放送後記

11月11日(日)放送後

今回の童謡百年のコーナーでは、昭和20年にはじまった「幼児の時間」、そして昭和24年に始まった「うたのおばさん」というNHKのラジオ番組で生まれた童謡を特集しました。今回も日本童謡協会事務局長で作曲家の伊藤幹翁さんにスタジオにおいでいただきましたが、この時期は「童謡のスタンダードナンバー」が次々と生まれた時期だとのこと。今回は「めだかの学校」「かわいいかくれんぼ」を安西愛子さん、「ぞうさん」「サッちゃん」を松田トシさんの歌で聞きましたが、今でも親しまれている童謡ばかりです。詩はサトウハチロー、佐藤義美、小林純一、まど・みちお、作曲は中田喜直、團伊久磨、芥川也寸志らが参加し、また大人の声楽家が歌うことで、童謡のレベルがまた一段高くなったということです。
「ぞうさん」はまど・みちおと團伊玖磨による曲です。詩は子象に対する問いかけと答えのやりとりですが、石山さんは「母親になってから聞くと改めて心にしみる」とのことでした。伊藤さんはこれを「DNAの肯定」と表現し、いくらでも深く考えることができる詩だといいます。またメロディーも、問いに対する答えのような形になっていますが、伊藤さんによると、モーツァルトの交響曲第40番の冒頭のように、クラシックではよく見られる形です。ただし日本人の作曲家にはこうした生き生きとしたやりとりのメロディーをうまく使える人が少なく、團伊玖磨はその珍しい例だとのことです。やはり、長く歌い継がれる童謡には、それだけの理由があるのですね。
12月9日は今年最後の童謡100年のコーナーですので、リクエスト曲特集にしたいと思います。「童謡コーナー」あてにリクエストをお送りください。童謡についての思い出のおたよりもお待ちしています。

文・杉原 満


歌の日曜散歩

10月14日(日)放送後記

今月の「童謡百年」のコーナーは、作曲家海沼實と音羽ゆりかご会を特集しました。海沼實は戦時中にも、「お猿のかごや」や「あの子はたあれ」などの童謡で知られていましたが、終戦後は特にNHKのラジオ番組で放送された曲がたいへんな人気を呼びました。復員兵や引揚者を励ます番組で歌われた「里の秋」や、戦後の明るさを象徴するような「みかんの花咲く丘」などが、当時の人々の心に強く訴えかけました。スタジオで日本童謡協会事務局長の伊藤幹翁さんにお話をうかがいましたが、海沼實は、その時代の人々の気持ちを汲み取り、それに応えるような歌を作った作曲家で、今でも年配者のコーラスや童謡のグループでは非常に人気が高いということでした。当時こうした曲を歌ったのが、海沼實が設立した音羽ゆりかご会の、川田正子さんや川田孝子さんといった少女歌手たち。リスナーから、彼女らのかわいらしさや都会的なファッションなどに大いにあこがれた、といった感想もたくさんいただきました。

文・杉原 満


9月23日(日)放送後記

フードジャーナリストの向笠千恵子さんを迎えてお送りした「ふるさと旬の味」。
今回は、北九州の「ぬか床」のご紹介でした。

番組冒頭、向笠さんから、「一汁三菜には、ご飯とお漬物は含まれていません。それくらい、漬物は、日本人の食に欠かせないものだったんです」と、お話しがありましたが、それを物語るように、リスナーの皆さんから、ぬか漬け・ぬか床をめぐる反響のお便りが、いつもにも増してたくさん届きました!ありがとうございました。

北九州の小倉出身で、現在は福岡市で、ぬか床の店を営んでいらっしゃる下田敏子さん。小倉では、江戸時代に藩主の小笠原忠政公が、前任地の信州・松本からぬか床を持ち帰ったと伝えられていて、昔から、嫁入り道具の一つとしてぬか床を持たせるほど、大切にその文化が継承されているとのこと。下田さんご自身も、お母様から受け継いだぬか床を、今も守り、販売されているほか、「ぬか床診断」と銘打った、ぬか床相談で、各地を飛び回っていらっしゃいます。

そんな下田さんの、上手なぬか床づくりの秘訣は、「ほったらかし!にすること」だそう。思わず、「え~!?」と声を上げてしまいそうですが、失敗の多くは、かき混ぜすぎて空気が入りすぎ、ぬか床にとって大事な菌が死んでしまうことが原因なのだとか。昔のように何十キロも大きな樽で作っていたのとは違い、今は、小さな容器で床を作るので、あまり手を入れず、見守ることが大切とのお話しでした。「子育てと一緒ですよ」と、下田さん。
それなら出来るかも!と、以来、私も、冷蔵庫で、ぬか漬けを作って楽しんでいます。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

