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2021年6月

今回もMCの志ぃさーさんはリモート出演。
土橋、堀越の2人のアナウンサーがともにお伝えしました!

出演者3S

<出演者3S>

特集1:すべて島育ち!沖縄の「藍染め」

長い梅雨になったことしの沖縄。
その梅雨時の沖縄で仕込みの時期を迎えるのが、これです。

藍玉

<藍玉>

藍染めの染料、「藍玉」です。
沖縄は伝統工芸品の宝庫ですが、琉球絣(かすり)、花織、宮古上布など、そのうち染め物にはあらゆる品に藍染めが使われていると言っても過言ではありません。
そして・・・沖縄の藍染めは、原料になる藍の葉から製品まで、すべてが島の中で作られているんです!

染め上がる繊維

<染め上がる繊維>

「沖縄の青」の元になる藍玉づくりの現場に潜入してきました!

藍葉

<藍葉>

藍玉づくりの始まりは、まず畑から。
原料になる「リュウキュウアイ」は、本土の藍染めの原料とは違う植物なんです。
梅雨のしとしと雨に当たると、一晩で1尺(約30cm!)も伸びるとか。
入梅から夏至が来る前までの間に刈り取りを行います。

発酵する藍葉

<発酵する藍葉>

収穫した2トンの藍葉を貯水槽に入れ、20トンの雨水を注ぎ込みます。
すると、梅雨の暑さと藍葉についた微生物などの働きで、自然と発酵が進みます。
そのまま2泊3日経つと、葉は漬け物のようにしんなりし、発酵の酸っぱい香りが立ちのぼるように。
雨水は、緑色に色づきます。え、藍色じゃないのって?
そう。この時点では、色だけ見れば、入浴剤を入れた風呂のような鮮やかな緑色なんです。

藍色の泡

<藍色の泡>

十分に発酵した緑色の水に、藍玉の元になる石灰の粉を溶かし込んでいきます。
そして、エンジンでスクリューを回してかくはんすると…、出ました、藍色が!
石灰を混ぜ込んだ水がかき混ぜられて空気に触れると、化学反応で藍色に変わるんです。
畑からの各工程を追ってきた今回の取材。初めて藍色が生まれたこの瞬間は、感動的でした。

泡立つ染色液の表面

<泡立つ染色液の表面>

できあがった藍玉は、染織家の元に送られます。
壺に染色液を作るのですが、表面が細かく泡立っていますよね?
これ、藍玉に含まれる微生物の働きです。泡立ちが良いほど、微生物が元気な印です。
この微生物の働きによって、藍染めが色づきます。そう、藍は生きているんです。

取材した染織家の方によると、沖縄の藍染めはすべて「島で作られる」がゆえに、大勢のファンがついているとのことです。
そして同時に、大量生産できないから、どうしてもいいお値段になるそうです。
でも、沖縄の自然の恵みから手間暇かけて作り上げるのを知ったら、それもガッテン!です。
 

特集2:いま、前向きに歌う Coccoさんインタビュー

番組後半では、那覇市出身の歌手Coccoさんにインタビュー!
ことし2月、新作アルバム「クチナシ」を発表しました。
コロナ禍の外出自粛生活の中で生まれた歌を集めて作り始めたアルバムです。
ステイホームの中でも輝くCoccoさんの創作活動について聞きました。

Coccoさん

<Coccoさん>

堀越)自粛生活は大変ではなかったですか?
Cocco)楽しかった、毎日。家が一番好きだから。自粛じゃなくても家が一番好きで、仕事とかで出かける時、おうちの鍵かけるさ。その時一番悲しいわけ。「早く帰ってきたいな」と思うから。だから自粛生活は全然辛くなかった。

堀越)曲作りものびのびとできましたか?
Cocco)何もかものびのびとやって、楽しかったです。

Coccoさんは、家で作った曲に自分で映像をつけ、「自粛生活・おうちdemoトラック」と題して動画サイトに次々と投稿しました。
コロナ禍でみんなが不安や苛立ちを募らせる中で、「歌を聴いて安心してほしい」という思いだったそうです。
その「おうちdemoトラック」のひとつで、「想い事(うむいぐとぅ)」というタイトルでアルバムに収録された曲について聞きました。

Cocco)「想い事」は、母親が自分の心配をしてるけど、私は母親の心配をしていて、私は息子の心配をしているけど息子は私の心配をしているっていう。離れてる親子が心配のしあいをしてて、かわいいなって思ったし、自分がちゃんとしてることが一番親孝行だし、子ども孝行。それをみんな全員がそれぞれやっていれば、一番みんな安心するんじゃないかなと思って。そういう歌。
「想い事」はスタジオで録り直したりしないで、家で撮ったままをそのまま使ったから。三線の弾き方も知らないのに弾いたから、もう弾けないの。スタジオで同じことをやろうとしてもできないから。
あれを今「ライブとかでやって」って言われても、とっても困るよ(笑)。


堀越)動画の中で、面白いものを鳴らして「チーン」という金属音を出していますね。
Cocco)以前、沖縄でレコーディングした時、商店街みたいのがあって、そこで肉たたきが売っていたわけ。
お土産に買った。その肉たたきと東京で買ったピザカッターを叩いて。何もかもを使った。


堀越)「想い事」は歌三線(三線を弾きながら歌う)です。レコーディングされた曲では初めてでは?
Cocco)だーるー。レコーディングっていうか、盤に残す度胸はそうそうないよね。やっちゃったね(笑)。

堀越)故郷のことが頭にあったからですか?
Cocco)だあるはずね。なんか、(コロナ禍で)1年以上沖縄に帰らないのが生まれて初めてだったから。
帰ろうと思えばいつも、休みがあれば帰れるという状況があったけれど、帰れない。
とっても沖縄に行きたいんだって、でーじ思った。でーじ沖縄に飢えていたよ。



堀越)ビデオを撮影した場所はどこ?
Cocco)あれは実家ですね。
最初は無人島に行って撮ろうって、「どうせ晴れるから大丈夫よ」とスタッフを連れて行ったら土砂降りで、一日も晴れなかったわけ。だから「雨を撮ろうよ、この状況を撮ろう」ってなって。
本当は外でパーッと撮りたかったけど、みんな外に出られない。家の中から外を見てる状況は、今のそのものだから、部屋から外を見て、雨を見て歌っているっていうのに変えましょうっていう企画を変えて。
よし、じゃあどこで撮ろう?ってなった時に、「あぁ、実家で撮る」ってなって。しかも沖縄に撮影に行くことも父親に言っていなくて、いきなり電話して「今から撮影していい?」(笑)。
もう与えられたものでやるしかない時期だったよや。これが沖縄でいうところの「なんくるないさー(なんとかなる)」じゃない(笑)?


