで育った兄弟が“音楽で稼いで救済しよう”と奮闘。警官や州兵、荒くれカントリー・バンドやネオナチ団体、まるでテロリストのような謎の女などを相手に、破茶滅茶な行動を繰り広げていくーという、オーソドックスなコメディで、死傷者が出ても然りなシーンにおいても何故か全員が無事だったりするところも微笑ましく痛快至極。そういえば、公開30周年を迎えた2010年のちょうど今頃の6月には、なんとバチカン市国の公式紙が、この映画を“模範的カトリック映画”として評価、推奨する記事を掲載して話題を呼んだこともありましたが、そんな、この映画をソウル・ムーヴィーの金字塔足らしめた最大のポイントはといえば、ブルーズ〜ソウル界の超のつく豪華アーティスト、ミュージシャン達のカメオ出演。そして、彼等による演奏シーンの数々。Cab CallowayにRay Charles、James BrownにAretha Franklin、更に名の無い脇役にもJohn Lee HookerやChaka Khanが。そして、勿論、Steve CropperにDonald Duck Dunn、Lou MarliniなどThe Blues Brothers Bandの面々。そんな中、Matt Murphyは、Arethaの夫役を好演。Mattに詰め寄りながらArethaが圧巻のパフォーマンスで観せる「Think」は、何度、観ても平伏モノで、果たして映画のハイライトの一つですが、バンドによるステージをフィーチャーした全シーンに於るMattのギターを弾く姿と表情が、なんとも魅力的で、私も、まさにこの映画を通してMattのファンになった次第です。
ちなみに、この映画の豪華なゲストは音楽界からーのみならず、『スターウォーズ』のレイア姫役で知られるCarrie FisherやJohn Candy、モデルのTwiggy、それに今や巨匠のStephen Spielbergなど、まさに半端ない豪華さでしたが、もしも今、初めてこの映画を観る人で、納税課職員に扮した若き日の巨匠に気づける人は、チョット凄いかも(笑)
何はともあれ、ソウル・スピリットそのものをヴィヴィッドにホットに体現してくれている、この映画。既に5〜6回は観ていますが、その度に、大笑いして最高にゴキゲンな気分になれている大好きな映画です。今年は、この映画の続編の方=『Blues Brothers 2000』の公開から丁度20年。Mattは、こちらにも出演を果たしていますので、彼のTributeをーという向きには、2作品連続鑑賞をオススメします。

Vol.6 〜Joel Sarakula『Love Club』〜

今回6月16日の放送では、4月末にリリースされ、現行モダン・ソウル・ファンのみならず、ポップ・フィールドにも大いにアピールした注目のブルー・アイド・ソウル、Joel Sarakulaの最新作『Love Club』をピックアップしていますが、こちらでは、この作品から想いを巡らせたアレコレを徒然なるままにー。
ネット社会がもたらしたグローヴァリゼーションは、音楽シーンに於いては極めて顕著な形で現われ、ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、今や、いよいよリアルに、時代、国境、人種、そして、ジャンル、メジャーとマイナーといった、あらゆる垣根、区分が意味を持たなくなったと言ってもよい状況に至っています。個々のアーティストが、それぞれに内包している音楽性も実に多様。ことソウルーという一ジャンルに於いても、Rhythm & Blues、Blues’n Soul、Sweet Soul、Funk〜Disco、Deep Soul〜Deep Funk、Northern〜Southern、Jazz Funk〜Smooth Jazz、Hiphop〜Hiphop Soul、Neo Soul=Organic Soul、更に、リズムがジャンル化したNew Jack SwingやGround Beat、そしてご存じ、レーベル名がジャンル化したMotownやStax、 街の名が、そのままジャンル化したChicagoにPhilly(Philadelphia)、MiamiにMinneapolisにNew Orleans、ローカル・サウンドのGOGOやZadico、そして、時代を冠にした80’s Funkに90’s R&B、更に比較的新しいところでElectroやTriphop、Alternativeなどなど、どんどんと細分化されてきたジャンルを称する言葉は既に枚挙に暇がない程です。
時に、近年、私が大いに魅力を感じているいわゆるオルタナティヴと称されている類の音楽について思うことといえば、先に触れた、個人が内包する音楽的多様性という点からしても、今の時代の必然的産物とも言えると思いますが、一つのジャンル区分では説明しきれないー即ち、様々なジャンルの魅力が渾然一体となった音楽性という意味では、70年代〜80年代にかけてのクロスオーヴァーの潮流、その現代ヴァージョンのようにも思えます。 そして、70年代末から80年代にかけて、クロスオーヴァーの成熟期に、世界的Discoブームと、ほぼ並行してブラック・ミュージック・シーンから、しなやかに世界を席巻したのが、ブラコン即ちBlack ContemporaryとAOR、即ち、Adult Oriented Rockでしたが、果たして、今、空前のブーム再燃となっているDiscoと、ほぼ時を同じく、AORも、また再び熱い注目を集めています。まるで流行の20年サイクル説、その2巡目を体験しているかのような気分ですが、2巡目―だけあってか、往年のAORの担い手達のみならず、その後続世代のアーティスト達が、単なるレトロではなく、しっかりと温故知新された今様AORを聴かせてくれるようになったというのは、ちょっと嬉しい驚きです。往年のAORファンにもフレッシュな魅力でアピールする音世界にして、ホッと安堵できたり、遠い昔の胸キュン感を不意にリアルに想い出させてくれたり、それでいて、決して、ドロドロしたりベタベタしたりしない適度にクールな感触が、なんとも心地好くー。私には、Joel Sarakulaの通算3作目は、まさに、そんな上質な現代のAORナンバーを聴かせて貰えた1作として記憶に刻まれた作品です。
1982年6月28日、オーストラリアはシドニー生まれ。カリブでカージャックの被害に遭ったり、ノルウェーでは辺鄙な漁村でライヴをしたり、アメリカとイギリスでは各地の安酒場を転々とライヴして回ったりーと、そんな世界放浪の旅を経て行き着いたというUKはロンドンを拠点に活動中のJoel Sarakula。
今をときめく2大ブルーアイド・ソウル・スター、Mayer Hawthorne、Robin Thickeがお好きな向きには、もちろん、マスト・チェックな存在です。

