2022年2月21日(月)~4月1日(金)の予定

「太宰治短編集」

人気絶頂期に玉川上水で心中という衝撃的な最期を遂げた太宰治は、死後74年たった今も不動の人気を誇る。生きづらさを抱えながら、常に思い悩み、その弱さや哀しさなどもさらけ出して書き続けた太宰の作品には、自身を投影したものも多い。それらの作品に散りばめられた太宰の心情への共感が、読み継がれる最大の理由といえるだろう。今回は太宰が得意とした女性の独白体小説を10編選んで朗読する。太宰が「このヒロインは僕だよ」という『燈籠』、大人への階段をのぼる少女の多感で透明な気持ちを綴った『女生徒』、名声を得ることで破局を迎えた画家夫婦の内面を妻が独白する『きりぎりす』、心中した夫の遺体を引き取りに行く妻を描いた『おさん』など。波乱万丈の生涯、その時々の太宰の心の機微が浮かび上がる短編を、時にはあどけない少女の目線で、時には結婚に揺れる女性の目線で、時には子どもの将来を背負った母の目線で、俳優・石田ひかりが朗読する。


【アンコール】「太宰治短編集」(全30回)
朗読 : 石田ひかり(俳優)
テキスト:太宰治『女生徒』 角川文庫 平成30年 (2018年)

『皮膚と心』 昭和14年(1939年) 全4回
28歳の妻の胸にできた吹出物をめぐる、あたたかな夫婦のやりとり。

『雪の夜の話』 昭和19年(1944年) 全1回
戦時中、兄夫婦と暮らす少女が妊婦の兄嫁に見せる健気な優しさ。

『誰も知らぬ』 昭和15年(1940年) 全2回
41歳の人妻が23年前の春の夜に感じた恋の衝動を打ち明ける。

『きりぎりす』 昭和15年(1940年) 全3回
出世を機に俗物と化した画家の夫と別れる決意をした妻の潔癖さ。

『千代女』 昭和16年(1941年) 全3回
18歳の少女が、自分の小説が世に出たことを機に激変する周囲に戸惑う。

『恥』 昭和17年(1942年) 全2回
小説のモデルにされたと思う女性ファンと、それを否定する作家の探りあい。

『おさん』 昭和22年(1947年) 全3回
妻と3人の子どもを残して心中した夫の遺体を引き取りにいく妻の心中。

『饗応夫人』 昭和23年(1948年) 全2回
亡夫の友人の無遠慮な振る舞いにも動じない、夫人の真の思いやり。

『燈籠』 昭和12年(1937年) 全2回
たった一度の万引きで変わった世間の目に戸惑う24歳の女性のゆらぎ。

『女生徒』 昭和14年(1939年) 全8回
とある女生徒の一日。大人になる一歩手前の乙女の気持ちが揺れ動く。

<太宰治> 
明治42年(1909年)津軽(青森県)生まれ。家は旧家で大地主。母親が病弱だったため乳母に育てられる。東京帝国大学文学部仏文科在学中に非合法運動に従事。一方、心中事件も起こすなど警察沙汰が続いて大学は除籍となる。やがて転向し、本格的な執筆活動に入るが、病気療養中に処方された鎮痛剤を機に薬物依存症となる。30歳で結婚後はいったん落ち着き、新進作家としての地位も定まるが、やはり薬物依存や女性問題の悩みは尽きず、昭和23年(1948年)に入水心中。自殺・心中未遂を繰り返した太宰は5度目で死に至り、遺体が発見されたのは奇しくも39歳の誕生日にあたる6月19日であった。

2022年1月24日(月)~2月18日(金)の予定

「岡本かの子作品集」

昭和45年(1970年)の大阪万博で人目を引いた太陽の塔。その奇抜なシンボルタワーを手がけた芸術家・岡本太郎の母親が、作家・岡本かの子です。大地主の令嬢で才知に富んだ彼女は、16歳の頃から歌人として頭角を現しました。太郎を出産後は仏教研究家として講演や執筆活動を展開し、また奔放で華やかな生活ぶりでも話題を呼びました。作家に専念したのは晩年の2年半ほどで、当時パリに留学していた太郎への通信も断つほど創作に没頭し、耽美で妖艶な小説は文壇を賛否両論の渦に巻き込みました。しかし、彼女の強烈な個性にひかれた瀬戸内寂聴が伝記小説「かの子撩乱」を発表するなど、その不思議な魅力は語り継がれています。自由闊達に生きた49年、その晩年に、すい星のごとく世に放たれた岡本かの子の代表作から3作品を紹介します。