歌の日曜散歩

9月16日(日)放送後記

今月の「童謡百年」のコーナーには、NHKの初代うたのおねえさんをつとめた真理ヨシ子さんをスタジオにお招きしました。昭和36年、東京藝術大学の声楽科在籍中にNHKにオーディションに合格。テレビ番組「うたのえほん」と、それに続く「おかあさんといっしょ」での歌声は、多くの人の耳に染み込んでいると思います。日本童謡協会の童謡百年記念コンサートなどに出演されるなど、今も現役歌手として活躍されています。
「うたのえほん」が始まった昭和30年代は、今でもよく歌われる童謡が特に多く作られた時期です。真理さんのお話では、戦後民主主義のなかで子ども一人ひとりの人格・人権が見直され、大人の視点からではなく、子ども本来の視点から「新しいこどものうた」を作ろうという機運が高まっていたそうです。その中で、例えば同じテーマで何人かが曲を作り、それを持ち寄って、よりよいものを選んで番組に提供するといった、切磋琢磨を含む共同作業も行われていたということでした。そうした熱意が、知らず知らずのうちに子どもたちの心に伝わっていたのかもしれませんね。

文・杉原 満


歌の日曜散歩

8月26日(日)放送後記

久しぶりの「音楽プレミアムトーク」。今回は、ご姉妹で、30年以上にわたって童謡を歌い続けていらっしゃる、由紀さおりさん、安田祥子さんをお迎えしました。

歌謡界とクラシック界という、異なる分野で、それぞれにご活躍のお二人が、最初に一緒に童謡を歌い始めたのは、由紀さおりさんのデビュー15周年の記念コンサートでのこと。15年という節目を迎え、“これから”について模索する中、お二人の歌の原点の「童謡」をもう一度歌ってみようと、ミニコーナーを設けたのがきっかけだそうです。

お二人は、小学生のころから、ひばり児童合唱団に所属し、童謡歌手として人気を集めていました。当時、姉妹共演された、オペレッタ「みにくいアヒルの子」では、由紀さんが、グレーのみにくいアヒルの子を、お姉さんの安田さんが、美しい白鳥と王子様を演じて、羨ましくて仕方なかった、という楽しいエピソードも伺いました。

そんなお二人の童謡コンサートでは、あくまで“楽曲が主役”の安田シスターズサウンドを、一番大切にされているのだとか。ひとつの音符にひとつの言葉しかあてられていない童謡の、音符と音符、言葉と言葉の間をどんな色で埋めるかといったことを大切に、行間を聴き手の想像力にゆだねる音楽づくりをされているそうです。そんな想像力をもっと養ってほしいと、お二人は、中学校での手づくりコンサートも続けています。

日本語の情感を子供たちに伝えたい、声を合わせる喜びも感じてほしいとおっしゃる由紀さんと、安田さん。お二人のハーモニーの秘訣は?と伺ったところ、「互いを尊重すること」とのお答え。とても示唆に富んだ、奥深いメッセージだなと感じました。

文・石山智恵


7月22日(日)放送後記

「ふるさと旬の味」。フードジャーナリストの向笠千恵子さんに、島根県松江市の「あご野焼き」をご紹介いただきました。

向笠さんが取材されたのは、創業292年、今も、地元のトビウオ=“あご”にこだわり、昔ながらの炭火で「あご野焼き」を作り続けている青山昭さん美喜子さんご夫妻です。伝統のあご野焼きは、直径7~8センチ、長さが45センチもある、太くて大きな竹輪のような形です。つなぎを極力減らし、添加物も使用していないという野焼きは、外側は香ばしく、中は柔らかい、かみしめると味が染み出すような、優しいお味でした。

元々、あご野焼きは、夏場の海の貴重なたんぱく源のトビウオを、日持ちさせながら頂く知恵として編み出されたもので、その昔は、火の上に菰をかけ、いぶしながら浜辺で焼いていたとのこと。浜にずらっと菰が並ぶ姿から、「野焼き」と呼ばれるようになったのだそうです。

青山さんの店では、地元の海で、刺し網漁で採った“あご”だけを使っているそうですが、刺し網漁も、今では、2艘だけになったというお話でした。伝統の漁と昔ながらの味を守り伝えようと、店では、野焼き体験も行っています。放送を聞いて、遠方からご家族で体験に訪れた方もあったそうです。多くの子供たちにも、ぜひ知ってほしい、日本の「旬の味」ですね。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

7月8日(日)公開放送後記

7月7日8日は、土曜日の「文芸選評」「歌の日曜散歩」のNHK仙台放送局開局90周年を記念した公開生放送でした。

杜の都仙台を訪れたのは5年ぶりくらいでしたが、本当に緑豊かないい街ですね。今年2月に新しくなったNHK仙台放送局も、すぐ隣の錦町公園やケヤキ並木に囲まれ、大きなガラス越しにその緑を望むことができます。公開放送は、第一スタジオで行われましたが、全国各地から200人を超えるリスナーのみなさんに参加頂き、終始笑いが絶えない、和やかな放送となりました。

スペシャルゲストには、津軽三味線の柴田三兄妹をお迎えしました。柴田雅人さん、佑梨さん、愛さんの3人には、実は、5年ほど前、別の番組で取材させて頂いたことがあり、その実力と努力の姿勢に大いに感銘を受け、「機会があれば、またぜひ番組でもご一緒したい!」と願っていました。そして迎えた本番当日。三兄妹のみなさんは、さらにパワーアップした、息ぴったりの迫力の演奏で、会場を沸かせてくれました。若い3人の今後の活躍にも、ぜひ、みなさん、ご注目くださいね!