Vol.5 〜映画『I Am The Blues』祝!日本公開〜

今回6月2日の放送では、5月26日から全国順次公開となりました音楽ドキュメンタリー映画『I Am The Blues』をピックアップ。
アメリカ、カナダでは2015年〜2016年に公開され、業界関係者のみならず観客からも高い評価を得て、昨年には第5回カナディアン・スクリーン・アワードで最優秀作品賞、撮影賞など数々の賞を総舐めにした話題作にして、日本のブルーズ〜ブルーズン・ソウル・ファンには待ちに待った公開です。
昨年のグラミーで最優秀トラディショナル・ブルーズ・アルバム賞を受賞したBobby Rushを筆頭に、Barbara Lynn、Henry Gray、Teenie Hodges、L.C.Ulmerなどなど、シーンのV.I.P.達の日常を追い、ブルーズの魅力の真髄を映し出したDaniel Cross監督、渾身の1作。完成までに3年以上が費やされたといいますが、作品の最大の見処であるChitlin’ Circuitでのステージを始め、地元のパーティや自宅の庭先など、日常生活の中の様々なシーンで繰り広げられていく即興演奏の数々の撮影を思えば、十分に頷ける歳月です。
ところで、Chitlin’ Circuit―日本では、“チタリン”という訳語表記が目立ちますが、より原語に近い表記をするなら“チトリン”の方が相応しく思いますので、本文では敢えてチトリンと表記します。この“チトリン・サーキット”とは、ブルーズ〜サザン・ソウルに於いてはシーンの中核を成している最たる現場。そもそもはアフリカン・アメリカンのコミュニティに根ざした各地のホールやクラブ網を称する呼称で、60年代末頃までは、そのネットワークはアメリカ東部、南部、中西部地域に及んでいましたが、現代に至っては専ら南部に限定的なものとなっていて、このライヴ会場のネットワークを廻るアーティストのツアー活動を称して使われていることも多々あります。ともあれ、その成り立ちが、飲食からトイレまで、あらゆる場に於いて人種差別政策が徹底されていた時代に、アフリカン・アメリカンのパフォーマー達が安全を確保しつつパフォーマンスを提供することを可能にしたライヴ会場網―だっただけに、特に南部に於いては、そのネットワークは極めて強固なものだった訳です。チトリンは、現行メインストリームには求め得なくなって久しいアフリカン・アメリカン色を色濃く映した貴重なカルチャーそのものと言っても過言ではないでしょう。古から今に至るまで、このスペシャルな地にヴィヴィッドに息衝くブルーズやブルーズン・ソウルを直に体感したいなら、チトリンのライヴに赴く他ないーと長年、心の底から思いながら今だ叶わずーの私にとっては、この映画は、拝みたいくらいに有難い1作にして、その思いを更にいよいよ強めることとなった作品です。