去年はライブツアーが中止になるなど、新型コロナによって大きな影響を受けました。
でも、制約の中でこそ、しなやかに歌い、軽やかに語る姿にアーティストCoccoさんのすごさを改めて感じました。

さて、この放送の日の2日前、6月23日は沖縄の「慰霊の日」でした。
太平洋戦争末期、激しい地上戦が行われた沖縄戦で、組織的な戦闘が終わったとされる日。
戦争体験者や遺族の心の傷、重い基地負担など、沖縄戦の影響は、今なお色濃く残っています。
Coccoさんはウチナーンチュとして、戦争の記憶を次の世代に伝えることについても考え続けてきました。
沖縄戦で負傷兵の看護に動員され多くの犠牲者を出した「ひめゆり学徒隊」の生存者とトークライブを行ったこともあります。戦後76年の今、こんなふうに感じています。

Cocco)44歳で、ひいばあちゃんが生きてるってすごいでしょ?106歳かな?彼らの喋ることって全部面白い。
戦争の話にしても、「戦争ってこういうことなんだよ…」って子どもに言うことじゃなくて、「あんたのひいばあちゃんはさ、戦争が終わったら毎日白い砂糖を食べるって決めてるから、あんなに
甘いの食べてるんだよ」とか、その人物の面白い話としてそれは伝えてる。それくらいしか今はできない。
ただでさえコロナで、自分の無力さって味わってると思うんだけど。ミュージシャンもライブもできないし何も届けられていない感じとか、できないことがいっぱいあって。あまり無理しないで。じゃないと、今年は慰霊の日にいつもくらいの重さで向き合っていたら多分続かないから、来年が。続けるのが一番難しいことでしょう?今年はもうちょっとライトで考えようっていうか、あまり思い詰めないでおこうっていうか。じゃないと、みんな続かないと思うから。

ひめゆりの乙女達と一緒にやった時も、本当に毎年毎年ヘビーな話をしないといけないさ。毎年というか、毎日毎日。あれは本当に大変なことだなあと思って。だから早くそれを私たちが吸収して、一日でもそれをしゃべらないでいい日が来ることを願ってたけど。でもどうしても私たちはそこに頼っちゃって、経験者の話を聞きたがるから、みんなしゃべらせちゃってるけど。本当に「今日は無理よ」っていう時は、白い砂糖を食べてほしい。無理をしないで。続けるためには、自分が一番続けられそうな感じを、コンディションを整えていくっていうのが大事。みんなもあんまり、自分のことでもういっぱいだから、仕事も大変だし生活も大変だし、真面目な人ほど向き合っちゃう。でもそうすると全部重くなっちゃうから、来年もあるし、再来年もあるし、100年も多分来るんだから、自分が続けられるように、楽なようにいられるようにっていうのを一番大事にしていけたら、今年は特にいいのかなあって思っています。


ことしの慰霊の日に行われた戦没者追悼式で、「平和の詩」の朗読がありました。
宮古島市立西辺中学校2年生の上原美春さんによる「みるく世(ゆ)の謳(ウタ)」。
「みるく世」とは「平和な世の中」のことです。
詩を書いた上原さんは、こう話しています。
「『伝え続けよう、忘れないで、今を生きる私たちで平和な世を作ろう』ということを伝えたい」。
Coccoさんのメッセージとも通じるものがあるのではないでしょうか。


番組中に紹介した曲

♪Cocco「藍に深し」
♪「女一代宵の内」
♪「自粛生活・おうちdemoトラック(14)(新曲)」→アルバム収録時のタイトル「想い事(うむいぐとぅ)」
♪「潮満ちぬ」


2021年5月号

ハイタイ!今月の沖縄熱中倶楽部を担当した、荒木さくらです。
今月も沢山のメッセージありがとうございました!全国、そして海外の方からもお便りが届き、放送が終わった後も読み返して嬉しく思っています!
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、今回も志ぃさーさんはリモートでの出演でした。早く志ぃさーさんとお会いできる日を楽しみにしながら、今はステイホーム頑張りましょう!

特集1:世界とつながる沖縄

コロナ禍、なかなか海外に行くのが難しい状況が続いています。そんな中、沖縄県内で海外のことばや料理、文化を味わえるサービスが人気を集めています。
沖縄には、120あまりの国や地域の外国人が2万人あまり住んでいるそうです。それに加えて4万人あまりともいわれる米軍関係者も住んでいます。つまり沖縄は、多国籍の方々が暮らす、「国際都市」なんです!
その土地柄を生かしたサービスがいくつかあります。英語で各国(ジャマイカやアフガニスタンなど)の料理を教えてくれる料理教室や、沖縄県内に住む外国人の家にお邪魔してプチ留学を味わえるサービスなど、様々です。
コロナ対策を行ったうえで、できる範囲で世界とつながろうとする、「国際都市・沖縄」ならではの取り組み、進んでいます!

<英語で学ぶ各国の料理教室。緊急事態宣言前の取材。  左から荒木さくらアナウンサー、ジャマイカ出身の

<英語で学ぶ各国の料理教室。緊急事態宣言前の取材。
左から荒木さくらアナウンサー、ジャマイカ出身の先生
アフガニスタン出身の先生、韓国出身の先生>

特集2:沖縄と中南米をつなぎ続けて30年 DIAMANTES!

後半は、沖縄とラテンのコラボサウンドで人気のミュージシャン、DIAMANTESのお二人をお迎えしました!
DIAMANTESは、日系ペルー人3世でギターボーカルを担当するアルベルト城間さんと沖縄県浦添市出身でベース担当のトム仲宗根さんのおふたりで構成されています。
1991年にGAMBATEANDO(ガンバテアンド)でデビュー。今年デビューから30年を迎えました。
このGAMBATEANDO、日本語の「頑張る」とスペイン語の「ando(~している)」を組み合わせた、造語だそうです!中南米から沖縄に出稼ぎにきた若者たちが、日常的に使っていた言葉をそのまま歌詞にしたそうです。
例文はこんな感じ↓
「トム仲宗根さん、最近ガンバテアンドしてる?」
「もちろん!」
と、こんな具合だと、番組内で楽しく教えていただきました。

DIAMANTESの曲にはスペイン語で歌っているものが多くあります。ライブなどでは、こうした曲をスペイン語で口ずさんでいる沖縄の方の姿が見られます。沖縄でスペイン語で歌うことに不安はなかったのか聴いてみました!
「僕たちが主に活動していたコザ(現在の沖縄市)には、近くにアメリカ軍基地がある。そこで働く南米系の米軍関係者が、僕たちの音楽を聴いて楽しんでくれた。その沖縄らしい土地柄のおかげで、不安は一切なかったよ。そして沖縄の人もなんでも受け入れるパワーがあるから、僕たちのことも受け入れてくれた。とても感謝している。」
沖縄だからこそ続けられたと話すお二人。現在はアルバム制作の真っただ中ということです。
世界各国のうちなーんちゅが沖縄に一堂に会する「世界うちなーんちゅ大会」が来年に迫る中、沖縄と中南米を音楽でつなぎ続けるDIAMANTES。今後も末永く活動を続けていきたいと話していました。

<左からトム仲宗根さん、アルベルト城間さん、  リモート出演の志ぃさーさん、奥に荒木さくらアナウンサ

<左からトム仲宗根さん、アルベルト城間さん、
リモート出演の志ぃさーさん、奥に荒木さくらアナウンサー>


番組中に紹介した曲

♪DIAMANTES「勝利の歌」
♪DIAMANTES「アスタマーニャ インスゥトゥルメンタル」
♪DIAMANTES「GAMBATEANDO(ガンバテアンド)」
♪DIAMANTES「魂をコンドルにのせて」
♪DIAMANTES「フィエスタ」


