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2019年11月号

はいたい!みなさん、はじめまして!
NHK沖縄放送局アナウンサーの荒木さくらです。
 

特集1:離島フェアリポート!

今年で31回目を迎えた「離島フェア」。沖縄本島に18の離島市町村が大集合!
離島が一堂に会するこのイベントは、県民のみなさんにとっては毎年楽しみにしている催しとのこと。

さっそく私も行ってきました!

離島フェア看板

フェアに行った当日(16日)は、晴天!11月とは思えない、汗ばむ気候でした。

写真2 離島フェア会場盛り上がり
会場に入ると、人!人!人!買い物袋を持った、たくさんの人でにぎわっていました。

番組で志ぃさーさんがおいしそうに頬張っていた、粟国島のもちきび生麺!
粟国島は、那覇泊港よりフェリーでおよそ2時間です。
「離島フェア2019」で優良特産品、優秀賞を受賞したこちらの麺には、「マージン」とも呼ばれる「もちきび」というイネ科の植物が練りこまれています。
離島フェア もちきび生麺

特設ステージでは、島じまの芸能を観ることもできました!

離島フェア大東太鼓
まずは大東太鼓です。島民のルーツである八丈島の文化が今も息づく、南大東島の大東太鼓。とてもリズミカルでした。
離島フェア慶良間太鼓

つづいては慶良間太鼓。パフォーマンスにも力を入れていました!

1日で沖縄の島じまを巡る、プチ旅行をした気分になりました!
 

特集2:火災から1か月 首里城への人々の思い

現在の首里城

10月31日、火災により焼失した首里城についてです。首里城をめぐる動き、沖縄県民にとって首里城とはどのような存在だったかなど、琉球史研究家の賀数仁然さんと一緒に考えました。
賀数さんは、県民に悲しみが広がる理由について「沖縄戦で焼けてしまった首里城の再建は、かつてコンプレックスを持っていたウチナーンチュが、平成になり、どんどん自信を持っていった1つの象徴だった。その存在を失ってしまったからだ」と分析します。志ぃさーさんも「本土復帰して、芸能やスポーツが認められていく中で、首里城が出来たときには心のシンボルが出来た気持ちだった」と話していました。

池上永一さん

番組内では、首里城を舞台にした小説「テンペスト」の作者、小説家の池上永一さんへのインタビューも放送しました。「テンペストは立派な首里城にふさわしいソフトウェア(物語)が必要だと思って書きました。新しい城が再建されたときには、また新しい物語でお祝いしてあげるべきだと思うので、その時は書きます」と話されていました。

首里城は焼失してしまいましたが、沖縄県民の思いや魂が無くなったわけではありません。
再建までには長い時間がかかるでしょうが、首里城のことを忘れずにいたいと思います。
土橋大記アナウンサー、荒木さくらアナウンサー、賀数仁然さん、志ぃさーさん

土橋大記アナウンサー、荒木さくらアナウンサー、賀数仁然さん、志ぃさーさん

次回は、来年、2020年の1月31日(金)の放送です。
みなさん、良いお年を!


番組中に紹介した曲

♪DIAMANTES「HASTA MANHA」
♪金城恵子「ヒヤミカチ節」


2019年10月号

熱中倶楽部10月号のMCを担当したNHK沖縄の黒住駿です。志ぃさーさんと楽しく進行させて頂きました。
全国の皆様からのメッセージ、本当にありがとうございました。

特集1:23年連続出荷量全国1位!沖縄の誇る味覚・車えび

特集の1つ目として、沖縄の誇る味覚・車えびについてお伝えしました。
沖縄は車えびの養殖が非常に盛んで、現在23年連続で出荷量が全国1位を誇っています。
高級食材として知られる車えび。
沖縄県内では、いけすの水温が下がって適温になる10月頃から活きた車えびの出荷が始まります。

<沖縄県産・旬の車えび>

<沖縄県産・旬の車えび>

沖縄本島北部のある養殖場でも、10月から出荷が始まりました。
作業は毎朝6時半からスタートし、いけすから水揚げしていきます。
その後、手際よく大きさごとに選別。生きたまま“おがくず”を詰めた箱に梱包され、午前中には全国に出荷されていきます。
鮮度を保つため、時間との勝負です。

<車えびを5つの大きさごとに選別する作業>
<車えびを5つの大きさごとに選別する作業>

車えびの収穫は、下の写真のような1度入ると出られないワナのようになっている仕掛け網を水の中に入れて行われていることもご紹介しました。
<車えびの収穫で使われる仕掛け網>

<車えびの収穫で使われる仕掛け網>

車エビは夜行性なので、夕方に仕掛け網を仕込むと、翌朝にはエサにおびき寄せられた多くの車エビが網の中に!
最盛期には1日に800キロも水揚げされます。

最後に、こだわりの餌で育った巨大な車えびも紹介。

<巨大サイズの車えび 志ぃさーさんと一緒に撮影!>

<巨大サイズの車えび 志ぃさーさんと一緒に撮影!>

市場では、20センチを超えるものは「大車(おおぐるま)」と呼ばれ、希少価値が高いそうです。
魅力たっぷりの車えび、是非一度、食べてみて下さい!

