メロウな徒然草

第332回 2019年3月18日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。
今週もレギュラー・プログラム「メロウな風まかせ」をお楽しみいただきました。
マーチンこと鈴木雅之さんに始まり、マーヴィン・ゲイの隠れた名曲、サラーム・レミ、T-グルーヴ……とつながっていった今回の放送は、特にオトナ度合いが高かったのではないでしょうか。

それにしても、ガラントをフィーチャーしたサラーム・レミ“Roll The Dice”のすばらしさ。
炎が消えてもにおいだけは残るように、曲を聴き終えてもずっとそこにある余韻。
この曲との出会いがあっただけで今年のR&Bシーンも豊作と言い切ってしまいたい……とは、いささか拙速に過ぎるでしょうか。
でも実際のところ、初めて聴いたあとの私はしばらく放心状態になったほどでした。
さすがは昨年度の「メロウ・オブ・2018」の覇者タミア(“Leave It Smokin’”)を送り出したサラーム・レミ!と快哉を叫びたくなります。フレンチホルンの響きがたまらない。
そして、ガラントの歌声の味わい。官能美。美しすぎてため息が出ます。
ここでのボーカルは、マーヴィン・ゲイやマックスウェルといった、ファルセット使いの先達に肉薄する表現の極みといえるでしょう。
彼のこれまでの作品もあらためてじっくりと聴き直したいという気持ちにもさせてくれました。

ロール・ザ・ダイス。
サイコロを振る。賭けに出る……もっとこなれた日本語でいうなら、一か八か。
かっこいいなあ。
残念ながら、人生で起こり得るすべてに対してこの気概で向き合えるひとはいない。そのことを、大人なら知っています。いや、知ったときに大人になるのかな(色恋にかぎらず、ですよ)。
だからこそ、大衆歌謡には「かなわぬ思い」をかなえる責務があるのかもしれません。

ナイトキャップは、モータウンの歌姫タミー・テレルの“All I Do Is Think About You”でした。
これは作者スティーヴィー・ワンダーが、1980年に発表した自身のアルバム『Hotter Than July』でとりあげ、広く知られることになった曲。
当時の邦題は「キャンドルにともした恋」。なんともおセンチで、いい感じ。
タミー版はそれよりずっと昔、1966年の制作ながら、長らくお蔵入りになっていました。
この曲が21世紀に入ってようやく流通しはじめたとき、私の周辺ではちょっとした騒ぎになったものです。
現在ではタミーのほかに、同時期に制作されたやはりモータウンのブレンダ・ハロウェイのバージョンも聴くことができるようになりました。
両者はよく似たアレンジですが、ジャジーなピアノソロをフィーチャーしたブレンダより、楚々としたグロッケンを配したタミーのバージョンのほうが、いまの私にはフィットしますね。
タミーは1945年生まれ。1970年3月16日に24歳の若さで亡くなっています。ブレンダは1946年生まれなのでほぼ同世代といえますが、いまなお健在です。
それにしても、1965年にこのメロディーを書き上げたスティーヴィーが、当時15歳だったという事実にはあらためて驚きます。早熟の才とはまさにこのことかと。

以上、サラーム・レミの新作アルバムに寄せる期待は高まるばかり、松尾潔でした。


第331回 2019年3月11日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。

先週は、1月7日にお届けした「メロウ・オブ・2018~松尾潔が選ぶ2018年メロウTOP20」をアンコール放送いたしました。
季節はずれの「あけましておめでとうございます」もまた一興でしたね。
今夜は一転、レギュラー・プログラム「メロウな風まかせ」をお楽しみいただきました。

ところで、本日で東日本大震災から8年です。
2011年の今ごろ、私は平井堅さんの新作アルバムをプロデュースしていました。
今夜のオープニングでオンエアした「さよならマイ・ラブ」は、そのアルバム『JAPANESE SINGER』に収められていたナンバーです。
8年は、長いか、みじかいか。