2021年4月号

ハイサイ!4月号を担当した寺内皓大(てらうち・こうだい)です。
今回もたくさんのメッセージありがとうございました!すべてをご紹介できずごめんなさい。全部しっかり目を通しています。いつも本当にありがとうございます。
さて、新型コロナウイルスの感染拡大のため、今回も志ぃさーさんはリモートでの出演となりました。「なかなかスタジオに行けずに寂しい・・・」と話していました。
スタジオで掛け合いができる日々がはやく戻ってくるといいなぁ・・・

<志ぃさーさんは4か月連続でのリモートでの出演>

<志ぃさーさんは4か月連続でのリモートでの出演>

特集1: 北大東島を音で旅する

沖縄本島からプロペラ機で東に1時間。太平洋上に浮かぶ「絶海の孤島」北大東島をマイクを片手に旅してきました。
島の風景は特徴的です。周囲は、切り立った断崖絶壁に取り囲まれていて、その先には深いブルーの海が広がっていました。

<北大東島>

<北大東島>

今回は新型コロナウイルスの影響でなかなか旅行ができない中、リスナーのみなさんに「少しでも島への旅気分を味わっていただきたい」という思いで、島を巡りました。
訪れたのは2年前にできた「漁港」や「サトウキビ畑」「製糖工場」です。
中でも、北大東の人に「ぜひ録音して紹介してほしい」と勧められたのが、製糖工場でお昼の休憩の合図に鳴るサイレンです。島中に響き渡るこの音は、島民すべてに時を告げるチャイムのような存在だそうです。
皆さん楽しんでいただけたでしょうか・・・?

<製糖工場で 従業員のみなさんと>

<製糖工場で 従業員のみなさんと>

そして北大東注目の特産品「じゃがいも」についてもクローズアップしました!
日本一早い新しゃがとして売り出す一方、最近は規格外のいもを使った「じゃがいも焼酎」が開発され特産品になりました。焼酎が生まれるまでのストーリーにも迫りました。
お世話になった北大東島の皆さん、本当にありがとうございました!

<お世話になった北大東島振興機構の(右から)葉棚清朗さん、仲嶺初音さん>

<お世話になった北大東島振興機構の(右から)葉棚清朗さん、仲嶺初音さん>

特集2: 聖火リレーに向けて~具志堅用高さん~

東京オリンピックの聖火リレーが、いま全国を周っています。
沖縄には5月1日(土)、2日(日)の2日間の日程でやってくる予定です。
それを前に、聖火ランナーの1人、元ボクシング世界チャンピオン具志堅用高さんにインタビューしました。
具志堅さんは、1964年(9歳のとき)のオリンピックを見てスポーツにのめりこみ、世界の舞台に強い憧れを抱いたといいます。しかし21歳の時にプロボクサーになったため、規定でオリンピックには出られませんでした。今回念願かなって聖火ランナーとしてオリンピックに関わることになった具志堅さん。新型コロナウイルスの影響が続く中、勇気と夢を次の世代へとつなぎたいと力強く語ってくださいました。

<具志堅用高さんとパシャリ>

<具志堅用高さんとパシャリ>


番組中に紹介した曲

♪「キセキ」(インストゥルメンタル)
♪KUROHIGEWORKS「オジー自慢のオリオンビール~旨口厳選RE-MIX」


2021年3月号

はいたい!NHK沖縄放送局キャスターの丹部あゆみ、仲本奈鶴季です。
放送日の3月12日、沖縄では波照間島で最高気温が27.1℃まで上がり、春を通り越して夏日になりました。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、先月に引き続きパーソナリティーの志ぃさーさんは電話での出演でした。
テレビ電話も繋ぎ、お互いの顔や反応が見える形で放送しましたよ!

<左から丹部あゆみキャスター、画面越しの志ぃさーさん、仲本奈鶴季キャスター>

<左から丹部あゆみキャスター、画面越しの志ぃさーさん、仲本奈鶴季キャスター>

特集1: ウチナーンチュとポークの深ぁ~い関わり

沖縄の食卓に欠かせない食材の一つが、ポークランチョンミート。沖縄では「ポーク」と呼ばれています。
町でインタビューすると「毎日食べています!DNAにポーク魂が入っている」「焼き方はミディアムレアが好き」などどなたも話が尽きません。それほどに愛されている存在なのです。
ポークは、沖縄戦の後、アメリカ軍が保存食として沖縄に持ち込み、それが民間にも広がっていきました。南風原町に住む赤嶺敏昭さん(77)は、「食べたことがなかったので珍しかった。飢えていたので非常にうらやましかった」と当時の様子を語ります。その後沖縄にポークの製造工場が出来るなどして、次第に庶民の味として定着。いまではチャーハン、揚げ物、みそ汁など、さまざまな料理に取り入れられるようになりました。

沖縄熱中倶楽部

料理研究家の徳元佳代子さんは「ポークが日常的に食卓に並ぶのが沖縄の風景です。豚肉替わりとして使われています」と話します。そんな料理の1つが「ポークたまごおにぎり」。厚切りポークと卵焼きをご飯と海苔でサンドしたものです。

沖縄熱中倶楽部

ボリュームたっぷりで、手からはみ出すほどの大きさがあります。 沖縄では、運動会に持たせたりする定番メニューです。志ぃさーさんの母校、コザ高校の校内食堂が発祥の地という説もあるとか…。いまではコンビニやスーパー、町の惣菜店でも売っています。このおにぎりの専門店を経営する清川勝朗さんは「その土地のお母さんが作る家庭料理が一番のごちそう。このおにぎりを世界中に広めて沖縄の良さを知ってもらいたい」と語ります。
ごはんと卵とポーク、さらには油みそや島豆腐といった具のトッピングもあるこのおにぎり、なんだかこれも「チャンプルー文化」。沖縄っておもしろい!と改めて感じました。
最後に、こんな沖縄ですからポーク缶の種類も豊富です。減塩、無添加、沖縄県産の豚肉を使用したもの、重さ2kgちかくある業務用(いや~、大きい!)・・・これでもほんの一部です。(丹部あゆみ)

沖縄熱中倶楽部

特集2:歴史と文化あふれる町「南風原町」

番組後半では、空港からほど近い、那覇市に隣接する南風原町を特集しました。沖縄の市町村でただ一つ海に面していない町で、観光客のみなさんには、あまりなじみがないかもしれませんが、過去首里王府の直轄地で、沖縄戦の激戦地であり、力強い戦後復興をとげ、いまや那覇都市圏の一角となった歴史文化を感じる町です。
今回まず訪ねたのは「かすり会館」です。織機の“シャーラ、トントン”という音が聞こえてきます。南風原町は織物が盛んな町なんです。ここでは、琉球王国時代に王族の着物として愛された絣を伝承しています。絣は、色の違う糸を組み合わせて、布に模様=図柄を織り上げる技法です。図柄のパターンは実に600種類ほど。琉球王国時代に作られた「御絵図帳(みえずちょう)」と呼ばれるデザイン集をもとに、変わることなく作り続けられています。
この道50年の職人、大城ヨシ子さんは「本土復帰の頃は、町中から織機の音が聞こえていた。私も朝から晩まで機を織り、すごく楽しかった」と話していました。南風原町の織物についてまとめた文化庁の資料によると1972年の本土復帰の頃には、品質の高さが評価されて、東京や大阪のデパートで売られる織物の5割以上が南風原産だったそうです。