【新作】岡本かの子「岡本かの子作品集」(全20回)
朗読 : 山像かおり(俳優)
テキスト:「ちくま日本文学 岡本かの子」平成21年(2009年)筑摩書房

(1)「老妓抄」(ろうぎしょう)全5回 
希望があるからこそ人生は輝く。では、望みをかなえてしまったら? 老いた芸妓が生きる意味を問いかける。
(2)「渾沌未分」(こんとんみぶん)全5回 
没落する家を背負い、封建的な世間体に振り回される水泳の女教師が、真の自由と喜びとは何かを模索する。
(3)「金魚撩乱」(きんぎょりょうらん)全10回 
金魚屋の息子が令嬢に魅了された。届かぬ思慕は、やがて令嬢のように美しい金魚を創造したいという執念に変わり、青年は一心不乱に新種の研究に打ち込む。何かを追い求めることで花開く人生を鮮やかに描き出す。

<岡本かの子>
明治22年(1889年)東京生まれ。大地主の娘で何不自由なく育つ。気ままな性格で、学校以外でも文学や漢文、短歌など、興味のあるものは進んで学んだ。16歳の頃から文芸誌「文章世界」や「女子文壇」、新聞などに短歌や詩を投稿。与謝野鉄幹・晶子を中心とした文学結社・新詩社にも加わり、「明星」や「スバル」にも発表の場を広げていった。跡見女学校を卒業後、明治43年(1910年)に21歳で結婚。翌年に長男・太郎が誕生する。しかし長女と次男の相次ぐ夭逝で仏教に傾倒し、仏教研究家としても知られるようになる。30代に入ってからは小説も書き始め、昭和2年に自殺した芥川龍之介との交遊を描いた「鶴は病みき」で、昭和11年(1936年)47歳の時に文壇デビュー。以後、次々と小説を発表し、「老妓抄」では芥川賞候補となる。世間の注目を浴び、作家として前途洋々かと思われた矢先の昭和14年(1939年)50歳を目前に脳充血で倒れ死去。


2021年12月31日~2022年1月3日の予定

<朗読特集> 向田邦子「思い出トランプ」

今年(2021年)、没後40年になる向田邦子。なにげない日常のヒトコマを鮮やかに捉えた独特の感性は今も人々をひきつけ、手がけた作品は変わらぬ人気を誇っている。向田邦子は昭和53年(1978年)、脚本家として脚光を浴びていた49歳の時に初のエッセイ集「父の詫び状」を刊行。2年後の昭和55年(1980年)、雑誌で連載中の連作短編小説「思い出トランプ」の中の「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」で直木賞を受賞。社会的な評価も得て、その活躍がさらに華やかな色合いを見せ始めた翌年8月22日に、飛行機事故で突然この世を去る。51歳であった。

年末年始の「朗読特集」では、この直木賞受賞作を含む短編集「思い出トランプ」を朗読する。全部で13の連作について、向田邦子は「スペード・ハート・ダイヤ・クラブ、4種類のトランプカードには人生のエッセンスが入っている。それぞれの小説には主人公の過去が一枚どこかに重要なモチーフとして紛れ込んでいればいいと思った」という言葉を残している。「思い出トランプ」に描かれた13通りの家庭と日常、それらの物語には、不意に紛れ込んできた過去の記憶によって揺れ動く家族の姿がある。年末年始の節目を、家庭の在り方や、夫婦・親子の関係について考える大切なひとときとしていただければ幸いである。


【新作】向田邦子「思い出トランプ」
朗読 : 青木裕子(元NHKアナウンサー)
テキスト:「思い出トランプ」新潮文庫 令和3年(2021年)

