旅日記

「秋田 冬の祭り」


リポーター:ケイリーン

私は、寒さと雪で知られるミネソタ州の出身です。雪深い日本の地は今回が初めてで、雪にまつわる文化は私が知っているものと似ているのだろうと思っていました。でも、まったく驚かされたのです!
私の故郷と違い、秋田の人々は寒さと雪を称賛し、それを彼らの文化の重要な一部としています。雪は、なまはげのような宗教的伝統行事の舞台となり、かまくらの祭り(とても映える写真が撮れるお祭りです!)では主役ですらあります。愛犬家たちは飼い犬を連れ出して雪の中で遊ばせます。農業従事者たちは、なんと雪を利用した栽培技術を開発し、ビジネスに役立てているのです!
寒さを忘れさせてくれるかのように、秋田の人々は、温かく迎え入れてくれるフレンドリーな人たちでした。私は彼らの伝統にふれたおかげで、雪に対する見方が変わりました。雪はただ耐え忍ぶべきものではなく、楽しみ、称賛されるべきものなのだと。
 


「津軽 ぬくもり探して」


リポーター:カノア

今回青森県を初めて旅して様々なことを体験し、人と人の間に生まれる「ぬくもり」というものがあるのだということを知りました。
私は日光にあふれたハワイやサンディエゴで育っただけに、青森の氷点下の寒さに最初は震え上がる思いでした。しかし車窓に広がる雪景色をみたとき、その美しさに感動しました。
青森ではかつて「角巻」という防寒具が使われていました。その角巻を自分たちのセンスでよみがえらせようとする若者たちに出会いました。かつてそれを使っていた年配の人々は、失われてしまった伝統に新たな光を当てた若者たちのことを、とても誇らしく映ったに違いありません。若者たちにとっても、自分たちの角巻を発表することはとてもわくわくすることだったと思います。
雪の上で回す「ずぐり」というコマの大会に参加した時、私は共同体のぬくもりを感じました。幼稚園児から70、80歳ぐらいの人々が一同に集い、年配の人々は子供たちに声援とアドバイスを送り、負けた子をなぐさめてあげていました。この大会の本当の良さは、勝ち負けを競うことではなく、年齢をこえて共同体として一緒に参加して楽しんでいることだと知りました。
青森の若い世代の人たちは、伝統を大切にしていて素晴らしいと思いました。おじいさんやおばあさんの世代から受け継いだ知恵に新しい技術をふきこみ、これからの未来を作ってくれることを期待しています。
 


「福島・三島 ものづくりの里」


リポーター:玲奈・バンビーノ

今回の旅では福島県の西部、三島町を尋ねました。私にとって初めての東北、そして初めての雪国でした。到着する前から、私の心は、地元の人々に出会い、そこでの生活を体験できる興奮でいっぱいでした。
到着すると、最初に目に入ってきたのは、たくさんの工芸品でした。すべての人が必要な材料を身近な自然から集めて、すべて手作りで作っていることを知りました。何でも手に入る現代社会において、三島の人々はいまだにそうやって、暮らしの伝統を残していました。
たやすい道を選ぶのではなく、彼らは自分自身に挑戦し、なおかつ楽しんでいました。生まれてからずっと都市に住んでいた私にとって、それはとても驚くべきことでもあり、尊敬できることでもありました。
そしてもう一つ、私を引きつけたものがあります。それは、“人”でした。どこに行っても三島の人はとても親切でフレンドリーでしたし、仲間や家族と同じように私と接してくれました。まるで自分が家族のいる場所に戻ってきたような気分になったのを今でも覚えています。忙しい都市の生活においては、まさに経験しがたいものでした。この経験を通じて、三島の人々が強い絆を持ち、町を本当に愛している理由に気付くことができました。
この旅を通じて、私は三島の人々から「あまり考えすぎず、一瞬一瞬を楽しむように」と教えられました。三島でお会いしたすべての人から大切なことを受け取ったように思います。

ありがとう 三島町
そして、またお会いしましょう!