<織機が並ぶかすり会館>

<織機が並ぶかすり会館>

次に訪ねたのは、宮平公民館です。三線やどらの賑やかな音が聞こえてきます。獅子舞の演舞です。
沖縄の獅子は、体全体が毛でおおわれていて、中には上半身部分と下半身部分に2人が入ります。4足歩行で動く姿はまさにライオンのようです。宮平では、琉球王国時代から獅子を地域の平和と健康の守り神としていて、今も旧暦8月の十五夜に舞が披露されています。
かつて獅子舞は沖縄各地で見られましたが、後継者が減り、伝統を残すところは少なくなりました。こうした中、宮平獅子舞保存会会長の喜瀬久夫さんは「子どものころから獅子舞は憧れで、いつかは自分もと思ってきた」と言います。そして次世代を育てるため、小学生に獅子舞の演舞を教えるなどしてその伝統を継承し続けています。(仲本奈鶴季)

<演舞する獅子>

<演舞する獅子>


番組中に紹介した曲

♪Smile Together Project「Smile Together」
♪「負けないで」(インストゥルメンタル)
♪きいやま商店「TTMでUTT」


2021年2月号

はいさい!NHK沖縄放送局アナウンサーの竜田理史です。
沖縄では最高気温が25℃前後の日も続き、春を通り越して初夏のような陽気です。
新型コロナウイルスの感染を防ぐため、先月に引き続きパーソナリティーの志ぃさーさんは電話での出演でした。
テレビ電話も繋ぎ、お互いの顔や反応が見える形で放送しましたよ!

<左から竜田理史アナウンサー、画面越しの志ぃさーさん、土橋大記アナウンサー>

<左から竜田理史アナウンサー、画面越しの志ぃさーさん、土橋大記アナウンサー>

特集1:ネットのウチナーグチに熱視線

ここ数年「動画投稿サイト」や「ネット漫画」といったネットコンテンツでウチナーグチを使った作品が広がりを見せています。そこで、今回はネット上のウチナーグチ事情を土橋が取材しました。
ネットの特徴は言うまでもなく「誰もが世界に発信できること」そして「幅広い年代が見ること」です。
ネット発で単行本も増刷を重ねているラブコメ漫画「沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる」の編集者もーりーさんは「ネットでは(紙の読者層よりも若い)20~30代の方にも読んでいただいている。(漫画に登場する)方言女子(を通して)、「沖縄方言ってかわいい」と県外から評価されています」と話します。
これまで地域の言葉であったウチナーグチが、いま多くの人たちに届き、地元とは違った感覚で受け入れられていると言えそうです。
こうした現象について、方言と文化の関りを研究している日本大学文理学部の田中ゆかり教授は「ウチナーグチは日本に分布している方言の中で、最も共通語から距離の遠いことばで、ウチナーグチのネイティブの人がちょっと本気を出して話せば、本土の人で沖縄に由来のない人たちにとってみれば、ちんぷんかんぷんなレベルです。わからないと言うことが価値を持つと言う今の時代、いわば異文化としての意味がウチナーグチコンテンツ、ウチナーグチ人気の背景にある」と分析します。
そんな田中教授が注目するのがLINEスタンプ。「スタンプを売っているサイトで、方言&沖縄って言う形で検索すると2047件(2月中旬現在)ありました。方言&大阪だと800を超える程度、方言と&関西とかけると約400程度だったんですね。それを人気と言うふうに見るのであれば大変人気があるということができると思います」とのこと。
沖縄の人同士で使うこともありますが、他の地域の人が「真似したいけど真似しにくいウチナーグチを使ってみたい」「旅行に行ったことを投稿する際に、沖縄っぽさを演出したい」そんな心理が現れているのかもしれません。
このように“外”から注目されるネット時代のウチナーグチ。しかし一方で、県内で会話で使う人は激減しています。16万回を超えて再生されているネット動画「モーニングルーティン(うちなーぐち)」を発表した俳優の松田るかさんは「しゃべらないとすたれてしまうので、沖縄出身の私たちがしゃべらないでどうする?と思いました。こういう独特な言葉を持っている地域っていうのは少ないと思うので、やっぱり使っていくことが、大事なことじゃないかなと思います」と話していました。
古くから使われてきたことば=ウチナーグチを後世に伝える大切さを改めて感じた一方、未来のウチナーグチはどのような姿で使われていくのか?取材者自身も興味のわく特集となりました。

<上 松田るかさん 右 もーりーさん編集の漫画>

<上 松田るかさん 右 もーりーさん編集の漫画>

特集2:観光客激減、新たな魅力発信

新型コロナウイルスの影響で観光客が激減した沖縄。
去年1年間に観光などで沖縄を訪れた人は373万6,600人で、前年比マイナス63.2%と、過去最大の落ち込みとなりました。
こうした中、沖縄の魅力を発信し続けるために県内各地で新たな取り組みが始まっています!

まずは、宮古島の取り組みです。いま、宮古島ではサトウキビの収穫期を迎えています。
そのサトウキビ畑のオンラインツアーが去年始まりました。
このツアー、画面を通してサトウキビ畑のようすを見ながら宮古島の農業を疑似体験しようというものなんです。ツアーに申し込むと自宅に体験キットという段ボールが届きます。
中には、カットしたサトウキビや、黒糖を作る調理グッズが入っています。

<サトウキビ畑のオンラインツアー・体験キット>

<サトウキビ畑のオンラインツアー・体験キット>

体験キットを使いながらのオンラインツアー、私も参加してきましたよ!
まずは、届いたサトウキビの茎を丸かじりしました。
私がかじった時の「かりっ」という音に、志ぃさーさんも大喜び!
自宅にいながら、採りたてのサトウキビの味を堪能できるとは・・・
糖度20度にもなるという甘さに驚きました~
このほか、サトウキビの甘い汁を焚き詰めて作る「黒糖づくり」なども体験し、宮古島の農業を疑似体験することができました。

一方で、近い将来、安心して沖縄に来てもらえるように準備を進めるところもあります。
多くの団体ツアー客が立ち寄っていた豊見城市の旧海軍司令部壕では、密を作らずに巡ってもらうためITの活用を始めました。
こちらも実際に体験してきましたよ!
壕の地上部分にあたる海軍壕公園の入口で貸し出されたのは、スマートフォンです。
スマホを持って園内を歩き始めると、画面や声でナビゲーションしてくれます。