ラジオ第2
12月31日(金)午後7時30分~午後9時 「かわうそ」「だらだら坂」「三枚肉」
1月1日(土)午後7時30分~午後9時 「犬小屋」「はめ殺し窓」「耳」「りんごの皮」
1月2日(日)午後8時~午後9時 「男眉」「マンハッタン」
1月3日(月)午後7時30分~午後9時 「大根の月」「酸っぱい家族」「花の名前」「ダウト」

<向田邦子>
昭和4年(1929年)東京生まれ。実践女子専門学校(現在の実践女子大学)を卒業後、映画雑誌の編集者を経て脚本家となり、「阿修羅のごとく」「あ・うん」「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」など多くの人気テレビドラマを手掛けた。昭和53年(1978年)49歳の時に、自身の家庭についてユーモアを交えて綴った初のエッセイ集「父の詫び状」を刊行。昭和55年(1980年)、連作短編小説「思い出トランプ」の雑誌連載を始めてまもなく、連作のうち「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」で直木賞を受賞。まさに絶頂期の昭和56年(1981年)8月22日、台湾での取材旅行中に飛行機事故で急逝。
代表作は「思い出トランプ」、「父の詫び状」、「あ・うん」、「男どき女どき」、「霊長類ヒト科動物図鑑」など。


2021年11月29日(月)~2022年1月21日(金)の予定

山本周五郎「寝ぼけ署長」

常に庶民の立場から江戸武士の苦衷や市井人の人生の哀感を描き、時代物、歴史物で知られた山本周五郎。
晩年にも高い評価を得た多くの傑作を書いているが、今回はそんな山本周五郎の作品の中から、戦後すぐに書かれた現代物の代表作ともいえる「寝ぼけ署長」を40回にわたって朗読する。
「寝ぼけ署長」は、終戦直後の1946年(昭和21年)12月から翌々年にかけ全10話にわたって雑誌「新青年」に発表された周五郎唯一の警察小説である。今回はそのうち7話を朗読する。
とある地方に赴任した警察署長・五道三省(ごどうさんしょう)は、ずんぐりむっくりの独身男。居眠りばかりしているので「寝ぼけ署長」というあだ名がつく。だがひとたび起きた事件に向き合うと事件の背景、裏面心理を見抜き、署長自ら次々と事件を捜査解決してゆく。警察モノの展開構成になっているが、常に庶民や弱者に寄り添いながら真実を導き出そうという姿勢は、周五郎が生涯持ち続けた人間愛、人情味あふれる文学表現となっている。


【新作】山本周五郎「寝ぼけ署長」(全40回)
朗読 : 中原丈雄(俳優)
テキスト:「寝ぼけ署長」新潮文庫・初版1981年(昭和56年)の2019年新版

『中央銀行三十万円紛失事件』全5回
紛失金について、署長は支店長に、『金が欲しいか、犯人が欲しいか』と問う。
『海南氏恐喝事件』全6回
娘恋しさに義父はその恋人を抹殺しようと計る。
『一粒の真珠』全5回
仲違いした父親と子供達、その息子と娘は金策のために使用人に罪を着せる過ちを犯す。
『新生座事件』全6回
財政窮地の劇団の地方公演、上演中事件が起きるとの情報が客を呼び、かえって大成功とはなるが…。
『夜毎十二時』全6回
資産家の老夫、その若妻と密かに愛し合う男、企む甥、老夫の死の原因は? 事件の真相は意外なところに。
『我が歌終る』全7回
子爵は自殺か、他殺か? 署長は、過去の栄華の影に隠された孤独な愛の姿を見抜く。
『最後の挨拶』全5回
時計職人は、13個のそれぞれ違う時刻表示の懐中時計を残して失踪するが…。

