メロウな徒然草

第527回 2023年3月20日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。
今夜は久しぶりのレギュラー・プログラム「メロウな風まかせ」をお届けしました。

前半はオクトーバー・ロンドンの衝撃作『The Rebirth of Marvin Gaye』のミニ特集でした。
ソウルとゴスペル(とお料理!)が大好きなスヌープ・ドッグによる、あまやかな企み。これに乗らない手はありません。ずっと浸っていたい気分にさせられるアルバムです。

後半では、米倉利紀さんの新しい快作アルバム『black LION』から、いちばんのお気に入り「バカなキミ」をピックアップしてお届けしました。
ところで、ぼくは学生時代からUSおよびUKのR&Bシーン周辺に特化した仕事を続けてきたのですが、久保田利伸さんからの助言もあり、90年代半ばからは日本語R&Bのプロデュースを始めました。いま思えば、最初はプロデュースの真似事でしたけど。
たいそうな覚悟もつよい決心もなく始めたせいか、はじめの数年は困惑や苦闘の連続。でも、やがて自分の進むべき道、目指すべき音楽がおぼろげに見えてきました。
それは「お箸の国のR&B」の達成。
日本では、海外発祥の料理でも箸を使って食べることが珍しくありません。また、それを特段奇妙なこととも感じていない。何より箸を使うことで、慣れないフォークやナイフを使うストレスから解放されたんでしょうね、むかしの日本人は。
例えば、炊きあげた白飯と八宝菜とビーフストロガノフとトリッパが同じ食卓に並ぶ、というのは、いま日本で日常的に見ることができる光景です。その前提となるのが、この国で暮らす人の多くが、最初から最後まで箸だけで食べ進めることができるからではないでしょうか。
話がちょっと脱線しかけてきました。本筋に戻しましょう。
『black LION』を聴いて真っ先に思ったのは、米倉さんは「お箸の国のR&B」をスムーズに達成しているではないか!ということ。それも、あまく、ほろ苦く、メロウに。
そのときぼくが抱いた心情は「感慨」と「敬服」がミックスされた特別なものでした。
米倉さんが2001年にリリースした作品に、久保田利伸さんの楽曲ばかりを歌った『gift』というミニアルバムがあります。「Indigo Waltz」「雨音」等の有名曲に、久保田さんが米倉さんに書き下ろした新曲「sole soul」が加わるという、プレミアム感の高い作品集でした。
つい先日久しぶりにじっくり聴き込んでみて、『black LION』でも聴きものになっている米倉さんのセンシュアスなコーラスアレンジは、20年以上も前にすでに完成していたことがよくわかりました。
早熟型の彼は若くしてスターになったけれど、その地位を得て漫然と歌ってきたのではなく、聴くこと、学ぶこと、考えることを続けて、歌い方も少しずつ変えていきました。
さらに重要なこととして、若い頃からのヴィジョンというのかな、音楽の大海原を進むための海図はずっと手離さずに来たような、ちょっとのことでは折れない一途さも感じます。
『black LION』はずっとそばに置いて聴きつづけるアルバムになりそうです。

さて、今週もリスナーのみなさんから数多くのメッセージをいただきました。ありがとうございます。今回まではバカラック関連のお便りに絞ってご紹介させてください。(以下、敬称略)

いつも楽しみに拝聴しています。 前回放送のバカラック特集、大変聞き応えのある回でした。 特に、チャカ・カーンの「Stronger Than Before」が頭から離れなくなりました。 Dionne Warwick版も聴いてみましたが、確かにこの曲はチャカ・カーンのちょっと癖のあるような雰囲気の方が合っている気がします。
(アーモンドシュガー・東京・50歳・女性)
お便りありがとうございます。番組の中でも触れましたが、もうひとり、ジョイス・ケネディのバージョンもなかなかのオススメですよ。

こんな意見で申し訳ありません。バート・バカラック追悼特集を果たして2週で終わらせてしまってよいのだろうか?と考えてしまった私。松尾さんが、「整理しきれないので、あともうちょっとだけやります。」と言って下さったならば…。これはないものねだりですかね。 正直知らないものも多かったですが、これをきっかけに「バカラックをめぐる旅」をしてみたいという気持ちになりました。さてどこから始めようか。
(ナガタ シズヤ・埼玉・52歳・男性)
本当にお好きなんですねえ。お気持ちはお察しします。それにしてもメッセージの終わりがスタイリッシュ。はじまりを感じさせて終わる!