<ITを使った戦跡見学のようす>

<ITを使った戦跡見学のようす>

「ようこそ。これから旧海軍司令部壕をさまざまな角度からご案内します」
「まずは平和の樹を目指しましょう。建物を背にして前方に15メートルほど進んでください」
といった音声ガイドが始まり、写真や映像、矢印を画面に表示しながらナビしてくれるんです。
これまではガイドがグループで引き連れて案内していましたが、団体で戦跡を巡って密になるのを避けようと、こうした技術が導入されました。
この方法なら、1人1人が各自のタイミングで戦跡を巡ることができるので、密を避けられます。
「新型コロナの影響は暮らしのあらゆる分野に及んでいるけど、平和学習にも影響が出ているんだね」と、志ぃさーさん。
戦後76年、新たな工夫で沖縄戦の記憶を受け継ぐ取り組みは、県内各地で試行錯誤が続きそうです。


番組中に紹介した曲

♪「花」(インストゥルメンタル)
♪池田卓「頑張り時の皆様へ」

2021年1月号

ヒカンザクラの花咲く、1月の沖縄。
新型コロナの感染拡大で県独自の緊急事態宣言が出る中、MCの志ぃさーさんは、今回は電話でのリモート出演でした。

<志ぃさーさん>

<志ぃさーさん>

特集1:ウチナーンチュには欠かせない!「沖縄天ぷら」

1月の熱中倶楽部は、「沖縄天ぷら」を特集しました。「沖縄天ぷら?和食の天ぷらと違うの?」違いますとも。タネに衣をつけて油で揚げる、という調理法以外、全てが違います。

沖縄天ぷらは、衣が分厚く、冷めてもおいしく、食事だけでなくおやつ感覚で食べることも多い。職場や地域の行事、お祝いや差し入れ、さらには甲子園をテレビ観戦する時などなど、人が集まる時に大皿に盛りみんなでつまむ、一種のコミュニケーションツールでもあります。しかも、1個60円から100円くらいと値段が手頃なので、たくさん買える!天ぷらは、沖縄の暮らしに欠かすことのできない「特別な食べ物」なんです。

<沖縄天ぷら>

<沖縄天ぷら>

沖縄天ぷらの定番のタネは、カジキやマグロなどの魚、イカ、モズク、イモなど。アーサ(海藻のあおさ)、インゲン、野菜のかき揚げ、島らっきょう、フーチバー(よもぎ)などもあります。多くは島の幸。高温多湿の気候の中、日持ちさせるために、油で揚げる調理法が発達したといわれています。

一番の特徴は、フリッターのような分厚い衣。琉球王国時代から、このような「厚衣」の天ぷらが食べられてきたそうです。琉球料理研究家の安次富順子さんによりますと、厚衣の理由は、沖縄の風習と関係が深いとのこと。
ご先祖を大切にする沖縄には、重箱にごちそうを詰め、一族でお墓に出かけてお参りする風習があります。
重箱に詰めて持ち運ぶ際、箱の中で形が崩れないように。また、出先で食べるため、衣そのものを冷めてもおいしく味わえるようにという知恵なんです。ウチナーンンチュの信仰とも深く関わった食べ物。まさに特別です。

そんな沖縄天ぷら。いま、新しいムーブメントが起きているんです。
おととしの秋、大手コンビニチェーンのレジの脇、ホットスナックのコーナーに天ぷらが登場すると、一時は生産が追い付かなくなるほどの大ヒット商品に!コンビニで販売する天ぷらを製造するメーカーの代表取締役、上間喜壽さんによりますと、「天ぷらを売る商店が以前より少なくなったことで、買えなくなった人がコンビニに来るようになったのでは。昔ながらの天ぷらを、こうやって現代的な形で提供することが、今は業界をあげて大切だ」と話しています。

さらに上間さん、沖縄天ぷらはアジアでも通用する!と、そのポテンシャルを語ってくれました。
「天ぷらは間口の広い料理。衣で包む材料さえ変えてしまえば、その地域の食文化を取り込むことができる。沖縄は、日本やアメリカ、中国の文化を取り込んで自分たちの文化を作り出されてきたが、天ぷらが外に出て行ってその地域の食文化を取り込んでいくのは、とても沖縄的で面白い!」。

アジアの街角で、現地の人たちが、現地の魚介や野菜、もしかしたら果物などを厚衣で包んだ「沖縄天ぷら」を片手に行きかう…。そんな将来を思い描けるくらいの可能性が、沖縄天ぷらにはあるのかもしれませんね。

特集2:海を越え、感染収束を願う「コロナ節」

番組後半では、新しく生まれた沖縄民謡「コロナ節」をお届けしました。このコロナ禍を、心をひとつにして乗り切ろうと島言葉で呼びかける歌です。作ったのは、国際結婚して渡米した、アメリカ在住・沖縄出身の70~80代の4人の女性たち。現地の感染拡大の状況下、厳しい外出制限の生活(沖縄方言で「やーぐまい(家ごもり)」)を経験する中で、いま大切なことを、みんな大好きな沖縄民謡に仕立てて歌えば元気が出てくるのではないか。アメリカのウチナーンチュ女性たちの、そんな思いから生まれました。

生きる上での教えを説く八重山地方の教訓歌「デンサー節」のメロディにのせ、「何年経っても決して忘れたことはない」という故郷・沖縄の言葉で、感染収束への願いを歌います。歌詞はこんな内容です。

『コロナ節を歌って、みんなで心をひとつにしよう。コロナとの戦いには負けない。老いも若きもステイホーム、子どもは家で勉強を。健康第一、家族で語り合おう。世界の人たちが手を取り合って、力を合わせる時だよ。』

決して押しつけがましくなく、教訓というよりも素朴な思いがつづられていますよね。この「コロナ節」、古典である「デンサー節」にのせて歌う、いわば「替え歌」ですが、そもそもこうした歌われ方が、沖縄民謡がもつ伝統の一部なのだそうです。つまり、その時代その時代の世相や思い(今回は新型コロナ)を人々が詞につづり、新しいメロディを作るばかりでなく、既存の歌の旋律を使って歌う。古典を掘り起こし、生まれ変わらせる。そうやって脈々と受け継がれてきたものなんだそうです。

「またひとつ、時代を記す沖縄の歌が生まれたなあ」と、志ぃさーさん。コロナ収束までこの歌を口ずさみ、いまの大変な状況を克服していきたい、そしてもしも遠い未来に、私たちの子孫が疫病に直面するようなことがあるとすれば、この曲を思い出して歌い、先人らが逆境を乗り越えたことを知って勇気を持ってもらいたい…、そんなふうに思うのでした。


番組中に紹介した曲

♪Cocco「甘い香り」
♪仲宗根創「コロナ節」
♪堀内加奈子「ソーシャルディスタンス小唄」


2020年11月号

はいたい!今月の沖縄熱中倶楽部を担当しました、荒木さくらです!
肌寒い日が増えてきましたね!沖縄もラジオを放送した日を境に「うう~寒いぞ。いよいよ来たか、冬!」といった気候になってきました!
みなさん、一緒に手洗いうがいを心がけ、体調管理しっかりしていきましょうね!
では、今年最後の沖縄熱中倶楽部でお届けした内容をご紹介していきますよ!