放送後は、東日本大震災の取材以来、親しくさせて頂いている気仙沼の「大漁唄い込み保存会」の皆さんを訪ねました。気仙沼漁港に近い町の中心部も、その後足を延ばした陸前高田の町も、被災エリアの造成は進んでいるものの、まだ、建物はまばらで、地元の方々の「復興には、まだ10年はかかる」という言葉が胸に響きました。ちなみに、新しい仙台放送局の建物には、震災の経験から、最新の耐震・免振技術が採用されているそうです。
リスナーの皆さんとの再会に喜び、そして、災害についても改めて考える旅となりました。

文・石山智恵


今年移転した新しい仙台放送局は、目の前は定禅寺通りの立派なケヤキ並木、隣は錦町公園という、緑に囲まれた気持ちのよい場所にあります。公開放送はスタジオ内で行いましたが、大勢の皆さんに来ていただきました。地元の方が多く、マイクを向けるといろいろな仙台自慢をしてくださいました。ありがとうございます。
以前の仙台放送局には何回か行きましたが、思い出深いのはやはり震災時です。地震の3日後に応援に入り、しばらくは局のスタジオなどで寝泊りしながら仕事をしていました。建物が古い上、節電で照明を最小限にしていましたので、全体に薄暗い中で過ごしていたような印象があります。その点、新しい建物は明るくて、トイレの壁も真っ白でまぶしいぐらいでした。今後も地元の皆さんに親しまれ、お役に立てることを願っています。

文・杉原 満

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

6月24日(日)放送後記

「ふるさと旬の味」。フードジャーナリストの向笠千恵子さんに、鳥取県福部町のらっきょうをご紹介いただきました。

鳥取の砂地で栽培される「鳥取砂丘らっきょう」。元々は、江戸時代に、小石川薬園で薬草として栽培されていたものが、参勤交代の藩士によって持ち帰られたのが始まりとも言われています。番組でお電話した生産者の香川佐江子さんのところでは、300アールの畑で、らっきょうのほか、若取りらっきょうの「エシャレット」なども栽培していて、ちょうど、今年の収穫を終えた所だそう。鳥取砂丘は、日本海からの風が強く、栽培土壌の「砂」を、飛ばされないようにするなど工夫をして、色白で、歯ごたえの良いらっきょうを作るのだそうです。
明るく、優しいお声に、毎日の丁寧な作業が目に浮かぶようでした。

香川さんオススメの、らっきょうを使った一品は・・
「簡単らっきょうサラダ」
トマトやキュウリを切り、千切りにしたらっきょう漬けを乗せて、上からつけ汁の甘酢をかけるだけ、というもの。リスナーの方からは、「今夜のサッカー観戦のお供にぴったりですね!」というお便りも頂きましたが、私も早速作って見たら、さっぱり、シャキシャキ!お陰様で、ビールも進みました(笑)

最近は、甘漬けの他にも、ピリ辛や、はちみつレモン漬け、らっきょうキムチに、紫蘇巻きらっきょうなど、加工品のバリエーションも増えているのだとか。夏の健康維持に、味比べして見るのも良さそうです。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

歌の日曜散歩

6月17日(日)放送後記

梅雨とは思えない暑さですね。17日の音楽プレミアムトークは、暑い夏にぴったりのゲスト、歌手の夏川りみさんをお迎えしました。

来年デビュー20周年を迎えるという夏川さんは、ご存知、沖縄県石垣島のご出身。小さい頃から数々の「のど自慢大会」でグランプリを受賞。自他ともに認める“大会荒らし”的な女の子だったそうです。スカウトをきっかけに上京し、デビューするところまでは、トントン拍子だったそうですが、最初のデビュー後は、なかなか仕事がなく、2年間ほど活動を休止し、沖縄でスナックを経営するお姉さんの店の手伝いをしていたのだとか。小さなお店で、お客さんを目の前に歌う中で「歌う幸せ」を再確認されたそうです。若くして、そうした苦労も経験されたからなのでしょうね。りみさんの澄んだ歌声は、今も、多くの人の心を癒し続けています。