特集2:那覇市出身のシンガーソングライター・Coccoさんインタビュー

番組後半では、那覇市出身の歌手・Cocco(こっこ)さんのインタビューをお送りしました。
聞き手はCoccoさんと同世代で、大ファンの堀越将伸アナウンサーです。
「どのように歌が作られていくのか」という質問に、「歌は自然に生まれてくるもの。色々な感情や思いが自分の中に蓄積されていくと、それが貯めていられなくなって歌となって出てくる」とのお答え。
だからこそ多くの人がCoccoさんの曲で共感するのだなと改めて感じました。

<Coccoさんと聞き手・堀越将伸アナウンサー>

<Coccoさんと聞き手・堀越将伸アナウンサー>

また「ふるさと沖縄と自分の関わり」についても話してくださいました。
当初は“沖縄のアーティストということで評価されたくない“と考え、沖縄のテイストを積極的には出さなかったというCoccoさん。
しかし次第に、その気持ちが変化していきました。2010年には、初めて全編を島言葉で歌った『絹ずれ~島言葉~』を発表。
実は父親をはじめ家族から「中途半端な島言葉は使わなくていい」と子どものころから島言葉を教えてもらえなかったというCoccoさん。
この曲は、そんな父親が島言葉で歌詞を書いてくれたもので「はじめてウチナーンチュであることを父に認められた気がした。ウチナーンチュCoccoにとって大切な曲で、大好き」と話してくださいました。


番組中に紹介した曲

♪「海の声」(三線バージョン)
♪Cocco 「強く儚い者たち」
♪Cocco 「海辺に咲くバラのお話」
♪Cocco 「絹ずれ~島言葉~」

2019年9月号

特集1:しまくとぅばを後世に ~沖縄芝居の可能性~

9月18日は、く(9)とぅ(10)ば(8)の語呂合わせで「しまくとぅばの日」です。
沖縄県内各地で受け継がれてきた言葉「しまくとぅば」。暮らしの中で主に「しまくとぅば」を使うという人は沖縄県民の6.5%で、ユネスコは「消滅の危機に瀕する言語」に指定しています。今回は、「しまくとぅば」を話せる人が年々減る中、芝居を通じて継承しようとする人たちの姿を取り上げました。
沖縄で紙芝居を上演している佐渡山安博(さどやん)さんは、「しまくとぅば」を交えた紙芝居を30作品作っています。

那覇市の書店で行われた紙芝居イベントのようす

那覇市の書店で行われた紙芝居イベントのようす

「しまくとぅばが物語の中で感情にのって出てくることで覚えやすくなる」と語るさどやんさん。しまくとぅばの入門編として、子どもたちにクイズを出しながら言葉の楽しさや語感の面白さを知ってもらおうとしています。
参加した子どもたちは「くわっちーさびら(いただきます)」や、「いっぺーまーさん(とっても美味しい)」といった言葉を楽しみながら覚えていました。

一方、「しまくとぅば」を生活感あふれる“生きた言葉”として残したいと話すのは、国立劇場おきなわの嘉数道彦さんです。初心者向けの「沖縄芝居鑑賞教室」を企画しました。
沖縄芝居は、明治時代に県内各地の芝居小屋で誕生した沖縄独自の喜歌劇で、娯楽が少ない頃に圧倒的な人気を集めました。地元の風土に根ざした、絶妙な掛け合いが繰り広げられます。
全編「しまくとぅば」で演じられますが、鑑賞教室では舞台の両袖に共通語の字幕がついていて、セリフが聞き取れなくても楽しめます。
嘉数さんは「しまくとぅばは沖縄のアイデンティティが詰まった言葉。意味や発音だけではなく、そのニュアンスや感覚の世界観を味わってほしい」と話していました。
実は、先にご紹介したさどやんさんも沖縄芝居の大ファン。沖縄芝居を題材にした新作の紙芝居を制作中で、年内の完成を目指しているそうです。

特集2:熟しても緑色!大きくて甘いキーツマンゴー

マンゴー生産量が日本一の沖縄。中でもマンゴーの里とよばれる豊見城市では、8月から9月にかけて「キーツマンゴー」の収穫が最盛期を迎えました。熟しても緑色という不思議な果実。大きさは、一般的な赤いマンゴーの約2倍、糖度20度にもなる濃厚な甘さが特徴です。ゲストに若手農家の大城徹也さん、JAおきなわの眞壁浩一さんをお招きし、日頃の管理や、収穫後に室温を20度前後に保った倉庫で追熟させることで甘くなると伺いました。最近ではシンガポールや香港にも一部輸出しているとのこと。アジア各地で沖縄のキーツマンゴーが見られる日が来るかもしれません!