特集1:ことしデビュー30年!BEGINの島袋優さんをお迎え!

沖縄を代表するアーティスト、石垣島出身のBEGIN!そのギター&ボーカルを担当する島袋優さんをスタジオにお招きしました!
1990年にデビューしたBEGINは今年、デビューから30年を迎えました。今回はこれまでの音楽活動を振り返っていただきました。
今では、三線の音色など、沖縄をイメージさせる楽曲が多いBEGINですが、実はデビュー曲は「恋しくて」というブルースでした。「なんで三線を持たなかったの?」という志ぃさーさんの質問に、島袋さんは「三線を学んだわけではない自分たちが演奏するのは怖かった。沖縄を利用しているような気もしたし」と言います。
そんなBEGINが沖縄文化を前面に出した曲をリリースしていったのは、デビューから10年が経った2000年以降のことです。沖縄県でサミットが行われたり、連続テレビ小説「ちゅらさん」が放送されたりと、全国的に沖縄ブームが起こります。島袋さんは「沖縄の音楽が求められていたし、伝わりやすいと思うようになった」と振り返ります。様々なタイミングが重なり、この頃からBEGINは「島人ぬ宝」や「オジー自慢のオリオンビール」などを発表していきました。
再び転機が訪れたのはデビューから20年が経ったころ。BEGINはハワイや南米の音楽を取り入れた楽曲の制作を始めます。2011年にブラジルライブを開催したときには「楽器屋さんで急に素晴らしい演奏が始まるのは、まるででっかい沖縄。日系の移民も多くてみんなやさしくてすごく刺激を受けた」と話してくださいました。
このように、およそ10年ごとに大きく進化していったBEGIN。デビューから30年のことし、リリースしたのが「24-7のブルース」です。再びブルースなんです!「コロナ禍、音楽で何が出来るんだろうと考えたときに作った曲で、お互い頑張ろうという気持ちで、素直に作ろうと思ったときにブルースになった。デビューのころに戻ったというか」と島袋さん。
「歌に織り込んだ沖縄の言葉『誠そーけー、なんくるないさ(=自分がやるべきことをやっていれば、収まるところに収まる。正しいと信じた未知を歩いていこう)』のように、エンターテイメントの在り方を模索しなければならない時代ですが、信じてる音楽を続ければ道をひらけるかな」と抱負を語ってくださいました。
「BEGIN」命名のエピソード、今後の活動やリスナーへのメッセージなど、たっぷりお話しいただきありがとうございました!

<左から、荒木さくらアナウンサー・島袋優さん・志ぃさーさん>

<左から、荒木さくらアナウンサー・島袋優さん・志ぃさーさん>

特集2:音に込められた秘密 伝統工芸品、金細工(くがにぜーく)

番組後半は、那覇市首里の伝統工芸品・金細工についてお伝えしました!
琉球王国時代からおよそ500年続く、沖縄の伝統工芸品。金細工と書いて、「くがにぜーく」または「かんぜーく」と読みます。金属でできた工芸品です。溶かした純銀を打ち叩いて、指輪や髪飾りなどにします。

<写真左が「房指輪」。琉球王朝時代、婚礼指輪として使用されていました。 右が、髪飾りの「ジーファー」

<写真左が「房指輪」。琉球王国時代、婚礼指輪として使用されていました。右が、髪飾りの「ジーファー」。琉髪を一本でとめる銀かんざしです。>

番組では、金細工職人である又吉健次郎さんをご紹介しました。11月中旬、那覇市首里崎山町にある、工房にお邪魔しました!
又吉さんは40歳の頃から金細工作りを始め、ことし89歳を迎えました。およそ6畳の工房には銀を金槌で叩く「カンカンカカンカン」という音がこだましていました。
これこそが、金細工の魂なんです!又吉さんにとってこの銀を叩く音は、先代であるお父様との対話の時間だと話します。

さらに、銀を打ち叩く「道具」。実は戦火を免れたものでした。1944年に那覇市を襲った10.10空襲で多くの道具が焼失。そんな中、健次郎さんのお父様は、大事な道具を持って大分県に疎開していました。だから、長い歴史が刻まれた伝統の「道具」が今も残されているのです。
魅力が詰まった金細工!今後は弟子の宮城奈津子さんが継承していくということです。

<又吉健次郎さん>

<又吉健次郎さん>

今回が2020年最後の放送でした。今年も沖縄熱中倶楽部をお聴きいただき、ありがとうございました!たくさんのお便り、いつも嬉しく読ませていただいております♪
大変な状況が続いてはおりますが、来年も一緒に頑張っていきましょう。それでは、少し早いですが(笑)良いお年をお迎えください!


番組中に紹介した曲

♪BEGIN「恋しくて」
♪BEGIN「島人ぬ宝」
♪BEGIN「ミーファイユー」
♪BEGIN「24-7のブルース」
♪「海の声」インストゥルメンタル
♪登川誠仁・知名定男・吉田康子「金細工」


2020年10月号

ハイサイ!10月号を担当した新人アナウンサーの寺内皓大(てらうち・こうだい)です。初めての沖縄熱中倶楽部。やや緊張もしましたが、リスナーのみなさんから励ましの声もいただき終始楽しくお届けすることが出来ました!
50通を超えるメッセージ、全部しっかり目を通しました。本当にありがとうございます!

前半は火災から1年となる首里城について特集しました。
首里城再建に向けて動き出している現場について、前回の復元にも深く携わった、首里城再建のための国の有識者会議の委員長で琉球大学名誉教授の高良倉吉(たから・くらよし)さんに、土橋アナウンサーがお話を伺いました。まず高良さんは「火災の際は現場に行く気持ちになれず、神の島と言われる久高島に行って気分を落ち着けてから、再建の仕事への決心をした」とふり返りました。そして木材や赤瓦といった建材の調達の進捗状況、伝統と調和を図りながら防火対策を施す設計方針などについて、詳しく説明してくださいました。また放送日現在、首里城の再建には全国から約50億円の支援金が寄せられています。高良さんは「本当に感謝している。皆さんの寄せてくださった気持ちに応えるため、工事現場を見学するルートを作り、「見せる再建」をしていく」と話していました。志ぃさーさんも「歴史的な大事な1ページ。今しか見られない首里城もあるので、足を運んで記憶に残してみてはいかがでしょうか」と語っていました。首里城は、前回の復元以降の研究で明らかになった構造も反映させ、2026年までに再建される予定です。

<高良倉吉さん>

<高良倉吉さん>

後半は新型コロナウイルスで大きな打撃を受けた沖縄の産業について2つの動きを特集しました。
1つ目は「パイナップルの葉から作る服」。パイナップルの葉は固く水分が多いため処理しにくいのが難点で、これまで農家にとってやっかいもの扱いされてきました。日本一のパイナップルの産地東村で、その葉からとれる繊維を使って布を作り、服に仕立てるという取り組みが始まりました。いずれは沖縄の特産品となり、さらには日本中に広めたいということです。

<パイナップル繊維で作られた「かりゆしウェア」>

<パイナップル繊維で作られた「かりゆしウェア」>

2つ目は「伊平屋島の島をあげたインターネット販売」です。伊平屋島は、観光客数が例年の半数以下に落ち込んでいるうえ、島の特産品を売る物産展も軒並み中止となり、大きな打撃を受けています。そこで特産の魚の加工品や黒糖などをインターネットで通信販売し、島から全国へ販路を拡大することにしました。伊平屋村観光交通課の新垣恵(しんがき・めぐみ)さんに取り組みを伺いました。
これからは家で伊平屋島が味わえるかもしれませんね~!