番組では、代表曲の「涙そうそう」「童神〜ヤマトグチ」をお掛けしました。いずれも、元々は沖縄出身のBEGINと古謝美佐子さんの楽曲です。「是非歌わせて欲しい」と、りみさんご自身で願い出、歌うことになったエピソードをお話ししてくださいましたが、いずれも「歌いたいなら、歌ったらいいさ〜」と、快諾されたという話に、沖縄の方々の心の広さと穏やかさを感じました。

小学2年生の息子さんのお母さんでもある夏川りみさん。母としての穏やかさや優しさも加わり、益々魅了を増していますね。長く歌を届け続けて欲しいと、私も、一ファンとして思います。

文・石山智恵


6月10日(日)放送後記

今回は、「童謡百年」のコーナーの3回目として、野口雨情の詩による童謡を特集しました。スタジオには日本童謡協会事務局長の伊藤幹翁さんにおいでいただきました。
野口雨情は北原白秋・西條八十とともに三大童謡詩人と呼ばれ、今も広く歌われる作品がたくさんあります。今回聴いたのは、シャボン玉、雨降りお月、七つの子、青い目の人形の4曲。そのほか、赤い靴、十五夜お月さん、あの町この町、兎のダンス、こがねむしなどもそうです。
赤い鳥の童謡が芸術性を重んじたのに対し、野口雨情は、歌いやすく親しみやすい作品で、童謡をより広く普及させることを重視していたということです。
その野口雨情の詩に多く曲をつけたのが、中山晋平と本居長世という二人の作曲家でした。中山晋平は流行歌や新民謡、各地の校歌など、幅広い分野で膨大な曲をつくりましたが、作曲家である伊藤さんからみると、主にわらべ歌と同じ5音だけの音階を使ってそれだけ多様な曲を作ったことに驚かされるとのことです。
本居長世も日本的な旋律を多く使い、七つの子、赤い靴など、野口雨情の詩とあいまって、ややさびしげな、情感あふれる歌を残しています。伊藤さんによれば、子供には明るく楽しい歌だけでなく、悲しい歌を聴かせることが大事で、大人になっていろいろな悲しみに直面したときに、心に残っているそうした歌が力になってくれるといいます。これからも子供たちに聴かせていきたいですね。

文・杉原 満


5月13日(日)放送後記

今回は、「童謡百年」の特集の2回目。作曲家で日本童謡協会事務局長の伊藤幹翁(みきお)さんにおいでいただき、児童雑誌「赤い鳥」からはじまる童謡運動に参加した、若い作曲家達についてお話をうかがいました。北原白秋は、自分の作品は詩だけで完結しており、曲をつける必要はないとまで言っていたそうですが、作曲家山田耕筰にだけは信頼を寄せていました。ところが赤い鳥創刊の時期には山田耕筰が海外にいたため、その教え子だった成田為三が作曲を担当することになり、さらに、東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)で成田と同期だった草川信や、先輩の弘田龍太郎なども参加して、「かなりあ」「赤い鳥小鳥」「夕焼小焼」「どこかで春が」「春よ来い」「靴が鳴る」「叱られて」などなど、今も歌い継がれる数々の童謡が作られてゆきます。伊藤さんの話では、山田耕筰の不在という偶然が、こうした20代半ばの若手作曲家の活躍の場を作り、また彼らも気概を持って、それまでの子供の歌にはなかった西洋音楽的な芸術性の追求や、逆に日本的な旋律を追求するなど、各自の創意を存分に発揮したのではないかとのことでした。
そして、山田耕筰が帰国すると、いよいよ北原、山田のコンビが誕生しますが、山田耕筰もまだ30代の若さでした。「この道」「からたちの花」「ペチカ」など、いずれもことばと旋律がぴったりと合った名曲といわれます。山田耕筰は、詩人は父、作曲家は母のようなものだと語っていて、詩人には自分の世界を妥協せずに追及してもらい、それを作曲家がうまく調整しながらまとめていくものだと考えていたようだ、というお話が印象的でした。

文・杉原 満


4月29日(日)放送後記

久しぶりの「音楽プレミアムトーク」は、演歌歌手の島津亜矢さんをお迎えしました。

歌謡番組でお顔を見ないことはないほど、人気も実力もトップクラスの島津さん。演歌好きなお母様の影響で、3歳の頃からもう演歌を歌い、保育園では、「チューリップの歌」をコブシをきかせて歌っていたとか。数々のコンテストでグランプリを総なめにしていた“天才少女”は、13歳の時出場した「長崎歌謡祭」でスカウトを受け、15歳でデビューしました。その後、作詞家の星野哲郎さんに弟子入りし、星野さんからは、歌い方などではなく、“詩のこころ”や生き方そのものを学んだ、と話してくださいました。そうしたこともあるからでしょうか。リスナーの皆さんから寄せられたお便りには、「島津亜矢さんの歌には心がある」とか、「まるで歌から心が飛び出してくるよう」といった表現があり、歌の道の奥深さを感じました。