Vol.4 〜Tribute To The Legends〜不思議な縁

今回5月19日の放送では、4月末から相次いで逝ってしまったソウル界のLegends3人を偲んでの追悼スペシャルをお届けしましたが、奇しくも合同Tributeをすることとなった彼らには、少なからず不思議な縁を感じることに。
まず、The Neville BrothersのCharles Nevilleと、James Brown Soundの要だった名ドラマー、Jabo Starks。彼らの享年は共に79。これは一目瞭然の共通項ですが、この度の訃報を受けてアメリカのメディアに報じられた記事で初めて知った彼らの詳細な人生の足跡に、意外な接点、共通項を見出しました。
それは、Jabo Starksが、幼少期にドラムに魅了されたキッカケが、故郷アラバマで行われていたマルディグラ・パレードのマーチング・バンドを観てーだったということ。マルディグラといえば、New Orleans(以下、N.O.)という頭でいた私には、アラバマでパレードが行われているとは露知らず、ちょっとした驚きでした。
ちなみに、Mardi Grasとは、世界3大祭の一つに数えられているN.O.の一大祭典。そもそもはカトリック系のお祭りですが、そこにアフリカやカリブ海諸国の文化が混じり合いながら育まれてきたN.O.ならではの独特のお祭り。毎年2月から3月にかけて開催され、丸1週間にわたって繰り広げられ、全世界から観光客が集まり、昼夜を問わずにドンチャン騒ぎ。何十もの派手な山車が通りをパレードし、ご機嫌な音楽を振りまきながら、玩具のコインやビーズ・アクセサリーを投げて回るというもので、その主役の一つが、この街に於いては古より冠婚葬祭に欠かせないものとして根付いてきたN.O.が世界に誇る伝統のブラス・バンド。特に有名なのは、死者を送る葬送のパレードで、死者を墓地に送るまでの道程では厳かで物悲しい演奏を奏で、帰路には一転。死者が天国に召されたことを祝して、とことん陽気でノリのいい演奏で、遺族達の家路を彩ります。そして、この葬送パレードの周りを踊りながら付いて回る親族や地域の住民の列はセカンド・ラインと呼ばれ、それが、やがていつしか、N.O.各地で日曜毎に繰り広げられるブラス・バンドによるストリート・パレードの総称となり、この葬送パレードを通して生まれたN.O.ならではの特殊なリズムがセカンド・ライン・ビートと称されるものとなっている訳ですが、思えばオーディエンスを踊らさずにはおかないJaboのドラム・プレイのルーツが、此処に有ったーというのは、大いに納得できるところです。果たして、Jaboは、「俺がドラムを叩いて、人が踊り出さなけりゃ、俺がドラムを叩く意味はない」と、そんなコメントを遺しています。
そして、更に、Charles NevilleとJabo Starksには、共通する人物が。その歌のみでブルーズ界に君臨したスター、Bobby Blue Blandです。Charlesは、56年から58年まで兵役に就いた後にB.B.KingやBobby Blue Blandとのツアーに参加と報じられていまして、一方、Jabo は、59年から65年のThe J.B’s加入まで、Bobby Blue Blandのバンドで活躍とあり、つまりは、ニアミスか、はたまた同時期だったことも?ーというところで、その真相を知りたい思いに駆られましたが、今となっては、ご本人様たちに確認する術はなく。
さて、最後に、もう一つの不思議な縁。Jabo StarksとThe ControllersのReginald McArtherは、同じアラバマ出身のLegendでした。そんな訳で、幾つかの不思議な縁に導かれたかの今回の合同Tribute Specialでしたが、3Legendsには、こちらにても改めて心からのRest In Peaceを捧げます。