(左から)眞壁浩一さん 竜田理史アナウンサー 志ぃさーさん 大城徹也さん

(左から)眞壁浩一さん 竜田理史アナウンサー 志ぃさーさん 大城徹也さん


番組中に紹介した曲

♪下地勇「うさぎとかめ」
♪池田卓「うさぎとかめ」
♪安室奈美恵「NEVER END」
♪BEGIN「島人ぬ宝」

2019年8月号

特集1:デビュー20年! 沖縄を思い続ける歌手・夏川りみさん(石垣島出身)

今回は、糸満出身の私、池間昌人が、デビュー20年を迎えた歌手・夏川りみさんのインタビューをお送りしました。
8月中旬、お会いしたのは東京のスタジオです。コンサートの準備などでお忙しい中でしたが、目を見ながらやさしい表情で話してくださいました。
(左から)池間昌人アナウンサー 志ぃさーさん

(左から)池間昌人アナウンサー 志ぃさーさん

まず伺ったのは、ご本人も大きな転機となったという『涙そうそう』との出会いです。
同じ石垣出身のBEGINが「涙そうそう」を歌っているのも見て、曲に一目惚れ。
「私にも歌わせて!!」と懇願してリリースしたいきさつを聞かせて下さいました。
最初は断られてしまったそうですが、何度も何度もアタックし、作詞の森山良子さんにもお願いし、ついに歌うことが許されました。
しかしレコーディングの現場に来ていたBEGINの皆さんからは「曲の意味をわかって歌っているのか?」という厳しい指摘を受けました。
以来、歌詞の意味を踏まえながら、大切に歌い続けているそうです。
ちなみに最初、BEGINの皆さんは「涙そうそうは無理だけど」ということで、代わりになる曲を作って提供してくれたとのこと。同郷の愛を感じますね。
そんな夏川さんといえば、衣装にミンサ―柄を取り入れるなど、沖縄の文化を大切にしています。
いま取り組もうとしているのは「島々に伝わる歌を歌い継ぐこと」。
「私の歌声で、各地の伝統を残していきたい。いつか、島唄だけを収めたCDを出したい」。そう、力強く話して下さいました。

特集2:日本遺産認定『琉球料理』の魅力とは!?


地域に残る伝統文化を発展させようと文化庁が定める日本遺産に、ことし『琉球料理』が認定されました。
『琉球料理』は、いま沖縄の食卓に上る料理とは少々異なる琉球王国時台からの伝統料理のことを指します。
たとえば、いまゴーヤーチャンプルーというと、ランチョンミート(缶詰肉)を入れるのが定番ですが、実はこれは米軍占領下で、ランチョンミートの使用が増えていった影響を受けています。
かつては時間をかけて茹でた豚の三枚肉を多く使っていました。こうした調理法では、塩分や脂などがある程度そぎ落とされます。
そこでいま、健康食としても改めて注目されているのです。

琉球料理(写真左が福飯御雑炊)

「琉球料理(写真左が福飯御雑炊)」

番組では那覇市内の琉球料理教室を訪問。
ジューシーの一種『福飯御雑炊』(フクハンウジューシュー)の作り方を教わりました。
普段よく目にするジューシー(クファジューシー)とはちょっと違い、色は淡く、優しい味が特徴です。
暑さで食欲が落ちがちなこの季節にもピッタリの味でした!材料と作り方をご紹介しますので、挑戦してみてはいかがでしょうか!?

『福飯御雑炊(フクハンウジューシー)』のレシピ
【材料】(5人分)
コメ・・・・・・・3合
豚肉(三枚肉)・・・150グラム、
干しシイタケ・・・3~4枚
きくらげ・・・・・2枚
薄揚げ・・・・・・4分の1枚
ニンジン・・・・・50グラム
(調味料 炊飯用)
豚だし・・・・・・3カップ半
塩・・・・・・・・小さじ1
(調味料 具材用)
砂糖・・・・・・・小さじ1
しょうゆ・・・・・大さじ3
かつおだし・・・・大さじ4

【作り方】
1.    コメを豚だしと塩小さじ1で炊いておく
2.    具材(豚肉・干しいたけ・きくらげ・薄揚げ・ニンジンの順で)をそれぞれ5ミリ角に切り、フライパンで炒める
3.    火が通ったら調味料を(砂糖・しょうゆ・かつおだし)加え、味を調える
4.    炒めた具材を炊きあがったご飯と混ぜ合わせる
5.    フタをして5~10分蒸らす できあがり!


番組中に紹介した曲

♪夏川りみ「涙そうそう」
♪夏川りみ「美らさ愛さ」

2019年6月号

特集1:魅力満載! 船でしか行けない里・船浮へGo!