そんな島津さんは、今、新しい世界の開拓にも力を入れています。番組で伺ったのは、洋楽への挑戦のお話。きっかけは、番組プロデューサーから、ホイットニー・ヒューストンの”I will always love you”を歌って欲しいと、熱烈な申し入れを受けたことだそうですが、去年の9月には、東京オペラシティのコンサートホールで、「演歌を歌わないコンサート」を開催。チケットは即日完売で、来場のお客さんの中には、これまで演歌はあまり聞かなかった、という方々もいたそうです。島津亜矢さんのI will ~♪、本当にいいんです!まだ、という方は、必聴です!!世界を広げる島津亜矢さん。これからのサプライズな挑戦も楽しみでなりません。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

4月22日(日)放送後記

フードジャーナリストの向笠千恵子さんを迎えてお送りしている「ふるさと旬の味」。今回は、佐賀県白石町の「新玉ねぎ」をご紹介頂きました。

玉ねぎの産地といえば、北海道や淡路島などのイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、佐賀県も、兵庫に並ぶ一大産地。白石町は、海苔の漁場としても知られる有明海の西北端に位置しています。

ここで10数人の農家がグループをつくり、減農薬減化学肥料にこだわった玉ねぎづくりをしています。リーダーの中村明さんら何人かは、4年前から、農水省のガイドラインよりさらに厳しい「グローバルギャップ」という国際基準に沿った玉ねぎ栽培をしていて、そのチェック項目は、トレーサビリティのほか、作業従事者の安全管理、環境への配慮など、実に247項目に上るとのこと。安心安全な農産物を生産することで、ブランド力を高め、東京オリンピックなどでの供給も視野に入れているということでした。

土壌改良にも腐心されたという有明の干拓地で栽培された「新玉ねぎ」は、瑞々しくて、辛味がほとんどありません!中村さんおススメの食べ方は、丸のままの新玉ねぎに、十文字の切り込みを入れ、バターをのせてラップで包んでチンするだけ、というもの。これが、甘くて美味しいんです!スライスの場合は、水にさらすと「血液サラサラ成分」が流れ出してしまうので、20分放置するだけでいいそうですよ。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

4月15日(日)放送後記

100年前の大正7年7月に創刊された雑誌「赤い鳥」が、日本の童謡のはじまりといわれます。そこで今年度は「童謡100年」と題して、月に一度、なつかしい童謡のコーナーを設けます。
今回は、日本童謡協会常任理事で児童文学作家の織江りょうさんに、この「赤い鳥」についてお話をうかがいました。童謡協会ではこの3月に童謡誕生100年記念誌を刊行し、織江さんは4年がかりでその編集に携わったということです。
「赤い鳥」の創設者である鈴木三重吉の童話・童謡に対する熱意の裏には、幼い娘さんに読み聞かせる良質な読み物や歌がないため、自分でその場を作ってしまおうという気持ちがあったそうです。そして、当代一流の作家・芸術家に「子供のための芸術の創作」を呼びかけました。創刊号の作品の目次を見ると、北原白秋、島崎藤村、芥川龍之介、泉鏡花、徳田秋声、小山内薫などそうそうたる顔ぶれが並んでいるのに驚きます。あの「蜘蛛の糸」もこの創刊号に発表された作品だったのですね。
織江さんご自身も詩人ですが、北原白秋の詩が「外に向かう目」を持つのに対し、西條八十の詩は「内に向かう目」を持ち、傾向の違う二人が両輪となったことで童謡の世界を広がったという解説があり、実際に歌を聞いてみるととても実感できるものでした。次回は山田耕作、成田為三など、この時期に活躍した作曲家をとりあげます。

文・杉原 満


歌の日曜散歩

4月8日(日)放送後記

「うたのふるさと散歩」。今回は高知県いの町にある、平井康三郎記念ギャラリーについて、ご長男でチェリストの平井丈一朗さんにご紹介頂きました。

平井康三郎さんというと、まず、童謡の「とんぼのめがね」を思い浮かべる方があるかもしれませんが、代表曲「平城山」「ゆりかご」など、生涯におよそ5千曲の器楽、声楽、合唱曲、全国各地の校歌をつくった、昭和を代表する作曲家の一人です。17歳まで過ごしたという故郷高知では、旧制土佐中学時代に、独学でヴァイオリンや作曲を習得したというお話しには驚きますが、当時の校長、三根円次郎氏(ディック峰さんの父)が、音楽の素養のある教育者で、世界中の名演奏家のレコードを子供たちにも聞かせていたこと。また、康三郎氏がのちに進んだ東京音楽学校では、20世紀を代表するヴァイオリニスト、アイザック・スターンの師としても知られるロバート・ポラックや、マーラーの高弟スプリングスハイムからも、直接、音楽の神髄を学んだというお話しに、「本物に触れること」の大切さを感じました。

丈一朗さんによると、お父様の康三郎さんは「詩と音楽のいみじき結合」と、よく話していたとのこと。「詩を深く理解すると作曲が変わってくる」と、日本語を大切にした曲作りをされていたというお話は、番組でもご紹介した、北原白秋の詩集「日本の笛」の楽曲からも感じることができました。

文・石山智恵


3月18日(日)公開放送後記

待ちに待った、今年度はじめての公開放送が、兵庫県新温泉町でありました!