<山本周五郎>
1903年(明治36年)山梨県生まれ、本名清水三十六(さとむ)。「三十六」は、明治36年生まれに由来するといわれる。その後、東京を経て横浜に転居。横浜の西前尋常小学校の時、担任から「作家を志せ」といわれる。
卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店で住み込みの徒弟として働きながら、店の理解も得て勉学にも励んだ。
1926年(大正15年)4月「須磨寺附近」が「文藝春秋」に掲載され文壇出世作となった。
1943年(昭和18年)上期の直木賞に推されたが受賞を固辞。
1958年(昭和33年)大作「樅ノ木は残った」を完成。その後、同年「赤ひげ診療譚」、1960年(昭和35年)「青べか物語」など、次々と代表作を著した。
横浜に仕事場を設け、晩年まで創作に励んだが、1967年(昭和42年)心臓病で亡くなった。享年64(満63歳)。

2021年10月18日(月)~11月26日(金)の予定

岡本綺堂「半七捕物帳」

江戸の岡っ引き・半七が奇怪な事件に挑む「半七捕物帳」は、岡本綺堂がシャーロック・ホームズをモデルに作り上げた連作推理小説で、大正6年(1917年)に第1話「お文の魂」が発表されると、生き生きとした江戸の風物や迷信深い世相、人情味あふれる謎解きでたちまち大衆の心をつかみ、以後昭和12年(1937年)まで20年間にわたって全68話が発表された。捕物帳は人気を呼び、半七以後も野村胡堂の「銭形平次」や横溝正史の「人形佐七」など、数々のシリーズが誕生した。今回は捕物帳の元祖「半七捕物帳」から5作品を朗読する。秋の夜長、半七とともに、江戸八百八町にひそむ謎を解き明かしていただきたい。


【新作】岡本綺堂「半七捕物帳」(全30回)
朗読 : 篠田三郎(俳優)
テキスト:「半七捕物帳」(一)令和元年(2019年)、(二)平成21年(2009年)光文社

(1)「お文の魂」(おふみのたましい)全5回 
旗本の奥方と幼子を悩ませる幽霊の正体とは? 実際にあった住職の密通事件をヒントにした話。
(2)「石灯籠」(いしどうろう)全5回 
商家の女主人が殺害された。犯人は娘か? 背後の人間関係から真犯人をあぶり出し変装も見破る。
(3)「お化け師匠」(おばけししょう)全5回 
踊りの師匠が絞殺された。犯人は蛇か? 江戸で流行したマムシ除けの護符から犯人を追い詰める。
(4)「奥女中」(おくじょちゅう)全5回 
御殿女中が茶屋を訪れ、そこの娘を屋敷にもらい受けたいと言う。その意図は? 大名家の事情に迫る。
(5)「津の国屋」(つのくにや)全10回 
長女の急死や女房のケガなど、不幸続きで主人は気力を無くし、次女の周囲では謎の娘の影がちらつく。災いは邪険に扱われて自殺した養女のたたりか? 悪党一味の身代横領という大がかりな悪計を暴く。

<岡本綺堂>
明治5年(1872年)東京生まれ。イギリス公使館に勤めていた旧幕臣の長男で、幼い頃から歌舞伎に親しみ、漢詩や英語を学ぶ。明治23年(1890年)18歳で東京日日新聞に入社。以来、新聞記者の傍ら劇評や小説を発表し、文筆家としても活躍。明治後期から昭和初期に注目を浴びた新歌舞伎の劇作家としても名をはせた。晩年は多くの小説を発表。大正6年(1917年)45歳の時から昭和12年(1937年)65歳の時まで書き続けた「半七捕物帳」は代表作となった。昭和14年(1939年)3月に66歳で死去。

2021年9月13日~10月15日の予定

「柳田国男の故郷七十年」

日本民俗学を確立し、日本各地での聞き取りをもとに習俗や言い伝えを記録した柳田国男は、「後狩詞記」「遠野物語」「海南小記」「山の人生」「海上の道」など、郷土研究の成果を多くの著作に著した。「遠野物語」は、東日本大震災時に三陸大津波の記述が再び引用され、今も輝きを失わない。柳田国男は、晩年に自分の生い立ちから学問遍歴と民俗学への動機を語り「故郷七十年」にまとめている。明治、大正、昭和にわたる日本の地域の歴史、日本人のものの考え方、柳田国男の考えのもとを記した「故郷七十年」を朗読する。「故郷を離れたころ」「母の思い出に」や茨城・布川時代の「ある神秘な暗示」など、感受性の原点がつづられた自伝的エッセイである。