「イダの浜」

「イダの浜」

船浮(ふなうき)集落は、西表島の西部にある集落で、住民はおよそ40人。集落を一歩出るとマングローブや原生林が広がる、まさに秘境の里です。他の集落からの陸路はなく、交通手段は船のみ。集落の人は自前のボートをマイカー代わりに、隣の白浜集落まで往き来します。
そんな船浮を訪ねました。
案内してくれたのは、船浮出身のシンガーソングライター、池田卓(いけだ すぐる)さん。
海岸沿いの集落を少し歩けば、天然記念物の植物や琉球王国時代の伝説に出会えます。地元の民宿で作るパンも名物です!中でも人気は愛らしいイリオモテヤマネコをモチーフしたパン。

「ヤマネコパン」

「ヤマネコパン」

集落から約600m、徒歩15分の「イダの浜」は、まさに手付かずの絶景ビーチ。波が穏やかなのでシュノーケリングには最適で、竜宮城に迷い込んだ気分になれます。夜の集落は昼間とは違う風情が。コノハズクやカエル、コウモリの大合唱を堪能できます。
さらに誰もが知っている童謡「うさぎとかめ」を池田さんが「船浮」弁で披露、ふるさとへの思いも語っていただき、船浮の魅力をお伝えしました。

「ヤエヤマハマゴウ」
「ヤエヤマハマゴウ」
「セマルハコガメ」
「セマルハコガメ」

特集2:慰霊の日の平和の詩「生きる」が合唱曲に

「今年(2019年)の慰霊の日」
「今年(2019年)の慰霊の日」

「今年(2019年)の慰霊の日」

6月23日の「慰霊の日」。沖縄戦最後の激戦地糸満市摩文仁にある平和祈念公園で開かれる「全戦没者追悼式」で毎年注目されるのが児童生徒による平和の詩の朗読です。
今回は去年(2018年)、この場で発表された詩、当時中学3年生だった相良倫子さんの「生きる」が合唱曲となり、広がろうとしているという話題をお伝えしました。
この詩は、相良さんの会場全体を見渡しながら、一度も下を見ず、一人一人を見つめるように伝えた表情、そしてメッセージ性が大きな反響を呼び、著名人も絶賛しました。
それから1年。このほど長崎市在住の音楽家寺井一通さんが、この詩に曲をつけ、千葉県で合唱が披露されました。

「千葉県での公演」

「千葉県での公演」

寺井さんは50年近くにわたり、被爆地長崎で平和を訴える曲を手がけてきました。去年6月23日、相良さんの詩の朗読をテレビで見ながら作曲を決意。そのときの気持ちを「1も2もなく作曲しようと。こういう体験というのは初めてですね」と振り返ります。その後「15歳の女の子の思いにこの曲は、メロディーは即しているだろうかとずっと考えた」という寺井さん。半年をかけて21分間の合唱曲に仕上げました。

「寺井一通さん」
「寺井一通さん」
「合唱曲生きる」
「合唱曲生きる」

50年のキャリアで最も難しかったと曲作りでしたが、その原動力となったのは『平和とは当たり前に生きること』という詩の一節でした。(話はそれますが、先日放送させていただいたベトナム戦争などの取材で知られる報道カメラマン石川文洋さんは「普通の生活ができることが平和なんです。ビルがあって、コンビニがあって、何か買ったり。当たり前が平和なんです。戦争を見てきたから、戦争がないということはどんなに平和な事かと感じます」と話されていました)「倫子ちゃんよりずっと長く生きてきた人間としてやっぱり考えなければいけない。なんか倫子ちゃんに背中を押されたような気がした」と寺井さん。今後、幅広い世代に歌って欲しいと願っています。

沖縄熱中倶楽部

番組中に紹介した曲

♪池田 卓「島の人よ」
♪モンゴル800「小さな恋のうた」
♪朝霞舞・国吉なおみ・国吉昭子「月桃」


2019年5月号

台湾から沖縄が見えてくる

沖縄熱中倶楽部

今回は沖縄の最西端・与那国島からわずか111キロの距離にある台湾を取り上げました。
昨年度、台湾から沖縄に訪れた観光客は過去最高の90万人台に上りました。一方で、近年、沖縄の若者の間で、台湾は留学先として注目を集めるなど、人の行き来が盛んになっています。
そんな沖縄と台湾ですが、かつては今とは全く異なる人々の往来や交流がありました。
台湾を拠点に活動するフリージャーナリスト、松田良孝さん(写真右)をスタジオに招き、戦前から戦中、戦後にかけての沖縄と台湾の関わりをお話いただき、これまであまり語られてこなかった沖縄の姿を紹介しました。

前半は、松田さんの著作『与那国台湾往来記』を紹介してもらいました。
1895年に日本に台湾が割譲されると、沖縄から台湾に渡る人が急増。進学や就職が目的だったそうですが、沖縄にはない大きな建物や鉄道がある大都会へのあこがれも強かったようです。
本の中では、カジキの突きん棒漁に携わった方の証言が生き生きと紹介されています。
台湾東部、与那国に最も近い港、蘇澳南方には沖縄出身者が暮らす集落もでき、映画館や料亭などもあったそうです。