兵庫県北西部、日本海に面し、西は鳥取県と接する新温泉町。会場の「夢ホール」があるのは、町の4つの温泉のうち、中心となる湯村温泉。1980年代のNHKドラマ「夢千代日記」の舞台になったところです。半径400メートルのまちづくりがされていて、小一時間あれば、温泉街をゆっくり一周でき、広がる景色は、ドラマの世界そのもの。中心を流れる春来川に沿って、もうもうと白い湯気を上げながら湧き出す源泉の「荒湯」や、川べりの柳、そして、朱色に塗られた橋が美しい風情をつくっています。

番組にゲスト出演くださった、湯村温泉観光協会会長の朝野泰昌さんに、町を案内していただいた際の写真です。98度の高温泉「荒湯」では、ゆで卵も作りました!この「荒湯」は、いつでも誰でも使うことができ、観光客はもちろん、住民のみなさんは、お料理の下茹でなどに活用するそうです。近くの理容店の方に、いつも使っているという籠を見せて頂きました。おでんの大根をここで下茹ですると美味しい~のだとか。各家庭には、温泉が出る蛇口もあり、その名の通り、温泉のめぐみいっぱいの町でした。

そして、公開放送本番!会場には、北海道や四国など、遠方からも、300人近いリスナーの皆さんが駆けつけてくださいました。江戸時代から地元に伝わる郷土芸能「麒麟獅子舞」の保存・伝承に取り組む、浜坂高校麒麟獅子舞サークルのみなさんは、若い力で、見事な舞を披露してくれました。終始和やかで楽しい放送になりました!「歌の日曜散歩」は、長年、素敵なリスナーの皆さんに愛されていることを再確認し、新年度に向けて、また、気持ちが引き締まりました。

温かく応援くださったリスナーの皆さん、準備にご尽力くださった新温泉町の皆さん、本当にありがとうございました。

文・石山智恵


兵庫から京都にかけての日本海側はこれまで全く縁がなく、どんなところだろうと楽しみにおじゃましました。車で鳥取側から入っていきましたが、海岸近くに平野が少なくてすぐに山がちになり、日本の原風景といった雰囲気になります。会場のある湯村温泉も谷間の小さな温泉地で、今回はあまりゆっくりできませんでしたが、何も考えずに2~3日のんびり過ごしたいなあ、と思わせる場所でした。
この番組では初めての公開放送でしたが、会場のお客様が日ごろから番組を聴いていただいている方が多いため、リラックスした表情でニコニコと話を聞いてくれたり、合図をしなくても息のあった拍手が巻き起こったりと、大変良い雰囲気を作ってくださいました。おいでいただいた皆さん、ありがとうございました。

文・杉原 満

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

2月11日(日)放送後記

フードジャーナリストの向笠千恵子さんを迎えてお送りしている「ふるさと旬の味」。今回は、今が収穫・製糖の最盛期の種子島の黒糖をご紹介頂きました。

鹿児島県の種子島といえば、ご存知、鉄砲伝来の地。人口は3万ほどで、日本で唯一の実用衛星打ち上げ基地「種子島宇宙センター」があることでも知られていますね。実は、私は、ロケット関連の取材で宇宙センターを訪れたことがあるのですが、島内を車で移動すると、橋の欄干がロケットの形になっていたり、見渡すと水田やサトウキビ畑が広がっていて、とてものどかな印象です。年間の平均気温がおよそ19度という温暖な気候を生かして、江戸時代末からサトウキビ栽培が続けられていて、少し気温が下がる冬場は、糖度が上がるのだそうです。

向笠さんにご紹介頂いた沖田重利さんをはじめとする「沖ヶ浜田地区」の黒糖生産者組合では、今では珍しくなった、伝統の黒糖づくりを守り伝えています。
使用されるのは、丁寧に手作業で刈り取られた地区のサトウキビ100%。添加物は一切ありません。そのしぼり汁を、3層の釜でじっくりと煮詰め、木製の撹拌機で空気を含むように混ぜながら、冷やし固めて出来上がり。さくっとした舌ざわりの黒糖は、甘さの奥に、わずかなしょっぱさや渋みがあり、優しく、どこか懐かしい味わいでした。