Roberta Flack『I'm The One』、そうです!松尾さんのライナーノーツ、それでリクエストしました。 Chi-Litesはアナログ音源でしょうか。ターンテーブルが壊れてLARC盤LPが聴けないので、嬉しいプレゼントでした。ルーサーのフル・オンエアにも!! バカラックほどのビッグネームじゃないけど、いにしえのスターが次々とお亡くなりに。 3月11日14時46分はサンドウィッチマンのラジオを聴いてました。 姪の旦那は避難民。地元には住めないとのこと。インフラも整ってないし、仕方ないのか。 19日はもう1人の姪が結婚式。オレの誕生日でもありメデタイな。では。
(Buck$pin・福島・58歳・男性)
昨日3月19日はダブルでハッピーな日だったんですね。私からもお祝いの言葉を贈らせてください。おめでとうございます。はい、シャイ・ライツはアルバム『Bottom’s Up』のヴァイナル(レコード)でお届けしました。ところで、ロバータ・フラックの『I’m The One』に、魔法のように美しいメロディの“Never Loved Before”を提供していたシンガーソングライター、ボビー・コールドウェル。彼も先週14日に亡くなったことが報じられましたね。享年71。いかにも若すぎます。長年のファンとしては、たまんないですよ。心から哀悼の意を捧げます。

ロバータ・フラックさんのお話をされていましたね。 2022年11月、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患して現在闘病しており、会話することも困難になったことが広報担当者により公表された。この記事が気になって仕方ありません。
(ろばた・ぶらっく。・埼玉・61歳・男性)
このニュースには私も胸が痛みました。ALSに根治的な治療法はないと聞きますが、少しでも苦しみが緩和されること、そして長寿を祈っています。

松尾さん,こんにちは。 松尾さんチョイスによる2週に渡るバカラックR&B大全。 素晴らしいもの頂戴いたしました! もはや饒舌なDJがつなぐバカラックメドレーで 近場で例えるなら達郎さんの『Come Along』の〈Night Cruising Side〉とでも言いましょうか。 トークのさりげないBGMもすべて凝っていて、最初から最後まで捨て箇所なし、 30分1ロールの1曲としてファイリングさせていただきました。 さらにその中に私のメールのコメント入りという予期せぬサプライズが入っていて、 確実に永久保存盤となったのはいうまでもありません! ありがとうございました。 余談ですが、好き者の私はバカラックが90歳を迎えた際に 「祝バカラック卒寿!私の好きなバカラック90曲」というA4・8Pの冊子(自己解説入り)を 作っていたのですが、そこに選出した曲からなんと今回、 演者と楽曲がセットのオリジナルが9曲(BGM使用とアウトテイクも含む) 楽曲だけだとこれに加えて5曲という素敵なマッチングを得て大興奮しました(笑) 嬉しさのあまり、 冊子のPDFを松尾さん宛にお送りして見て頂きたいとまで思いましたが 番組へのデータ添付は不可能と知り、諦めた次第です(苦笑)  とにもかくにも素敵な特集を本当にありがとうございました。 これからも番組を楽しく拝聴させていただきます。
(馬鹿楽・千葉・64歳・男性)

お楽しみいただけて何よりです。ありがとうございます。かなりの高確率でマッチングしたようですね! さて調べたところ、メロ夜にかぎらずNHKの番組でデータ添付は受け付けていないそうなので、ご理解いただければ幸いです。もちろんハガキやお手紙は受け付けていますよ。メールは苦手、あるいはメールでは伝えにくい事情がある、そんな方は郵便でお送りください。宛先は、〒150-8001 NHK放送センター「松尾潔のメロウな夜」行。これだけで届きます。2010年の番組スタート当初ほどではないものの、現在でもまれに封書をいただくことがあり、そのたびに背筋が伸びます。

来週も定番プログラム「メロウな風まかせ」をお届けします。春の夜にぴったりの新曲たちがあなたを待っていますよ。お楽しみに。

以上、「馬鹿楽」のようなアーティスト名の漢字表記遊びはもっと広がりそう、松尾潔でした。


第526回 2023年3月13日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。
今夜は2週連続のバート・バカラック追悼特集「メロウなバカラック」その後編をお届けしました。

まとめて聴けばその良さをしみじみ感じるものですね、バカラック流儀のR&B。
還暦を過ぎても新曲を書き下ろしつづけ、シーンで存在感をアピールしたバカラック。私にとっては流石のひと言です。
でも生前も没後も、この時期の作品群はさほど高い評価を受けているように見えません。それが歯痒くて。
今回の2週にわたる特集は、そんな風潮に対しての私なりの異議申し立てでもあります。
とはいえ憤慨するような類のことでもないですから、あくまでメロウに、ね。
一応、先週は女性中心、今週は男性中心と銘打ってはいたものの、男女デュエットが2週をシームレスに繋いでくれたような気がします。
R&B means “Rhythm & Bacharach” そう言いきりたい!