後半は、太平洋戦争末期、沖縄から台湾へ疎開した人々の証言をつづった『台湾疎開』を紹介しました。(台湾疎開については、これまで本島の地上戦や八重山のマラリア被害に比べて語られることが少なく、体系的にまとめられることもなかったそうです。)
松田さんによると、疎開した人の多くは、女性や子供、高齢者でした。
疎開先によって状況は様々だったそうですが、疎開者は空襲やマラリア、そしてひどい飢えに苦しみました。
終戦前後は支援が途絶えて引き揚げも遅れる中、多くの人は、民間の船をチャーターし、命からがらそれぞれの島に帰りました。その時に疎開者の受け入れ先となったのが、沖縄出身者の集落があった蘇澳南方だったそうです。
松田さんは「それまでの人々の往来や交流があったからこそ、疎開者の受け入れ先として機能した」と話します。
まさに、歴史は、人々の関わりが連なって作られていくものだと感じました。
番組では、近年、台湾と沖縄双方で生まれている、人々の往来や交流の歴史を大切にしようという動きも紹介しました。

沖縄熱中倶楽部
おやつタイムには、松田さんからの土産、パインケーキをいただきました。
観光客の皆さんにおなじみのパインも水牛ももともとは台湾から沖縄に伝わったものです。
沖縄熱中倶楽部

松田良孝さんの著作
与那国台湾往来記「国境に暮らす人々」(左)
台湾疎開「琉球難民の1年11カ月」(右)
(いずれも南山舎発行)

沖縄熱中倶楽部

「『沖縄籍民』の台湾引揚げ証言・資料集」
琉球大学の中村春菜さんが、赤嶺守教授とまとめた証言、資料集。
疎開者だけでなく、進学や就職した人、台湾で生まれた人、軍人など様々な境遇の人について、台湾から引揚げてきた当時の証言や資料をまとめたもの。
販売していませんが、沖縄県内全市町村の図書館と大学附属図書館、JICAの図書館に置かれています。


番組中に紹介した曲

♪ディアマンテス「片手に三線を」
♪KENYU(ケンユー・台湾の三線奏者)「蕃薯囝仔(ハンチャ・ギャー)」 
※元の歌は池田卓「島の人よ」

2019年4月号

宮古エリア“伊良部島のおばあ”に聞く!穴場スポット

平成最後の沖縄熱中倶楽部は、いま観光客に人気急上昇の宮古エリアを特集しました。
3月には、2つ目の空の玄関口として下地島空港に定期便が就航。ますます目が離せない現地を取材しました。

沖縄熱中倶楽部

<宮古島与那覇前浜ビーチ>

「この海はいくら見ても飽きない」と語る観光客の皆さん。たしかに綺麗さは格別です。
しかし!宮古の魅力は景色だけではありません。
今回は宮古島から橋で繋がる伊良部島を訪れ穴場スポットをご紹介しました。
案内してくださったのは島を知り尽くしたガイドの普天間一子さん(59)です。
普天間さんは、島の言葉を使った街歩きツアーのガイドを務めていて“伊良部の名物おばあ”として親しまれています。

沖縄熱中倶楽部
<普天間さん(左)、竜田アナウンサー(右)>

私(竜田)が釣り上げている(?)のは、カツオ!伊良部島では110年ほど前からカツオの一本釣りが盛んで、カツオ漁の県内シェアは約8割。まさに“カツオの島”です。まずは普天間さんに島の名物になっているカツオの「なまり節」の加工場に連れて行っていただきました。「なまり節」はカツオ節になる前のまだ柔らかい状態のものです。
この工場では多い日には1日50~60匹のカツオを加工します。頭や尾を落とし、ゆでて、骨抜きをしたあと1晩置いて熟成。さらに島に自生するモクマオウという木を燃やして、いぶして作られます。手間暇かけて作られる逸品です。
魚の食感がしっかり残っていて、炒め物やサラダに合わせてもおいしくいただけるそうです。
沖縄熱中倶楽部

<カツオのなまり節>

さて、次に訪れたのは・・・なんと普通の民家!ここで島の風習「やーがまくーがま」を体験しました。
やーがまくーがまは、宮古島の言葉で、ご近所同士でお互いの家に上がっておしゃべりをすることをいいます。島で暮らす方やガイドツアーの参加者と机を囲みながら、お家のおばあ手作りの「むーちー」(おもち)をいただきました。月桃の葉っぱで包んであるので、食べると甘くさわやかな香りが鼻に抜けます!ドラマ「ちゅらさん」のワンシーンのような温かい空間でした。

沖縄熱中倶楽部

<観光客とともに“やーがまくーがま”を体験>

こうした島の生活に入り込んだ見学や体験は、観光客の反応も良いとのこと。
普天間さんは「自然とか景勝地は、どこに行っても同じように見える。でも私は、この島だからこそできることを伝えたい。島の人との触れ合いを通じて人の良さも感じてほしい」と話していました。
 

清明祭の最新事情

ウチナーンチュにとって欠かせない春の行事「清明祭(しーみー)」。
年に一度、旧暦の3月「清明」の時期に行われる沖縄の伝統です。
一族の墓の前に親族が集まって、ご先祖様を拝んで食事を楽しむ、いわば墓参り兼ピクニックで200年以上の歴史があります。
今回は、パーソナリティーの志ぃさ~さんが、一家の清明祭に私を招待してくださいました。
墓に着くと、すでにご家族が集まっていました。墓前にはレジャーシートが敷かれ、その上には日よけのため運動会で使うようなテントが張られています。
そして墓前には数々のお供えの料理です。ご馳走は拝んだ後にご先祖様からのおさがりとして一同で頂きます。中でも必ず作るのが伝統の重箱料理です。ごぼう、豆腐、こんぶ、かまぼこ、魚の天ぷら、芋の天ぷら、三枚肉など、箱の中の並べ方も決まっています。