番組の中でもお話したように、きたる6月25日はマイケル・ジャクソンの命日です。
彼が亡くなってから10年が経とうとしています。
もはや、マイケルの死が震災より先だったかどうか、記憶が曖昧な方もおられるのでは。
10年は、長いか、みじかいか。

マイケル・ジャクソンのクインシー・ジョーンズ3部作の原点『オフ・ザ・ウォール』。
このアルバムがリリースされたのは1979年のこと。
40年は……そりゃたしかに長いですよね。
たしかに長い。長いけど、昔じゃない。そんな感じでしょうか。

そして、この番組『松尾潔のメロウな夜』は、4月からいよいよ放送10年目に突入します。
それを記念して、4月は久しぶりにゲストをお迎えしたいと思います。
私とは長いつきあいの方です。
しかるべきタイミングでお名前を発表しますので、どうかお楽しみに!

以上、H.E.R.とトーン・スティスのデュエットにはR&Bの未来を感じますね、松尾潔でした。


第330回 2019年2月25日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。
今夜もレギュラー・プログラム「メロウな風まかせ」をお届けしました。

まずはお詫びから。番組内でひとつ明らかな発言ミスがございました。
エステル“Better”の元ネタ曲のひとつとしてご紹介したメアリー・J・ブライジの曲ですが、私は何の躊躇もなく“I Can Love You Better”と言いました。
これは誤り。正しくは“I Can Love You”です。訂正してお詫びします。

ところが、言い間違いも楽しいもので(反省の色に欠けるようでごめんなさい)、これがきっかけでいろんな旧い記憶が甦りました。

以下、余話として。
そもそもなぜ間違えたかというと理由は簡単で、この曲、サビで〈I can love you better she can〉と歌っているからです。
もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、“I Can Love You”が収録されたヒットアルバム『Share My World』の発表当時(1997年)、私はメアリー・Jの極東エリア担当オフィシャル・ライターの立場にありました。
具体的に言うと、ニューヨークで催されたアルバムのリリースパーティーに、アジアからの唯一の派遣ジャーナリストとして出席したり、もちろん対面のインタビューをしたり、あるいは個人的に彼女とランチをご一緒したり。来日時には日本の業界人たちを彼女やマネージャーに紹介したり。
書くが三割、社交が七割って感じでしたかね。まだ私が制作活動に軸足を移す前の話です。

じゃあ、そこまで深く関わっていた「のに」なぜ堂々と曲名を言い間違えたのか?
……これって皮肉なことに、深く関わっていた「から」なんですよね。
発売前のデモ段階では、この曲のことを彼女のスタッフがよく“Love You Better”と呼んでいたんですよ、確か。
私にはなまじその印象が強いものですから、今回のように記憶だけで語ってしまうと、つい旧タイトルを口にしてしまったんでしょうね。たいへん失礼いたしました!

さらに余談を続けます。
このサビ歌詞の肝はどこか。それは〈better than she can〉だと、知り合いのアメリカ黒人から聞いた記憶があります。
アメリカの黒人社会では、若い男性が兵役や犯罪で命を落とすことが少なくない。
だから必然的に女性の人口のほうが多い。恋愛のステージにおいて、魅力ある黒人男性をめぐって複数の黒人女性が取り合うことが日常になってしまう。
このサビは一見よくある日記の一節のように見えて、背景には現代アメリカの黒人社会が抱える問題や闇が存在している。
メアリー・Jより技巧的に優れたR&Bシンガーなら、他にいるかもしれない。具体的かつ細密な描写なら、R&Bはラップというアートファームには敵いっこない。
それでもメアリー・Jが黒人女性のリアルな代弁者として圧倒的な支持を得ている理由のひとつは、こんなところにある。
……そんなことを熱く語ってくれた人がいましたっけ。
以来、「痛み」こそがメアリー・Jの強い武器だと理解できるようになりました。

以上、移民社会におけるカーディ・Bの圧倒的支持についても同様の思いを馳せてしまうなあ、松尾潔でした。


※過去3回分を掲載しています。
Page Top