【アンコール】「柳田国男の故郷七十年」(全25回)
朗読 : 小久保丈二(俳優)
テキスト:「柳田国男の故郷七十年」PHP研究所 平成26年(2014年)

昭和33年、神戸新聞に連載された「故郷七十年」は柳田国男の80歳を超えてからの回顧談で、故郷の兵庫県神東郡田原村辻川(現兵庫県神崎郡福崎町西田原字辻川)を離れてから70年余の道のりが語られる。生家、母への思い、親族のこと、利根川のほとりでの思春期のころ、東京への旅や印象、若き時代の文学の思い出、森鴎外の家に出入りしたこと、田山花袋、尾崎紅葉、島崎藤村らとの交友、民俗学に取り組んだ各地での聞き取りの経験などが豊富に述べられている。

<柳田国男>
明治8年(1875年)、兵庫県神東郡田原村辻川に生まれる。東京帝国大学法科大学卒業。農商務省に勤務。明治34年(1901年)、柳田直平の養子となる。法制局参事官、貴族院書記官長を歴任後、官界を去り、晩年まで民俗学を中心とする研究に従事。幼少年期から詩文をよくし博覧強記であった。田山花袋、島崎藤村らと交わり自然主義文学にも関心をもったが、明治42年(1909年)の「後狩詞記」後、次々と民俗学研究における業績を上げ、また研究者の組織化と指導に努めた。「遠野物語」「海南小記」「海上の道」など。昭和37年(1962年)没(87歳)。


2021年8月16日~9月10日の予定

武者小路実篤 「友情」

大正8年(1919年)、新聞連載として始まり翌年刊行された武者小路実篤の初期の小説。大正デモクラシーの自由な気運が高まる中で人間を肯定し理想主義を掲げた「白樺派」の作品らしく、男女3人の友情と恋愛の三角関係がストレートな心理描写で描かれている。大多数の人々がお見合い結婚であった当時、自由恋愛や失恋とはどのようなものか指南書の役割を果たしたともいわれ、リアルな心理描写が若者たちの共感を呼んで100年にわたって読み継がれてきた。


【新作】「友情」(全20回)
朗読 : 田中宏樹(俳優)
テキスト:「友情」 令和元年(2019年)岩波文庫

主人公は23歳の駆け出しの脚本家・野島。3歳年上の新進気鋭の小説家・大宮と厚い友情で結ばれ、創作面でも互いに刺激しあっていた。しかし、友人の妹で美しく聡明な杉子の存在が2人の関係を複雑なものにしていく。野島は杉子に、杉子は大宮に思いを寄せ、大宮もしだいに杉子に惹かれるが、その思いを断つかのようにある日パリに旅立つ。その後、野島は杉子に求婚するがはっきり断られてしまう。大宮からの手紙には謝罪の言葉と、彼が書いた小説を読めばすべてわかると記されていた。


<武者小路実篤> 
明治18年(1885年)東京生まれ。子爵家の末子。学習院初等科~高等学科を経て、東京帝国大学哲学科に入学するが、執筆活動に熱中して中退。明治43年(1910年)25歳の時に志賀直哉や有島武郎などと文芸誌「白樺」を創刊する。人道主義や個性尊重を唱えた「白樺」は大正デモクラシーの自由な風潮とマッチして一躍、文壇の主流となり、その中心だった実篤をはじめ、同人メンバーは白樺派と呼ばれて人気を博した。代表作は「お目出たき人」「友情」「愛と死」「真理先生」など。小説家の他、詩人・劇作家・画家としても活躍した実篤は、一貫して人生の讃美・人間愛を語り続け、昭和26年(1951年)66歳の時に文化勲章を受章した。昭和51年(1976年)90歳で死去。