<伊平屋島自慢の特産品たち>

<伊平屋島自慢の特産品たち
前列左から うずまきもち ミーバイの生ハム ミーバイジャーキー
後列同 一口黒糖 黒糖アガラサー チヌマンジャーキー>

<放送後の1枚 左から土橋アナウンサー 志ぃさーさん 寺内アナウンサー>

<放送後の1枚 左から土橋アナウンサー 志ぃさーさん 寺内アナウンサー>


番組中に紹介した曲

♪宮けいこ、里なおみ、ホップトーンズ「ふるさとの雨」
♪「WE ARE THE WORLD」(三線演奏)
♪吉田康子 宮里奈美子「ひやみかち節」

2020年9月号

ハイサイ!9月号のスタジオを担当した土橋大記です。今月は沖縄の楽器「三線」を特集しました。
スタジオには、志ぃさーさんに加えて、野村流古典音楽保存会グランプリを受賞し、サンシニスタという肩書きで活動する安慶名さつきさん、三線がーるという名前で全国でライブ活動をしている稲嶺幸乃さん、2人の若手演奏者をお迎えしました。

まずお届けしたのはインタビューです。三線が全国に知られるようになったきっかけの1つが、沖縄の雰囲気を綿密に織り込んだTHE BOOMのミリオンセラー「島唄」のヒットでした。今回は「島唄」を作詞・作曲したシンガーソングライターの宮沢和史さんに池間昌人アナウンサーがお話を伺いました。
山梨生まれの宮沢さんと三線の出会いは、沖縄民謡でした。島のリズムや言葉で紡がれる民謡に熱中し、自身の音楽にも取り入れていったといいます。三線について「3本しか弦が無いのに、ものすごい景色を僕に与えてくれる」と話す宮沢さん。「古典音楽、琉球国時代の歌、民謡…。いろんなことを体験した島が歌に残ってますね。歌の中に沖縄の歴史がありありと現れています。(三線は)すべての歴史を歌にしたものを伴奏として伝えてきた楽器」と感じているそうです。
さらに今回は、楽器としての三線の魅力も伺いました。宮沢さんは、まずサイズが小さめで楽器を見なくても弾けるため弾き語りに向いていて、そしてギターのようにジャーンと響かず、音が一瞬で消えていくため、長く引っ張る歌とのコントラストが気持ちいいと話してくださいました。沖縄では唄三線といますが、歌とセットであるからこその、三線なのだということを改めて感じました。

<(左から)宮沢和史さん、池間アナウンサー 沖縄県立芸大にて収録>

<(左から)宮沢和史さん、池間アナウンサー 沖縄県立芸大にて収録>
(今回はリモートでお話を伺いました)

番組ではこのあと沖縄本島中部のうるま市にある三線店から荒木さくらアナウンサーが生中継をお届けしました!
沖縄の代表ともいえる三線の音。その音色を左右しているのは、三線の胴体の部分です。胴体は「チーガ」と言われる木の枠に、蛇の皮を張って作られます。この工程、「皮張り」と呼ばれます。皮の張り具合一つで、弦の音程が全く同じでも音色が変わるんです!スタジオの安慶名さんも「最近、皮が破れてしまったので張り替えたら、見違えるような音になった」とのこと。
実は、三線づくりでも重要な工程であるこの「皮張り」が、機械でもできるようになりました。この店の初代で、現在も三線づくりの模索を続ける新垣喜盛さんが、地元の学生とともに4年がかりでつくりあげました。この機械、これまで職人が音を聴きながら判断していた皮の張り具合を、「見える化」してくれます。胴体の部分を木の棒で叩いて、その音の周波数を計測。ヘルツで表示されます。“伝統を尊重しながらも、最新技術を取り入れて、三線づくりの未来を考えたい”。これまで職人の感覚だったものを、客観視できるようにし、三線づくりの継承、そして今後は効率化にもつなげていきたいと新垣さんは話していました。

<三線皮張り装置>
<三線皮張り装置>
画面には、867ヘルツとあります。ちょうど良い張り具合だそう!
<(左から)この店の二代目・新垣茂さん、荒木アナウンサー>

<(左から)この店の二代目・新垣茂さん、荒木アナウンサー>

三線づくりに技術革新が起きているなら、演奏や表現にも新たな風が吹いています。
三線がーる稲嶺さんは、クラブで演奏したり、レゲエと三線をコラボレーションさせたり、これまでのイメージにとらわれない表現活動に励んでいます。「沖縄県民はみんな三線が好きだと思うけど、普段ドライブしながら民謡や古典を聞いているという人は多くはない。好きなジャンルで三線の音色に触れてもらいたい」と話します。一方、サンシニスタの安慶名さんも三線を使った新しい表現を目指しています。もともと古典が専門で、番組中も「かぎやで風」を披露してくださった安慶名さんですが、いまヒップホップダンサーとともに動画を制作したり、おしゃれなカフェで三線を演奏したりして、多くの人に魅力を伝えています。志ぃさーさんも、若い感性で切り開く三線の世界を頼もしく感じているようでした。お二人はこの秋、NHK沖縄の「うちなーであそぼ」で、ウチナーグチを使った童謡を披露してくださる予定です。

盛りだくさんだった三線特集。リスナーの皆さんからもたくさんメッセージをいただきました。「祖母の形見の三線を弾けるようになりたい」というお便りには稲嶺さん安慶名さんが「私たちも祖父の三線を使っています」とのお返事。「小5の娘とオンラインで三線を習っています」という声には「沖縄と世界を結んでレッスンやライブを広げていきたい」とのこと。さらに誕生日を迎えられる方からのメッセージに「ハッピーバースデー」を三線の伴奏で歌ったり、にぎやかな50分間でした。
 

<(左から) 土橋アナウンサー、安慶名さつきさん、稲嶺幸乃さん、志ぃさーさん>

<(左から) 土橋アナウンサー、安慶名さつきさん、稲嶺幸乃さん、志ぃさーさん>


番組中に紹介した曲

♪THE BOOM「島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)」
♪「海の声」(インストゥルメンタル)
♪稲嶺幸乃「大島ヤンゴー節(feat. HARIKUYAMAKU DUB)

2020年7月号

ハイサイ。沖縄放送局アナウンサーの堀越将伸です。
いつもの年より早い梅雨明けから1か月あまり。沖縄は真夏です。
夏に食べたくなる沖縄の野菜といえば、ゴーヤー!
今月は「真夏のゴーヤー大特集!」をお送りしました。

野菜のプロが教える特製ゴーヤーチャンプルー!