さて、今週もリスナーのみなさんから沢山のメッセージをいただきました。ありがとうございます。今回はバカラック関連のお便りに絞ってご紹介しましょう。(以下、敬称略)

バート・バカラックが亡くなり、不躾ではありますが、メロ夜での特集を心待ちにしていました。 僕にとっては60年代の彼の作品が最高で、R&Bとの相性ではアレサ・フランクリンしかいないとの先入観でしたが、今回放送での楽曲群で印象が若干修正されました。 80年代以降もメロウでスムーズ!! オケとソウルフルな女性ボーカルが実に華やかですね。後で調べたらアレサの曲、しっかりCDで持ってました(笑)
(FUN×4・岐阜・56歳・男性)
ありがとうございます。今夜ご紹介した男性ボーカルはいかがでしたか。

メロ夜でバカラックをしかも、パート1・2と聴けるとは思ってもみませんでした。映画音楽でバカラックに出会い“アルフィー” “ルック・オブ・ラブ”のちょっと不思議なメロディー、というか音の中でまるでストーリーが展開するかのようで(きっと歌うの難しいでしょうね)とても好きになりました。R&B系のカバー曲の中には、全く別物を聞いているようなものもあり、どちらがすごいのかわかりませんが、驚きです。パート2が待ち遠しく楽しみにしてます。
(えこりん・愛知・63歳・性別回答しない)
「全く別物を聞いているよう」という率直なご感想がじつにリアルで好感を抱きました。先週オンエアしたグウェン・ガスリー“Close To You”、あるいはシビルの“Don’t Make Me Over”や“Walk On By”を初めて聴いたときに私もそんな印象を受けたことを思い出します。

松尾さん、チームメロ夜のみなさま。こんにちは。啓蟄も過ぎ、ベニシジミ蝶を見かけました。春ですね。子どもの進学準備などで、なんだか落ち着かない日々ですが、週の始まりをメロ夜で心和ませています。待望の「メロウなバカラック」特集!これを書きながらも、聴き逃しサービスで松尾さんの極上の選曲と解説に酔いしれております。カーペンターズの「Close To You」はカバー曲だった、ということを恥ずかしながら初めて知りました。Gwen Guthrie版も最高ですね。そしてCubic Uの「Preious」!、主人と付き合っていた頃、彼が持っていたアルバムです。最近のカバーでは藤井風さんバーションが記憶に新しいですね。松尾さんの仰る“耐久性”、歌い継がれる耐久性ということでもあるんでしょうね。「That's What Friends Are For」は当初ルーサーでトライしていたとは!結果的に全世界に確実に広がったこのエルトンとのパフォーマンスは素晴らしく、またドラマティックであるの一言に尽きます。私は長年の友人とは、人生辛い時はお互い寄りかかりながら支え合っています。
(かんまり・大阪・54歳・女性)
お子さまの進学、お連れ合いとの思い出、そして友情。いろんな局面で音楽の記憶がある〈かんまり〉さんの人生は素敵ですね。もちろん、リスナーの人生に寄り添う音楽を作りつづけてきたバカラックも素晴らしい!

来週は定番プログラム「メロウな風まかせ」をお届けします。溜まった新譜を大放出しますのでお楽しみに。

以上、吉井勇曰く「長生きするのも芸のうち」、松尾潔でした。


第525回 2023年3月6日放送分

いつもご清聴ありがとうございます。
今夜は2週連続のバート・バカラックの追悼特集「メロウなバカラック」その前編をお届けしました。

私がプロデュースしたCHEMISTRY×Da-iCE「スパロウズ」を起点に、US R&Bヒストリーに残るスペシャルな男性ユニットをいくつかご紹介しました。
なかでもインパクトがあったのはマイルストーンでしょうか。ジョデシィとアフター7(とベイビーフェイス)の共演。ヘイリー兄弟とエドモンズ兄弟の合体ユニットと呼ぶこともできますね。
惜しくもマイルストーンはこの1曲で終わってしまいました。アルバムまで作ったらどんなすごいものができたのでしょうか。そう思うと残念でなりません。
ではCHEMISTRY×Da-iCEは? うーむ。今のところアルバムを作る予定はありませんが!

今週もリスナーのみなさんから数多くのメッセージが届きました。ありがとうございます。今回は「スパロウズ」とバカラック、その2つについてのものがほとんどでした。その中からいくつかご紹介させていただきます。(以下、敬称略)

CHEMISTRY × Da-iCEのスパロウズ、とてもいいですね!! 久しぶりに鳥肌が立つほどの曲に出逢いました。 なんとなく懐かしいメロディーと4人の歌声が響き合って、大空を翔けるような気持ちに。明日の配信が楽しみです!!
(lucky River・東京・45歳・性別回答しない)
力強いメッセージ、ありがとうございます。作り手としてたいへん励みになります。〈lucky River〉さんのお気持ちのなかで雀たちは羽ばたくことができたんですね!