2021年7月12日~8月13日の予定

「室生犀星作品集」

「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」…室生犀星の代表的な詩の一節で、詩人として身を立てようと上京した若き日の犀星が、ふるさと金沢への思いを断ち切らんとする切なさを表現したものである。この詩とほぼ同じ時期に雑誌に掲載された初期の小説は、室生本人を主人公に当時の彼の実生活や心のささいな動きを、言わば詩人の目で描いた純朴な叙情性にあふれている。室生犀星の自伝的三部作と呼ばれる初期小説から「或る少女の死まで」「性に眼覚める頃」を朗読する。


【新作】「性に眼覚める頃」/「或る少女の死まで」
朗読 : 谷川俊(俳優)
テキスト
:「或る少女の死まで 他二編」岩波文庫 2003年(平成15年)改版〔1952年初版〕

「性に眼覚める頃」(全12回)
1919年(大正8年)中央公論に掲載された初期中編小説。寺の子として育った「私=室生犀星」の「性」の目覚めと葛藤を描いた作品。

「或る少女の死まで」(全13回)
1919年(大正8年)中央公論に掲載された初期中編小説。私生児として生まれた室生犀星が、その複雑な生い立ち故に、小さな命、弱い者を慈しむ心を何よりも大切に感じていることがうかがえる作品。

<室生犀星>
1889年(明治22年)石川県金沢市生まれ。高等小学校を中退して12歳で働き始めるなか俳句の手ほどきを受け、やがて詩、短歌にも親しむようになる。文学への思いを募らせて20歳で単身上京。生活苦に幾度も帰郷・上京を繰り返しながらも創作を続け、1918年(大正7年)に「愛の詩集」「抒情小曲集」を自費出版。瞬く間に大正詩壇において確固たる地位を築いた。さらに小説家としても活躍。その作風は叙情的な初期作品から、新しい境地を求めた実験的ともいえる晩年の作品まで多岐に亘る。1962年(昭和37年)没。

2021年6月7日~7月9日の予定

「太宰治作品集」

没後70余年を経ても、多くの文学愛好者に足跡を残している太宰治。その彼を偲ぶ『桜桃忌』(6月19日)がやってくる。太宰ファンはこの日を忘れない。幼少のころから生涯を通して、人として、作家として、夫、父、社会人として、苦悩・懊悩し破天荒な人生を送った太宰治。「ヴィヨンの妻」「斜陽」「人間失格」など多くの作品を残したが、今回はおなじみの「走れメロス」や創作作品集『晩年』より「思い出」他を朗読する。


【新作】「太宰治作品集」全25回
朗読 : 高山春夫(俳優)、秋元紀子(俳優)
テキスト :「晩年」新潮文庫(1947年)、「走れメロス」「富嶽百景」岩波文庫(1957年)、「ヴィヨンの妻」新潮文庫(1950年)

「晩年」より『思い出』(全10回)
昭和8年に同人雑誌「海豹」に発表された作者の幼年期、少年期を書いた自伝的小説で「晩年」の中心をなす作品。

『走れメロス』(全3回)
ギリシャの古伝説シラーの詩から題材をとっている。「メロスは激怒した」と王様への反抗から始まり、正義と人間の信頼関係と友情の美しさが力強く描かれ、太宰文学の明るい健康的な面を代表する短編。

『富嶽百景』(全4回)
甲州の天下茶屋にこもり自己を立て直そうとした時期を描いた太宰の自伝的小説。師匠の井伏鱒二の媒酌で結婚した後の第一作で気魄に満ちていて、日本文学の中でも稀な名文章といわれている。

『ヴィヨンの妻』(全6回)
飲み屋の借金を踏み倒した放蕩作家の亭主に代わり、妻がそこで働くことに・・最後にどんでん返しがある。太宰が得意とする女性の文体で語られ、細部の言葉や描写が味わい深い。

「晩年」より『列車』(1回)
昭和8年に太宰治の筆名で発表された最初の作品。書き出しの列車の描写が新感覚派的。

「晩年」より『盗賊』(1回)
「逆行」は昭和10年に発表された4編からなる小品集で、第一回芥川賞の次点作。

<太宰治>
1909年6月青森県生まれ、本名津島修治。裕福な家庭に育つが・・青森中在学中のころから作家を志望、創作活動を始める。弘前高校在学中に芥川龍之介の自殺に大きな衝撃を受ける。1929年に自殺を図る。30年東大に進むが、11月湘南・江の島で心中未遂事件を起こし、その後も重ねて自殺を図る。1935年「逆行」は芥川賞を逃し次点、36年「晩年」を刊行。38年結婚、家庭を設け父となり執筆に励むが、1948年に「人間失格」執筆後、6月13日愛人と入水自殺、38歳、発見された6月19日は、奇しくも太宰39歳の誕生日で今も「桜桃忌」として太宰ファンに供養される。