かつて会社勤めをされていた沖田さんが、本格的に黒糖づくりに専念するようになったのは15年前のこと。かつては島内に300か所もあった黒糖工場が1か所だけになり、危機感を感じてのことだったそうですが、そんな沖田さんたちの頑張りで2か所になった製糖小屋を9軒の農家で支えているのが現状で、貴重な伝統の味を、後世に残していくためには、私たち消費者の関心とサポートも欠かせませんね。

ところで、種子島では、お茶うけとして、黒糖が日常的に食べられているそうですが、ちょっとひと手間加えた「りんかけ」を、ここでもう一度ご紹介しましょう。作り方はごく簡単!プライパンに黒糖を溶かし、皮をむいたピーナッツを入れて、絡めるだけ。う~ん、お茶もビールも進みそう!食べ過ぎに、要注意、ですね(笑)。

文・石山智恵

歌の日曜散歩
歌の日曜散歩
歌の日曜散歩

2月4日(日)放送後記

「音楽プレミアムトーク」。今回は、“ショッピングモールの歌姫”としても親しまれている、シンガーソングライターの半崎美子さんをお迎えし、スタジオでの弾き語りもご披露いただきました。

半崎さんというと、NHK“みんなのうた”で流れた「お弁当ばこの歌〜あなたへのお手紙」でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、去年メジャーデビューするまで、17年間、ライブハウスやショッピングモールなどで、ほぼ一人で音楽活動を続けてきたアーティストです。これまで各地のショッピングモールを回り、お客さんと丁寧に接して来られたからでしょう。放送当日、番組に寄せられたお便りの多いこと!また、その一つ一つに、深い思いが綴られていて、半崎さんの“歌の力”とお人柄を感じるひと時となりました。

実際、ショッピングモールライブでは、20分間のステージの後、なんと4時間もサイン会を行うことがあるのだとか。どんな会話をするのですか?と尋ねたところ、「私はただ、皆さんのお話に耳を傾けるだけなんです」と。「ショッピングモールは、互いの心を開く不思議な空間。ライブをする中で、歌に希望を感じました」と語る半崎さんは、そうした“受信”から、また、新しい歌を次々生み出しています。温かい眼差しがあふれる半崎さんの曲は、これからも、多くの方々に寄り添い、優しいエールを送り続けるのでしょうね。

文・石山智恵


1月28日(日)放送後記

フードジャーナリストの向笠千恵子さんを迎えてお送りしている「ふるさと旬の味」。今回は、秋田の比内地鶏をご紹介いただきました。比内地鶏は、秋田県北部の大館、北秋田、能代などを中心に年間51万羽生産されているブランド鶏で、ここ20年ほどの地鶏ブームの中で、高い人気を誇っています。その肉とガラから出るスープは、秋田の郷土料理「きりたんぽ鍋」との相性が抜群。特に、寒い冬の時期は、益々人気も高まる食材です。

ご紹介頂いた大塚智哉さんの養鶏農家では、比内地鶏の飼育から精肉、加工までを一貫して手がけていて、きりたんぽ鍋セットや卵を使ったプリンなども販売しています。地鶏の飼育方法は、一般的にイメージされる放し飼いではなく、2〜3羽ずつケージに入れて育てています。これは、雪解けが遅く、地面がぬかるんだ状態が長く続く中、鶏の衛生管理をし易くするのに加えて、出来るだけ肉質を柔らかく保つため、なのだそう。実は比内地鶏には、「雌で150日以上飼育した鶏であること」という基準があります。普通の鶏肉が40日ほどで精肉されるのと比べると、3倍以上の飼育期間で、長く育てることで「旨味」が濃くなるのだそうですが、一方で、肉が硬くなってしまう、という難点があります。ケージ飼いは、旨味を増しながら、柔らかく食べやすい肉を作る工夫でもあるのだそうです。

毎回このコーナーの放送をすると、すぐに食べたくなってしまうのが私の悪い癖ですが(笑)、本場のきりたんぽ鍋には、“根つきの芹”が欠かせないそう。また、きりたんぽは、鍋に入れる前に、一度オーブントースターなどで軽く炙っておくと、香ばしさが蘇り、一層美味しいとのこと。まだまだ寒さが続きそうです。ぜひ、試してみたいですね!

文・石山智恵


1月21日(日)放送後記

「音楽プレミアムトーク」。シンガーソングライターの辛島美登里さんをお迎えしました。来年、デビュー30周年を迎える辛島さんですが、リスナーの皆さんからのお便りにも、「若さと美しさの秘訣は?」とあったように、いつまでも変わらない若々しさとクリスタルヴォイスの持ち主ですよね!