そんな中、志ぃさ~さんと一緒に、ほかの皆さんの清明祭にお邪魔してインタビューしました。すると墓前には、重箱料理のほかにピザやチキンが!!
「年々食べるものが変わってくるから、いまこういうものを食べていると先祖に教えているんです」「子どもたちにも人気なので持ってきました」といいます。お供えとともに、自分たちが食べたいものを持ってくる、ということのようです。 
ところで、今年初めて“QRコード”がついたお墓での清明祭をした人もいました!

沖縄熱中倶楽部
QRコードをスマホなどで読み取ると、亡くなった方が元気だった頃の写真が画面に現れる仕組みです。集まった人たちは「まるで一緒にいるかのようで、亡くなった人も喜んでくれていると思う」と話していました。
このサービスを運営している業者によると、データさえあれば写真に限らず生前の声や姿を動画で見ることもできるということで、志ぃさ~さんも驚きの声をあげていました。
「時代とともに清明祭も変化するけど、一方で家族の絆を強める宴であることは変わらないね」と話す志ぃさ~さん。清明祭にお邪魔させていただき、ありがとうございました!
沖縄熱中倶楽部

番組中に紹介した曲

♪与儀栄功 宮古民謡曲集「なりやまあやぐ」
♪しゃかり「童神」(instrumental)
♪BEGIN「恋しくて」

2019年3月号

特集 沖縄を代表するインディーズ出身バンド2組!

2018年度の最後の沖縄熱中倶楽部は、沖縄を代表する2組のアーティスト、沖縄本島出身の幼馴染4人組の「かりゆし58」と、石垣島出身の“兄弟”と“いとこ”で結成されるバンド「きいやま商店」を特集しました。
2組はともに“ライブハウスでのパフォーマンス”に定評があり、どちらも沖縄で盛んな“インディーズバンド”出身です。
かつて「りんけんバンド」のメンバーとして活躍し、沖縄の音楽に詳しい志ぃさーさん。
番組では、まず2組の活躍までの道のりを詳しく教えて頂きました。
さらにNHK沖縄放送局のFM音楽番組「沖縄ミュージックジャーニー」のスペシャル版として
ライブハウスを貸し切って行われた公開収録の模様を全国の皆様にも聞いて頂きました。

沖縄熱中倶楽部

<かりゆし58・那覇市での公開収録の様子>

沖縄熱中倶楽部
<きいやま商店・那覇市での公開収録の様子>

番組では、2組のアーティストへのインタビューもお届けしました。
デビュー13周年目を迎えた「かりゆし58」の皆さんは、全国各地のライブハウスを巡るツアー中ということです。ボーカルの前川真悟さんは、バンドブームだった高校時代の思い出を話してくださいました。
「(当時は)どこもライブハウスがいっぱい。同級生がみんなチケット買ってくれるから、(会場が)パンパンになる時期もあった。モンゴル800がちょうど1個上で、高校生としてこんなに人を呼ぶのかと思った」
「(ライブハウスは)自分たちの1番分かりやすい楽しみがあった時代を今でも見せてくれる(場所だ)」と語ってくださいました。
沖縄熱中倶楽部

<かりゆし58・前川真悟さん>

ところで、この2組は沖縄への想いをこめた曲が多いことでも知られています。
とりわけ“きいやま商店”は出身地・石垣島の言葉や、八重山の島々の名前などを、多くの曲で歌詞にしていて、地元愛をストレートに伝えています。
だいちゃんこと、ボーカルとギターの崎枝大樹さんは「僕ら石垣に生活してきて、最初の音楽活動はデイケアサービスとかを回っていた。そのときにおじいちゃん、おばあちゃんが、車いすから立ち上がるぐらい、僕らの石垣を歌った曲を喜んでくれたので、それを大事にしたいと思った」というエピソードを教えてくださいました。

沖縄熱中倶楽部

<かりゆし58&きいやま商店・合同トーク ※右から2番目が 崎枝大樹さん>

「かりゆし58」と「きいやま商店」のライブ音源をたっぷりお聞きいただいた今回の放送。
私(黒住)も、改めて「音楽の島」と言われる沖縄の魅力に触れることが出来ました。

沖縄熱中倶楽部
<黒住駿アナウンサー(左)志ぃさーさん(右)>

次回の放送は4月26日(金)午後5時05分~。
宮古島の話題をお伝えする予定です!是非お聞きください!!