2021年3月29日~6月4日の予定

有吉佐和子「紀ノ川」

戦前から戦後へ、変わりゆく日本を鋭く描写した有吉佐和子。

「恍惚の人」「複合汚染」など社会派の印象が強い有吉だが、事実上のデビュー作は故郷の紀州・和歌山を舞台に、昭和34年(1959年)28歳の時に発表した長編小説「紀ノ川」で、これは母方の家系(祖母・娘・孫)をモデルにした自伝的作品でもある。流麗な文体で、小説家としての地位を確固とした作品であり、有吉自身をも彷彿とさせる人物の登場で話題を呼んだ。今回はその貴重な作品を50回で朗読する。


【新作】「紀ノ川」(全50回)
朗読 : 藤田三保子(俳優)
テキスト:「紀ノ川」平成28年(2016年)新潮文庫

<生誕90年> 有吉佐和子 「紀ノ川」(全50回)

登場人物は、大地を悠々と流れる紀ノ川のように、たくましくしなやかに生きる女たち。明治期に紀州の旧家に生まれ育った花を中心に、その娘の文緒、花の孫で戦後世代の華子と紡いでいく物語は、明治・大正・昭和と移り変わる時代にのまれることなく歩み続けた母子三代の人生を、たゆまず流れる川の流れに重ね合わせた叙情豊かな作品である。戦争や旧家の栄枯盛衰といった濁流の中で、もがき苦しみながらも母として妻として「家」と共に生きる彼女たち。社会モラルの変化で多くを失っても泰然と命をつないで行く女たちの姿を通して、今こそ生き抜く強さを伝えたい。

<有吉佐和子>
昭和6年(1931年)、和歌山生まれ。東京女子大学短期大学部英語学科卒業。学生時代から執筆活動を展開し、昭和31年(1956年)25歳の時に「地唄」が芥川賞候補となる。この作品で脚光を浴び、翌年は「白い扇」が直木賞候補。そして昭和34年(1959年)28歳の時に発表した、自身の母方の家系をモデルとした長編「紀ノ川」で小説家としての地位を確立した。代表作は故郷の紀州を舞台にした年代記「紀ノ川」「有田川」「日高川」の三部作、一外科医のために献身する嫁姑の葛藤を描いた「華岡青洲の妻」、老いの問題を直視した『恍惚の人』、公害問題を取り上げて自然と生命の危機を問うた『複合汚染』など。高度成長期の光と影を理知的な視点で捉えたストーリーテラーが織りなす悲喜交々の人間模様は大きな反響を呼んだが、昭和59年(1984年)53歳の時に心不全で急逝。

2021年1月4日~3月26日の予定

「谷崎潤一郎作品集」

華麗な文体、変幻自在の語り口、独特の美意識に彩られた作風のため、今も多くの愛読者が絶えない文豪谷崎潤一郎の作品「痴人の愛」は、人間の業ともいうべきエロティシズムに正面切って挑んだ小説として知られる。谷崎潤一郎がこの小説を著したのは、関東大震災の直後、世間が未曾有の災害の後遺症に苦しむ最中の事である。この谷崎潤一郎の耽美主義が発揮された代表作を全49回に亘って朗読する。併せて、谷崎の初期の短編「秘密」、「二人の稚児」を計12回に亘って朗読する。


【新作】「痴人の愛」全49回/「秘密」全6回/「二人の稚児」全6回
朗読 : 山像かおり(俳優)
テキスト :「痴人の愛」角川文庫 令和2年改訂版 (1952年初版)/「秘密」「二人の稚児」二篇とも「刺青・秘密」新潮文庫 令和2年改訂版 (1969年発行)