Vol.3 〜Disco on Demand〜

日本でも、この4月からBSの海外ドラマ・チャンネルで放映が始まったアメリカのダンス・コンペTV番組『World Of Dance』。NeyoにJeniffer Lopez、エミー賞受賞歴のある振付師Derek Houghの3人が審査員を務め、昨年のNBCでの放映開始以来ジワジワと全米を席巻。今や世界規模で舞踊界に大旋風を巻き起こしている大ヒット番組ですが、コレが凄い。ジャンルもプロ・アマも問わない異種ダンス頂上決戦。要は“舞踊”の頂点を極めた者が1億ドルの賞金と世界的名声を手にできるーというワイドレンジな勝ち抜き戦です。毎回、突出したパフォーマンスに息を呑み感嘆の声を上げ、ダンスのハイエンドを鑑賞できる喜びを存分に享受させて貰っています。
とはいえ、もちろん私自身を含めて多くの人にとって、コレはあくまで鑑賞の領域のダンス。到底、真似できるものではありません。その点、Discoは老若男女、誰もが“音楽を身体で楽しむことができる”踊り場”でした。今や店舗としてのDiscoは希少で、小規模なクラブへと姿を変えて久しいものの、ダンスに特化したソウルミュージック、即ち所謂Disco Musicは綿々と愛され続けて今に至っていて、此処に来て日本ではDiscoブームが絶賛再燃中。若い世代をも巻き込んで大変な盛り上がりぶりです。
日本でのDisco第一次ブームは、やはりジョン・トラボルタ主演の78年の世界的大ヒット映画『Saturday Night Fever』以降、80年代に入ってピークを迎えましたが、そもそもはアフリカン・アメリカンのコミュニティーに自然発生的に育まれて来た娯楽文化。ノリのいい音楽のグルーヴに身を任せて思い思いに身体を動かすー。現場はといえば教会やハウス・パーティ、ライヴ会場や小規模なクラブなどコミュニティの生活の中に当たり前に在った場所でした。それが、やがてミラーボールの有る煌びやかなダンス・フロアを有する大規模な遊び場=Discoへと発展を遂げて行った背景には、果たして伝説のTV番組『Soul Train』の強大なインフルエンスが。65年にシカゴのTV局で放映が開始された番組を前身に、そのホスト役を務めたDon Cornelius自らが司会、プロデュースを務めて71年にスタート。放映は2006年まで続き、アメリカTV史上最長寿番組となり、世界中で驚異的な人気を誇ったブラックミュージックのダンスミュージック専門TV番組で、日本では90年代に入ってNHK BSで放映されました。
番組の目玉は人気Funkバンド、Shalamarを輩出したSoul Train Dancersと称されたダンサー達が豪華ゲストによる生演奏に乗って粋でホットなダンスを披露するパート。積極的にDiscoへ繰り出す“踊り自慢”達は、彼らをお手本にステップを身につけ、フロアをステージとばかりにノリノリでダンスを楽しんでいた訳です。一方、ステップこそ踏めずとも、単にグルーヴに身を任せて腰を動かしているだけの人も居れば、ゆったりと腰を下ろしてお酒片手に手や足、或いは首で拍子を取っている人、ガールズトークに夢中な若い女性達などなど、本当に自由に楽しめる場でした。
なんといってもDiscoミュージックは、身も心もハッピーに解き放ってくれる音楽。エネルギッシュで肉感的なリズムが理屈抜きに身体を揺さぶり快感を刺激し、魂が解放されるーという、その歓び。今や、CDやアナログでのリイシュー、それにネットを通じて、第一次ブームの頃とは比較にならない手軽さで、より多くの人がより広範に情報や音源を享受できるようになっての昨今のブーム再燃。それこそ車中や家の居間やキッチンでもーと、場所も選ばず誰もがDisco気分を楽しめるようになっていることは大変に喜ばしいことです。
ちなみに60sから現在までDisco Musicも時代によってスタイルが変化、多様化してきましたが、目下、日本で広く人気再燃中のナンバーはと言えば、専ら黄金のDance Classicと称される70’s〜80’sのメジャーな名曲群。番組4月のアンケートのお題、「Saturday Nightといえば?」の最多アンサー&リクエストは何よりそれを雄弁に物語る結果でもあり、故に今日のHoliday Specialは一昔前なら所謂ベタな選曲と言われる処ですが、私としてはDisco黄金期を世界中の最前線で担った大ヒット曲群の波及力と普遍性を改めて、つくづく、という思いでした。

なお、次回、5月19日のTopicsでは、共に享年79で相次いで他界してしまいました二人のLegends、去る4月26日に他界したNew Orleans Legend、The Neville BrothersのChareles Neville、そして5月1日に他界したFunk Legend、J.B.’sの名ドラマー、Jabo Starks をTributeします。追悼リクエストやメッセージをお寄せ下さい。