番組中に紹介した曲

<かりゆし58>
♪アンマー
♪オワリはじまり
♪バンドワゴン

<きいやま商店>
♪オーシャンOKINAWA
♪じんがねーらん

<2組コラボレーション>
♪ドゥマンギテ(歌:きいやま商店 / 演奏:かりゆし58)

2019年2月号

特集 平成の沖縄音楽

平成の時代に大きな飛躍を遂げた、沖縄の音楽シーン。今回は、1時間たっぷりかけて、平成の沖縄音楽を振り返るスペシャル版をお届けしました。

沖縄熱中倶楽部

ゲストは、NHK-FMで沖縄県内向けに月1回放送している「沖縄ミュージックジャーニー」でMCを務める幸田悟さん(写真前列右)です。幸田さんは、1980年代にバンド「NUDE」を結成し、沖縄のインディーズ界で大きな人気を博しました。その後、沖縄のカルチャーシーンを紹介する雑誌を創刊。イベントプロデューサーやMCとしても活躍してきました。現在も、沖縄カルチャーの広告塔として情報発信を続けています。

沖縄熱中倶楽部
番組では、志ぃさーさんも所属していた「りんけんバンド」や「ネーネーズ」が活躍した平成の初頭から、「BEGIN」「アクターズスクール」「インディーズ・バンド」「世界とのつながり」などをキーワードに、30年間の音楽シーンを振り返っていきました。幸田さんも志ぃさーさんも話が止まりません(笑)ちょっとした裏話も交えながら、平成の沖縄音楽について、熱いトークを繰り広げました。
沖縄熱中倶楽部

今回、50分間の番組のほとんどを使って特集しましたが、紹介しきれなかったものがたくさんあります。でもそれだけ、平成の30年間に、沖縄音楽が盛り上がったということだと思います。最後に幸田さんに、なぜ沖縄からこれほどまで多くのアーティストが生まれるのか聞いたところ、幸田さんは「そもそも音楽は祈りのもの。沖縄は祈りの島。『祈りの心』と、県民性としての『楽しむ心』。それがうまく“ちゃんぷるー”してるんだと思う。だから生活と音楽が近いし、これだけ多くの表現者が生まれてくるのでは」と話していました。

沖縄熱中倶楽部

次の時代も、新しい沖縄音楽の誕生を期待したいと思います。今回もたくさんのおたより&リクエスト、ありがとうございました!


番組中に紹介した曲

♪ネーネーズ「黄金の花」
♪りんけんバンド「乾杯さびら」「ありがとう」
♪BEGIN「恋しくて」「島人ぬ宝」
♪MAX「Ride on time」
♪DA PUMP「if…」
♪SPEED「White Love」
♪安室奈美恵「NEVER END(Chanpuru Mix)」
♪MONGOL800「あなたに」「小さな恋のうた」
♪HY「AM11:00」
♪ORANGE RANGE「上海ハニー」
♪THE BOOM「島唄」
♪ディアマンテス「勝利のうた」
♪The Sakishima meeting「アイランドラッシュ」
♪夏川りみ「涙そうそう」

2018年12月号

星空保護区八重山の冬の夜空を楽しむ

2018年の最後の沖縄熱中倶楽部。前半の特集は離島から。沖縄県の南西、石垣島などがある八重山の国立公園が今年3月“国内で初めて”「星空保護区」に認められました。星空保護区は、国際的な団体が“暗い夜空を守り、星空を鑑賞しやすい環境”を地域が大切にしている実績を評価して認定するものです。世界基準で“八重山の星空”が注目されるきっかけとなりました。

沖縄熱中倶楽部

<星空ツアー:寝ながら星を鑑賞する様子 >
【写真提供:星空ツーリズム社】

番組ではガイドの方の解説を聞きながら星を眺める星空ツアーの様子をお伝えしました。リクライニングチェアで、ドリンクを飲みながら、ゆったり星空を鑑賞することが出来ます。天の川や流れ星に参加者は歓声をあげていました。
また、緯度の関係から日本国内では八重山地域からしか見えないといわれる「南十字星」もご紹介しました。
「南十字星」は、その形にロマンを感じる人が多く、星空鑑賞の愛好家の間で人気の星座です。八重山では冬の時期、水平線近くに雲がなければ見ることが出来ます。

沖縄熱中倶楽部

<今年初めて、12/20午前6時30分に石垣島から撮影された南十字星>
【写真提供:国立天文台・石垣島天文台】

八重山では星空保護区認定を追い風に、満天の星の下で結婚式を行う星空ウェディングや真っ暗な海の上でドリンクを飲みながら星を楽しむ星空クルーズ、更には今年初めて石垣市主催でキャンプイベントも開催されるなど楽しみ方が広がっています。是非皆様も1度、その美しさを確かめに足を運んでみて下さい!