「痴人の愛」全49回
「痴人の愛」は谷崎潤一郎の長編小説で、1924年(大正13年)大阪朝日新聞に連載、一旦中断後、雑誌「女性」に翌1925年(大正14年)掲載、同年7月改造社から刊行された。全28章からなる。
電機技師、河合譲治は、女性経験のない真面目一徹の青年。その河合が、カフェで出会った美少女ナオミに惚れ込み、理想の女性に育てるため同居を申し出る。我儘で性的に奔放な娘へ変貌するナオミに失望しながらも、その魔性に溺れてしまう河合。この小説は、その河合の狂おしいまでの愛の記録である。一人称の告白体という話法が取り入れらており、谷崎本人も一種の私小説であると認めている。しかし、この小説は、一路破滅へと突き進む主人公の告白を語って見せたという点において、当時の文壇の風潮の中で、極めて独創性に満ちた作品。

「秘密」全6回 (第6回の後半は、次作と重なります。)
明治44年、中央公論に掲載。日常生活に飽きてしまった男が、女装して町に繰り出したり、昔の女の秘密の住居を、目隠しをしたまま捜し出したりする物語。

「二人の稚児」全6回
大正7年、中央公論に掲載。平安時代、比叡山にて幼少の頃より、修行のため女性の存在を知らされずに育てられた二人の少年が、思春期を迎えて悩み苦しむ物語。

<谷崎潤一郎>
1886年(明治19年)東京生まれ。東京帝国大学(現東京大学)中退。1909年(明治42年)小説「刺青」を発表。初期は耽美主義の一派とされ、スキャンダラスな文脈で語られることが少なくないが、その作風や題材、文体は生涯にわたって様々に変遷した。1923年(大正12年)の関東大震災を機に関西へ移住するも、その後も第二次世界大戦後の昭和中期まで、終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。 1965年(昭和40年)没。


2020年12月31日~2021年1月3日の予定

山田風太郎「あと千回の晩飯」

超高齢化社会と言われ、人生100歳時代とも言われ始めた2020年はコロナ禍の一年でもあった…

そこでこの難しい状況での年末年始「朗読特集」は、老いを笑い飛ばした痛快エッセイを朗読する。奇想天外な「忍法帖」シリーズで一世を風靡した山田風太郎が72歳の時に書き始めたエッセイは、『いろいろな兆候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろうと思う』という一文から始まり、自分の体の変調から並ではない飲酒癖や喫煙癖、消えざる戦争の記憶などを、まるで他人事のようにノンビリと語っている。
自分の余命を計算する状況になった山田風太郎が、生きること、老いること、死ぬことを独創的に、かつユーモラスにつづった「ヤマ風節」全開のエッセイ集、その中に散りばめられた言葉は、「終活」以上の輝きで、未知なる道を明るく照らしてくれることだろう。


【朗読特集】山田風太郎「あと千回の晩飯」

朗読 : 中原丈雄(俳優)
テキスト:山田風太郎「あと千回の晩飯」1997年 朝日新聞社

<山田風太郎>
大正11年(1922年)兵庫県生まれ。代々医者の家系だが、5歳で父親が病死、14歳で母親が病死。苦学して昭和19年(1944年)22歳の時に現・東京医科大学へ進学するが、戦争中は勉強もままならず、読書が心の支えとなる。そして在学中に懸賞小説で入選。江戸川乱歩に認められ、次々と推理小説を発表し始める。大学卒業後は、医者にはならず作家の道へ進み、昭和33年(1958年)36歳の時から書き始めた「忍法帖」シリーズで風太郎ワールドを確立。「忍法帖」シリーズは1960年代のベストセラーとなり、一大ブームとなった。その後は戦中戦後の記録「戦中派不戦日記」やノンフィクション「人間臨終図巻」など、小説以外のジャンルでも注目され、平成9年(1997年)75歳の時に刊行したエッセイ集「あと千回の晩飯」も話題を呼ぶ。同年、菊池寛賞を受章。平成12年、日本ミステリー文学大賞を受賞。平成13年(2001年)79歳で死去。


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