皆さん、最近ゴーヤーは食べましたか?
今回は、生放送中に、ゴーヤー料理の王道・ゴーヤーチャンプルーを生クッキング!
腕をふるってくれたのは、野菜ソムリエ上級プロの徳元佳代子さんです。
石垣島出身の内原早紀子キャスターが、沖縄放送局クッキングスタジオからお伝えしました。

<ゴーヤーチャンプルーの材料>
<ゴーヤーチャンプルーの材料>
<徳元佳代子さん(左)内原早紀子キャスター(右)>
<徳元佳代子さん(左)内原早紀子キャスター(右)>

野菜のスペシャリストである徳元さんが話すゴーヤーの魅力は、ずばり「苦み」。
この苦みの成分こそ、健康効果が期待される成分「モモルデシン」です。
そこで調理のポイント。「苦みをなくさないように調理する」!

<ゴーヤーは種だけ取る>
<ゴーヤーは種だけ取る>

▼下ごしらえの時は、苦みを取ろうと塩でもんだりゆでたりしない。
▼中ワタは苦くない!しかも栄養豊富。ゴーヤーを切ったらワタは残し、固い種だけを取る。
▼苦みを和らげるには、(1)油、(2)加熱、(3)うまみを加える!
な、なるほど…!

<ゴーヤーは薄切りに>
<ゴーヤーは薄切りに>
<強火で炒める>
<強火で炒める>

こうして完成したゴーヤーチャンプルーが、放送終了3分前にスタジオに到着。みんなでいただきました。
おいしい!厚さ2ミリほどに切られたゴーヤーは、シャキシャキ感の残るほどよい食感。
注目の苦みは、油とうまみに包まれて、すっかりマイルドに、おいしく和らいでいました。
ゴーヤーの苦みをいかし、うまみと栄養を加えた徳元さん特製のゴーヤーチャンプルー。
この記事の最後にレシピを掲載しています。ぜひ作ってみてください!

沖縄から全国へ ブレイクまでの道

さて、今でこそ日本中で食べられ、栽培もされているゴーヤー。元々は沖縄の地域野菜でした。
沖縄本島から本土に向けてゴーヤーの出荷が始まったのは、平成4(1992)年。
その歴史は、実はまだ30年足らずなんです。
ゴーヤーがどうやって全国デビューし、日本中に定着するほどのブレイクを果たしたのか。
そこには物語がありました―。

元々沖縄で作られていたゴーヤーは、品種改良されたものではなく、昔からある在来の植物でした。
本土に出荷するためには、形の揃ったきれいな実がたくさんとれるような品種を、新たに作ることが必要。
県では、こうした条件を満たすゴーヤーを国内外から選抜し、優れた品種を開発することに成功しました。

あとは本土に売り込むだけ。ところが、強い苦みが敬遠され、なかなか売れませんでした。
大阪や東京などの大都市には、沖縄から移住した大勢のウチナーンチュが暮らしていましたが、
「沖縄での貧しい生活を思い出すので、あまり食べたいと思わなかった…」と振り返る人もいるなど、
やはり、あまり受け入れてもらえなかったそうです。

おいしいのに売れない。不遇のゴーヤーに、平成13(2001)年、運命を変える出来事が起きます。
このキャラクターの登場です。

<ゴーヤーマン>
<ゴーヤーマン>

ゴーヤーマン!!!
沖縄県を舞台にした連続テレビ小説「ちゅらさん」の劇中に登場するキャラクターです。
放浪癖のあるヒロインの兄が考案してグッズの人形を作ったけれど、まったく売れずに借金だけを残した…
というストーリーでしたが、テレビの外の現実社会で売り出されると爆発的にヒットした…、
このとぼけた顔をした不思議な存在。覚えていますか?
当時のゴーヤーマン人気は、人形がほしくても手に入らないくらいでした。
その人気の波に乗って、ゴーヤーは一気に全国の青果店に広まったそうです。ウソのようなホントの話。
いま私たちが食べている沖縄のゴーヤー。
歴史をたどれば、実力(品種の良さ)はもちろん、運も兼ね備えてブレイクを果たしたんですねえ。

巨大なゴーヤーがスタジオに登場

世界のゴーヤーについてもお伝えしました。
沖縄県農業研究センターによると、ゴーヤーは世界に20種類以上あるそうです。
その中でも最大級に大きいゴーヤーが、沖縄県内にあります。
本部町健堅(けんけん)地区で作られている地域の在来種「キンキンゴーヤー」です。

<キンキンゴーヤー>
<キンキンゴーヤー>

その大きさ40cm以上!最大クラスは60cm、重さ2kgにもなるそうです。
本部町内の直売所などで、1本400~800円ほどで販売されています。
沖縄美ら海水族館もある町なので、見てみたい方は観光の折に探してみてはいかがでしょうか。

ゴーヤーを味わいつくした50分間。
さあ全国のみなさん、きょうもゴーヤーを食べましょう!

<左から堀越アナウンサー、志ぃさーさん、徳元さん、内原キャスター>

<左から堀越アナウンサー、志ぃさーさん、徳元さん、内原キャスター>

【野菜ソムリエ上級プロ 徳元佳代子さん特製!「ゴーヤーチャンプルー」のレシピ】

<材料>
ゴーヤー 1本(250g)
島豆腐 1/2丁(300g)※なければ木綿豆腐
ゆで豚三枚肉(ブロック) 80g ※なければ三枚肉の薄切り
ニンジン(赤・黄) 60g ※赤いニンジンだけでもOK!
溶き卵 2個分
かつお節(花かつお) 5~10g
鰹だし 30ml
しょう油 大さじ1/2
米油 適量
塩 適量

<作り方>
1.ゴーヤーは縦半分に切り、固い種だけを取り除き、厚さ2mmほどの半月切りにして、塩2つまみを"振りかけて"軽く混ぜておく。
※ポイント! 苦みをとるために塩もみしたり・塩水にさらしたりせず、水分だけを出す。
ニンジンは細切りにする。

2.ゆでた豚三枚肉は、厚さ2mmほどの薄切りにしておく。

3.島豆腐は、ペーパータオルで余分な水気を切り、手でひと口大にちぎる。
※ポイント!木綿豆腐を使う場合は軽く塩を振る

4.油を熱したフライパンで、3の豆腐を焼き色がつくまで強火で焼き、別皿に取りおく。

5.油を足して三枚肉を炒め、脂が回ったらゴーヤーとニンジンを入れ炒める。
豚肉からも脂が出るので、油は少量で。鰹だし(液体)も加えて炒める。
強火で、目安は2分以内で炒めてください。

6.透き通ったら4の豆腐を加え、醤油と塩で味を整え、溶き卵でふんわりととじる。
卵に軽く火が通ったら出来上がり!

7.器に盛りつけ、かつお節(花かつお)を散らして、さあお召しあがりください!

ゴーヤーチャンプルー完成品

番組中に紹介した曲

♪ガレッジセール「天下無敵のゴーヤーマン」
♪「地上の星」(インストゥルメンタル)
♪Kiroro 「Best Friend」
♪「花」(インストゥルメンタル)

※過去12か月分を掲載しています。

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