シアトルマリナーズからドラフト指名 砂川・ジョセフ・オブライエン選手

番組後半では、アメリカ・大リーグのシアトルマリナーズから今年ドラフト指名され、メジャーを目指してプレーする沖縄県本島中部・北中城高校出身の21歳、砂川(すながわ)ジョセフ・オブライエン選手をスタジオにお招きしました。右投げの本格派投手で155kmの直球に加え、多彩な変化球も持ち合わせています。

沖縄熱中倶楽部

<砂川ジョセフ選手>

砂川選手はアメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、父の仕事の関係で3歳から沖縄に住みました。
小学校時代に始めた野球でしたが、父親がヤンキースの大ファンだったために幼い頃から夢はメジャーリーガー。小学校高学年の頃に書きタイムカプセルに納めたボードには…「メジャーリーガーになる」と記しました。

沖縄熱中倶楽部

<砂川ジョセフ選手・幼い頃に夢を記したボード>

砂川選手は、北中城高校を卒業後、夢の実現に向けて渡米。現地の2年制大学でプレーして好成績を収め、ドラフト指名を受けました。
ところで砂川選手は夏に右肘を痛め、あの大谷翔平選手と同じ右肘の靭帯を再建する手術を8月に受けました。現在はリハビリに励んでいます。そこでメジャーの最新のトレーニングやリハビリ事情についても聞きました。
その一つが砂川選手のスマートフォンに入っている身体管理のためのアプリです。ここには毎日チームからトレーニングのメニューが送られて来ます。砂川選手はそれをもとに練習をこなし、メニューを終えると自分がどれだけの負荷をかけて行ったかなどを入力します。こうした仕組みでたとえ日本に滞在中でも常にトレーナーとコンディションを共有しているそうです。

沖縄熱中倶楽部

<スタジオで3人記念撮影>

「早くメジャーの舞台に立てるように、日ごろの取り組みを真剣に積み重ねていく」と強い決意を語ってくれた砂川選手。年末年始は沖縄で過ごした後、また再びアメリカに渡りメジャーを目指す戦いに挑みます!
日本から砂川選手の挑戦を応援しましょう!


番組中に紹介した曲

♪八重山古謡「むりかぶしゆんた」
♪八重山の民謡「流星」(ピアノ演奏)
♪ブライアン・アダムス「We're Gonna Win」


2018年11月号

ネット動画で大ブレイク!せやろがいおじさん

開口一番「お~~~い」という叫び声で登場したのが、今人気の沖縄発YouTuber「せやろがいおじさん」。
沖縄の青い海を背景に、赤いふんどしを身につけた「おじさん」が、時事問題を早口でまくしたて、最後に「せやろがい!」(関西弁で「そうだろうが!」)という言葉で締める動画が今、ネットで話題を呼んでいます。

沖縄熱中倶楽部

「せやろがいおじさん」の正体は、沖縄のタレント榎森耕助さん。コンビ「リップ・サービス」のツッコミとして、沖縄のお笑いコンテストを4連覇するなど実績を残してきた実力派芸人です。そんな榎森さんが、この夏から「せやろがいおじさん」に扮して動画を配信し始めると、全国で大ブレイク。
「お客様は神様と思っている人に一言」「渋谷のハロウィンで悪ふざけが過ぎる人達に一言」といったタイトルの動画は、社会にもの申しながらもユーモアや笑いにあふれていて、これまでに30本近く制作された動画は、SNSで200万回以上再生されています。

沖縄熱中倶楽部
番組では東京で開かれたトークライブを取材。集まったファンからは「我々がモヤモヤ抱いていた気持ちをスパッと語ってくれる」「コメントが的確だけど(賛否両論ある問題は)片方の意見だけではなくてどちらの意見も尊重しているところが共感できる」といった声が聞かれました。
今後について、榎森さんは、笑いそのものを追求する芸人としての活動と、「せやろがいおじさん」のように柔らかくメッセージを発信していく活動を、並行してやっていきたい。ネットの社会で、少しでも建設的な議論ができるように貢献していきたい」と話していました。

この特集は「読むらじる。」でもご覧いただくことが出来ます。
 

来年誕生から300年!沖縄伝統の芸能「組踊」

琉球古典音楽や琉球舞踊などで構成される沖縄伝統の芸能「組踊」。琉球王国時代、中国からやってくる使者・冊封使を接待するため、日本の歌舞伎などからヒントを得て作られたもので、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。来年で誕生300年を迎えるのを前に、若手実演家の仲嶺良盛さんに、組踊の世界やその歴史を紹介してもらいました。
 
沖縄熱中倶楽部

仲嶺さんは現在24歳。沖縄芝居役者の祖父、琉球古典音楽の師範で沖縄県立芸術大学の先生を父に持つ芸能一家に生まれ育ちました。現在、県立芸大の大学院生として、組踊を学びながら、組踊の公演に出演したり、組踊を若い人に知ってもらう活動をしたりしています。

沖縄熱中倶楽部

組踊は、役者が台詞を唱え、その背後で地謡と呼ばれる演奏者が、楽器を使って役者の心情を表現します。今回スタジオでは、志ぃさーさんが、仲嶺さんに教えてもらいながら、組踊の台詞を唱えることに挑戦しました。志ぃさーさんが台詞を唱えると、仲嶺さんの唄三線が覆い被さるようにフェードイン!このフェードインの具合が、組踊の醍醐味のひとつなんだそうです。志ぃさーさんも自分で台詞を唱えてみたことで、これまで見るだけだった舞台上の役者の気持ちを味わえたと話していました。

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番組中に紹介した曲

ORANGE RANGE「Family」(Instrumental)


※過去12か月分を掲載しています。

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