Vol.2 〜Eric Benet〜

“音楽は時代を映す鏡”と言いますが、ソウルミュージックは“その人そのものを映す鏡”でもあるというのが私の持論。歌詞は勿論、リズムにしても、人となりや生き様から紡ぎ出されるライフ・ビートとも言うべきものを感じることもしばしばで、そういう音楽にこそ私は強く惹かれます。
今、来日中のEric Benetは、まさに、そんなアーティスト。2011年の彼への取材を経て、リスペクト度と共感度が一気にMaxに。以来、昨年放たれた最新作に至るまで、彼の作品に信頼を裏切られることはなく、一方、ライヴに赴けば、決してブレない音楽に対する真摯さに触れて胸を打たれてきました。
99年にFaith EvansとのデュエットでTOTOの79年の大ヒット曲をカヴァーした「Georgy Porgy」が大ヒット。以降、幾多ものNo.1ヒットを放ち、イケメンならでは、2000年代に入ってはハリウッド映画にも出演。2011年には「Sometimes I Cry」でグラミーを受賞。私生活に於いても、婚約者の事故死、女優ハル・ベリーとの再婚〜離婚、そして、Princeの元妻との再々婚と如何にもメジャー・スターな逸話満載な彼ですが、そんな彼が語ってくれたことの全てが、彼が正真正銘のリアル・ソウルマンであることを物語っていました。
「アメリカでは音楽自体よりもセレブリティーとしてのセンセーショナルな部分に注目する傾向が強いから、よりビッグなスターになる為に色々やるべきことはあるかも知れないけれど、僕自身はアーティストとして音楽制作と歌うことを第一に考えて居る」―そう言っていたEricは、果たしてスターになっても地元ミルウォーキーを離れることなく、バンドマン・シップを大切に長年の盟友達と共に活躍を続け、一昨年2016年にはデビュー20周年を迎えました。
そんなEricとの深い共感は、他ならぬソウルミュージックについて。以前、私は番組で「ソウルとは痛みを知る者の音楽です」とお伝えしたことがあるのですが、Ericに貴方にとってのソウルこの1曲は?と尋ねると、こんなお答えがー「インパクトがあって力強い音楽であり、そういう音楽はいつも痛みから生まれる。アフリカン・アメリカンの体験から生まれたものだから」―
そして、続けて、Ericにとってのソウルこの1曲=Roberta FlackとDonny Hathawayの72年の名曲「For All We Now」について、本当にディープな思いを語ってくれたEricでした。

<J.O.’s  Recommendation オススメ曲>
「I’ll Be There」(’96) 
「Spend My Life With You feat. Tamia」(`96)
「Georgy Porgy feat. Faith Evans」(’99)
「That’s My Way」(’99)
「Love On My Own」(’99)
「Pretty Baby」(’05)
「You’re The Only One(’08)
「Sometimes I Cry」(’10)
「Summer Love」(’10)
「Sunshine」(’16)

Vol.1 〜祝! Leroy Hutson初来日〜

70s Chicago Soul Legend、Leroy Hutson(72)が5月早々に初の来日公演!
3月に告知されるや否や、番組にも祝来日リクエストを頂きましたが、コレは紛れもなく、ソウル・ファンにはホット極まりないTopics!
J.O.’s Topicsの初回は、70年代にシカゴを舞台に活躍したマルチな才人、Leroy Hutsonのご紹介です。
シンガー、キーボード奏者にして、ソングライターやプロデューサーとしても確かな実績を残してきた彼は、Marvin Gaye、Stevie Wonder、それに同郷のDonny HathawayにCurtis Mayfieldらと共に、現行シーンに直結する革新的な音楽性とスピリットを打ち出して活躍した70’sニューソウルのV.I.P.です。但しLeroyの名が世界的に知られるところとなったのは80年代後半のUKクラブ・シーンを発火点とするレア・グルーヴ・ムーヴメントを経てのこと。私自身と彼の諸作品との出逢いも、このブームの只中でした。つまりリリースからは15年〜20年を経ていた訳ですが、古さを感じることは微塵もなく、むしろ当時、一世を風靡していたUKクラブ・シーン最前線のナンバーと相性抜群。当時の最新UK SoulやAcid Jazzのお気に入りと共にLeroyの70sのナンバーを選んでオリジナルMix Tape(カセット・テープ!)を作ったりして楽しんでいました。そんな時代から今に至るまで、仕事は勿論、プライヴェートでも折ある事に彼の作品を楽しんでいますが、古さを感じることはありません。
昨秋には、2曲の未発表曲が収録されたベスト盤『Leroy Hutson Anthology 1972-1984』が放たれて話題を集める中、頃はと言えば緑薫る季節。メロウで爽やかな個性と先進的な音楽性、ヒップホップに通じるグルーヴ感、多彩な音色を使ったカラフルなアレンジと、まさしくエヴァーグリーンな魅力に溢れた彼の音楽世界を、この新緑の季節に生体験できるなんて、この上ない贅沢! 万難を排してナンとしても赴きたいと思うことしきりです。

<J.O.’s  Recommendation オススメ曲>
「Lucky Fellow」(’75)―UKのSnowboyがカヴァー、Erykah Baduがサンプルも。
「I Bless The Day」(’75)
「Lover’s Holiday」(’76)
「Love To Hold You Close」(’76)
「Heaven Right Here On Earth」(’76)―Leroyが手がけたNatural Fourヴァージョンがオリジナル。
「Where Did Love Go」(’78)
「So Nice」(’79)

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