興味深い話題が満載でしたね。色々と考えさせられました。スペッドアップは初めて知りました。とても面白いと思います。初めてダブバージョンを聴いたときのように感動し、自分でもやってみたくなりました。スモーキー・ロビンソンに関しては、最近ではAIによるニュースの読み上げもあることから、実はAIによる歌唱だったりして、などと疑いたくなります。テクノロジーの進化には驚くばかりです。 スパロウズですが、時節柄まるまるとして愛らしいふくら雀を連想しました。最近よく目にします。
(Hot Butturfly・新潟・55歳・男性)
前々回の放送内容へのご感想。全く想定外の角度から雀たちに言及されており、私は微苦笑するのみ。

今週も素敵な放送をありがとうございました。 「スパロウズ」! この美しくたくましい楽曲に、とてつもなく感動しております。「You Go Your Way」が「月明りと涙」で彩られているとしたら、「スパロウズ」は「夕焼けと雨」に包まれている作品だと思いました。 夕焼け、という言葉は歌詞には直接には登場しないですが、歌詞世界への妄想をたくましくすると、「光る舗道」の「光」は、おそらくは「斜陽」である可能性が高いと思います。 そしてここでそのまぶしさに目を細める「僕」の脳裏には、「You Go Your Way」で描かれた物語がよぎったのではないか、とさらに妄想を広げる僕です。 しかしここで「僕」は、切なさに胸を締め付けられるのではなく、むしろ力強く現在を肯定しているように僕には思えて、そこに物凄く感動しています。 おそらくは雨上がりの夕焼け空を元気に羽ばたいていく二羽のスズメ、そこに僕は、有り得たかもしれない「今」への喪失感というよりも、もっと前向きな感情を覚えました。「喪失すらも、ひとつの思い出として今の自分を支え、そっと背中を押してくれている」といったような…。 とりとめのなさにも程がある乱文ですが、「スパロウズ」で引き起こされたこの感情のたかぶりが、松尾さんに少しでも伝わってくれたらと思っております。素敵な、そして熱い作品をありがとうございました! 来週の放送も楽しみにしています! 「もうひとつの"You Go Your Way"」
(ズボンは四角・山形・40歳・男性)
深いご考察、ありがとうございます。夕焼けはとくに意識していなかったのですが、言われてみればその通りですね。夕立のあとに舗道を照らす光なのですから。詞の設定は与謝蕪村の名句『夕立や 草葉をつかむ むら雀』に想を得ました。「ぼく」の脳裏に浮かぶのは「あったかもしれないもう一つの人生」です。これはミシェル・フーコーの名著『知の考古学』にある「言表が帰属する現在とは別の現在」という考え方を参照したものです。〈スボンは四角〉さんのご明察ぶりに心から敬意を表します。それと同時に嬉しかったのは、曲を聴いて前向きな感情を覚えたというご感想です。それこそがポップミュージックの使命だと信じているからです。

You'll Never Get To Heaven (If You Break My Heart) / The Stylistics。メロウなバカラックさん。自分は、この曲を思い出した次第です。 妻が、エレクトーンでバカラック・ナンバーを弾くこと。最近の自分の小さな願いです。
(のど飴美味しい・埼玉・61歳・男性)
「小さな願い」ときましたか。そんな〈のど飴美味しい〉さんにとって、今週の特集はいかがでしたか。

松尾さん、スタッフの皆さん。今週の放送も楽しかったです! 選曲の流れがすごく面白くて、 たくさんお気に入りに入れました。最後のほうでお話ししていましたが、熱唱しなくてもメロウな雰囲気を伝えられる、という言葉が印象に残りました。年齢のせいか、声や楽器の音をはっきり聴き取れるような、シンプルな曲を好むようになってきた気がします。 だからといって、自分の好みを決めつけず、様々な曲を楽しめるのがラジオの好きなところです。それは、メロ夜のように、素敵な曲を紹介してくれる大好きな番組があるからなので、いつも感謝しています。バカラックの曲はあまり知らないので、来週からの特集を楽しみにしています。
(お抹茶・千葉県・43歳・女性)
ご愛聴ありがとうございます。今夜の特集もお楽しみいただけましたか。ひとつ気になったのは「年齢のせいか」というくだり。43歳になって、気づけばシンプルな曲を好むようになってきた……うーん、わかるような、納得できないような。なんて55歳の私は思うわけですが。リスナーのみなさんはいかがお考えですか。

来週は「メロウなバカラック」後編をお届けします。あの決定的名曲のライブバージョンもオンエア予定。どうぞお楽しみに。

以上、作曲は大人数によるコライト全盛が主流となった現在ではバカラックのようなカタチで職業作曲家が世に出ることは事実上不可能だろうなあ、松尾潔でした。


※過去3回分を掲載しています。
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