「横浜 遠き国から」

リポーター:アルフィー・グッドリッチ

横浜は、都内にある私の自宅から30分ほどで、私は仕事や遊びで時には週に2~3回行くこともあります。初めて訪れたのは約20年前で、以来、横浜にはかなり詳しくなりました。
しかし、「ジャーニーズ・イン・ジャパン」で横浜へ行く話を聞いた時は、胸が躍りました。この番組が各地の歴史、文化、そして人々を見事に紹介している実績を知っているので、撮影週の終わりには、私にとって横浜が新しい意味を持つことになっているだろうと分かっていました。実際、その通りになりました。
横浜には、日本の開国と緊密に絡み合う160年の近現代史があります。昔から文字通り日本の玄関口で、人種や文化も様々な人々を歓迎し、住まわせてきました。
イングランドの海岸近くで育ち、若き日のかなりの時間を海で過ごした私には、横浜のような港に特別な思いがあります。港や貿易の中心地にはたいてい、海の存在そのものを別としても、遠い地から来るモノや人とをつなぐ役割ならではの独特な雰囲気があります。その雰囲気は横浜にもあり、街の構造や歴史的建物、あるいはその国際的な人口構成において顕著にあらわれています。
この街には、悲劇もありました。1923年の関東大震災は、現在の横浜を形作る大きな要因となりました。第2次世界大戦もそうです。横浜は近現代史において少なくとも2度焼け跡から立ち上がり、復興へと突き進んだのです。
中華街を訪れないことには、横浜へ行った甲斐がありません。世界最大級のチャイナタウンです。私は中華街で素敵な人々や食べ物や文化に出会っただけでなく、大きな寺院の裏手の建築現場(最近遺構が発掘された)で、大地が揺れ炎が街を燃やし尽くした1923年のあの日に触れる経験ができました。
20年前から横浜を訪れ仕事をしている私ですが、「ジャーニーズ・イン・ジャパン」の1週間がもたらしてくれた新たな出会いによって、この街の目新しく深遠な真実を知ることができました。1904年から続く銀行の円天井を見たり、150年前と同様に供されている牛鍋を食したり、これまで行ったことのなかった建物のてっぺんへのぼったりしました。
この旅は、私がすでに愛している街への新鮮な視点と、より深い歴史的背景を教えてくれました。何をおいても私が最も懐かしく思い出すのはおそらく、出会った人たちでしょう。彼らは歴史に人間味を与え、私の理解を促してくれました。歴史は、結局は単なるモノであり、事実であり、ストーリーです。それに命を吹き込むのは、人間なのです。

「兵庫・朝来 過去から未来へ」

リポーター:オスカル・ブレケル

兵庫県の朝来(あさご)に来て、まず心奪われたのは、美しい自然です。
山肌が色づく紅葉が綺麗な時期とあって、どこを歩いても、その景色に癒されました。そして竹田城の雲海は、見る者を魅了し、一生忘れることができない光景でした。でも、朝来には、その美しい景色の裏に、日本にとって大切な歴史がありました。しかも、それらは日本の近代史に欠かせない場所。
銀鉱山跡や神子畑の選鉱場跡といった史跡は、日本が近代工業国に変わった時期の記憶を維持しています。いっぽうで、朝来は現在いくつもの問題にも直面しています。まず人口減少、そして高齢化。しかし、私はここで、いろんな人と出会い、そして勇気づけられました。街の将来にも希望を持ちました。
ここの人たちの努力により、多くの人が朝来の良さを発見できることを願います。


「山形・南陽 自由な空へ」

リポーター:中嶋涼子

私は、24年目の車椅子ユーザー。アメリカで映像を学んで現在はTVやインターネットで「心のバリアフリー」をすすめる活動をしています。
 
今回、私が訪れたのは、山形県南陽市。相棒のミシェルと一緒に、果物狩りをして、温泉にも入って、伝統文化を巡って、歴史的な建造物にも訪れ、最後にはパラグライダーにまで挑戦しました!
 
それを可能にしてくれたのは南陽市全体がとてもバリアフリーだったから。なにより人の心にバリアがない。様々な路面店に段差がなかったり、車椅子のまま入れるトイレがあったり、とても感動しました。世界中の障害者の方に、そのことを知ってほしいです。もちろん、健常者にも優しい街です!笑
 
山頂から見る景色は広大で、そこから飛んだ空の上から見た景色は、もっともっと広大で。バリアが一切ない、本当に自由な世界を最大限に楽しみました。かつて車椅子生活を余儀なくされて引きこもっていた自分が、こんなに広い世界を見てる。そこに来るまでには様々なことがあったけれど、皆の支えがあって乗り越えてきた。頑張って生きてきてよかった。心の底からそう思いました。色々な過去が走馬灯のように巡ってきて、涙が出ました。
 
実は旅行にあまり興味を持ったことがありませんでした。実際、ほとんど行ったことがなかった。当然、山形にも興味を持っていませんでした。だって、車椅子で温泉になんて入れないと思っていたし、見知らぬ土地に行くのは車椅子では不安だらけでしたから。けれど、この旅を通して、南陽市に住む方々と直接ふれあうことで、ふだん感じられない人々の温かさや、人を受け入れてくれる優しさを肌で感じました。今では山形が大好きになりました。
 
相棒役のミシェルが、日に日に車椅子押しのプロになっていき、姉妹のような絆ができたこともとても嬉しかったです。映像には映ってないけれど、旅の後半には、旅を支えてくれた撮影スタッフとキャストチームがまるで家族のようになっていて、気づいたら私の車椅子を持ち上げてくれたり、自然と手伝ってくれるようになっていたこともとても嬉しかったです。街の雰囲気がそうさせてくれたのでしょう。
 
是非また訪れたい。空をもう一度飛びたい。もっと日本の色々な場所へ旅したい。そう思わせてくれた山形県南陽市、バリアフリーの旅でした。
 


※過去6回放送分を掲載しています。
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