その秘訣について質問をぶつけてみると、「いつも好奇心いっぱいであること」だそう。「これ、面白―い!」とか、「ザンネーン!」といった喜怒哀楽を大切に、小さな喜びを、100倍くらいに「ヤッタ〜!!」と喜ぶ、嬉しがり好きです、と、教えてくださいました。もう一つ、辛島さんの代表曲「サイレント・イヴ」の出だしの「真っ白な粉雪〜♪」というフレーズの最初の「ま」の出し方について、こんな興味深いお話しも。「本当に“真っ白”を思い浮かべられるかが決め手なんです。いつもピュアでありたいと思っています」。

この曲は、デビュー間もない辛島さんが、待ち合わせをしていた渋谷のスクランブル交差点で、思いがけず降ってきた雪を見て、「雪は誰にでも降る。いつか私にも、真っ白な雪が降るのかな」と思い巡らせ、書いた曲だそうですが、当時のピュアな思いを、今も持ち続けていらっしゃるからこそ、歳を重ねても、ステキでいられるのでしょうね。是非、ここに書き留めておきたいと思うお話でした。

文・石山智恵


12月17日(日)放送後記

フードジャーナリストの向笠千恵子さんを迎えお送りしている「ふるさと旬の味」。今回は、群馬県下仁田町の「下仁田ねぎ」をご紹介頂きました。

ネギは、家庭で使う頻度の高さで筆頭に入る野菜ですよね。特に冬には甘さが増し、鍋物などにも欠かせない主役級です。ネギには、大きく分けて、「九条ネギ」など、関西の青ネギと、主に白い部分を食べる根深ねぎがありますが、下仁田ねぎは、後者の一種。でも、一般的な根深ネギとは違い、太くて短く、ずんぐりしているのが特徴。江戸の大名に「送料はいくらかかってもいいから、大至急200本送れ」と言わしめた、伝統野菜です。ただ、「下仁田ねぎ」という名称は品種名のため、下仁田以外で栽培されるものも、そう呼ばれていて、現在市場に出回っているものの9割近くが、その他の産地のものなのだそうです。

そうした中で、下仁田の土と風土で育つネギにこだわり、地域の食文化を守り継ごうと奮闘しているのが、アパレル関係の仕事を辞め、故郷にUターンしたネギ農家の小金沢章文さんです。気になるのが、下仁田産の「下仁田ねぎ」の特徴ですが、なんと言っても、15か月という長い期間に、春夏、二度の植え替えをしていること。これは、収穫を二度行っているようなもので、大変な手間ですが、植え替える度に根が張り、太くて、柔らかい肉質になるのだそうです。また、原種の保存にも努めていて、種も自家採取しています。小金沢さんほか、「下仁田ねぎの会」のメンバーの100戸ほどの農家を中心に、こうした伝統的な栽培方法を継承しています。

さて、皆さんもきっと関心の高い、“美味しい食べ方”ですが、いくつか教えて頂きましたので、改めてご紹介しましょう!

▼焼きネギ 2センチほどの輪切りにしたネギを、ごま油、オリーブオイルで焼いて焦げ目をつけ、塩コショウで頂く。

▼蒸しネギ 同じく、適度に切ったネギを、バターを敷いたフライパンに並べ蓋をして5分。醤油を垂らして頂く。

▼そのほか・・青葉の素揚げ・かき揚げ・白根のフライなども美味しいそうですよ!もちろん、すき焼きは最高です!

お試しあれ♪

文・石山智恵


12月10日(日)放送後記

今回の「歌の世界散歩」のコーナーは東欧のジョージア。黒海の東側にあり、以前はグルジアと呼ばれていた国です。ジョージア政府観光局の方に国の様子を紹介してもらいましたが、欧州最後の秘境とも呼ばれるそうで、5000メートル級の山々に豊富な湧き水や温泉、そして世界遺産にも指定された古代からのワインづくりの歴史がある、大変魅力的な国です。
紹介した歌は、まず「スリコ」。日本でもかつて歌声喫茶でよく歌われた曲ですが、もとは戦争で亡くなった兵士スリコをその恋人が偲ぶという内容のジョージアの民謡です。ダークダックスによる日本語版とジョージア語の原曲を聴いてもらいました。ジョージアの民謡は伝統的に3声部のコーラスで歌われますが、しみじみとした歌だけでなく、3声部が全く違うリズム・違う歌詞の旋律を同時に歌う、非常に複雑でダイナミックな歌もあり、そのバリエーションには驚かされます。
また、加藤登紀子さんの歌でおなじみの「百万本のバラ」もジョージアが舞台なのだそうです。ジョージアはバラの生産も盛んですが、かつてジョージアの有名な画家が、訪れたフランスの女優に恋をして、ホテルの前の広場にバラを敷き詰めたという実話をもとにつくられた歌だということです。
次回はエジプトの歌をとりあげる予定です。アラブの伝統的な歌唱法が、若者に人気の現代のポップミュージックにも受け継がれ、とても魅力的な歌の世界があるということです。お楽しみに。

文・杉原 満


※過去12か月分を掲載しています。
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